◎兄の責任
弟視点になります。
カインが成人する3年前、アルバートは成人後の事を考え始めていた。カインは成人したら家を出て何処かに行ってしまうだろう。俺もこの家を出て暮らし始めたら、きっともうカインと会う事はなくなってしまうだろうと予想ができた。今までずっとカインと一緒にいた所為で側を離れ難くなってしまった。少し前までは本当の父親みたいに規模は小さくても行商人のような事が出来ればと考えていたが、俺の未来には隣にカインがいなければつまらないと思うようになった。カインと二人で安定して生活するには色々な事を学ぶ必要があると感じた。
手始めにカインの父親に森の知識や本格的な狩りのやり方、獲物を仕留め損なった時の武器の扱い方等を習い始めた。カインの父親が教えてくれるのはどれも実用的で有難い知識だった。カインの父親もアルバートと同じで必要最小限しか会話をしない。なので見て覚えろという実践スタイルで教えてくれる。間違っている時は奪われて捨てられてしまうが、分かりやすい。
たまにカインも一緒に来るが、新しそうな動物の痕跡を見つけるとハイペースで進むのでカインにはキツそうだった。荷物を持ってあげるとか手助け出来る事もあったが、敢えてしなかった。正直カインには向いていないと思うので早く諦めて欲しかった。無理に付いてきて怪我でもしたら大変だし、不得手な事を学ぶくらいなら得意な事をもっと伸ばした方が生産的だ。
カインも狩猟は向いていないと分かったのか、アッサリと諦めたようだった。
夕飯の時に主に話すのはカインだ。今までは今日の弟という話題を毎日していた。最近カインは日中一緒にいる事もないのでこの時間に昼間父親と弟が何をしていたかを知りたがった。父親は無口なので話は聞いているようだが話はしない。アルバートも基本喋らないので返事はない。それに俺の事よりもカインが何をしていたのかが気になっていた。カインはしばらく返事を待っていたが、2人共話をする気がないと悟ると渋々カインの話をしはじめた。
「鶏小屋の掃除をしてたんだけど、その時に視界の端に何か細いのが見えたんだ。蛇が出たと思って思いっきり踏んづけたんだけど、よく見たら僕が持ってきた袋の紐だったんだ。本当に驚いたよ。驚いたからちょっと手が鶏達の巣に当たっちゃって、鶏が大騒ぎするし片付けるのが大変だったんだよ。本当に蛇は怖いよね」
カインは今日も平和な1日だったようで安心した。畑作業と鶏の世話なら狩りよりも随分危険は減るだろうし、将来はそっち方面を目指してもらいたいものだ。
それから月日が経ち、カインが一足先に成人を迎えた。
カインは成人した後の事を今日初めて考え始めたようだ。何ともカインらしいなと聞いていたら、この家を出て1人で生きて行く事を考えていたらしい。出会った頃から常に一緒に生活をしてきて、これからは家を出て自分達の力で一緒に生活していくと思っていた。アルバートはカインには何も言っていないがカインも当然その選択をすると思っていたのに酷い裏切りだと思った。だからハッキリと言ってやる事にした。
「兄さんはきっと1人では生きていけませんよ。僕も間もなく成人します。これからは二人で一緒に暮らしませんか?」
突然話し掛けたら驚くだろうと予想していたので、まずは物理的に逃さないようにカインを抱きしめた。案の定カインはモゾモゾとし始めたので封じておいた。
返ってきた返事からカインは未だに兄としての在り方に拘っているようだった。そういえば昔からカインは兄だからという事に固執していた。正直もう成人したら兄も弟も関係がなくなると思うのだが、これだけはカインも譲れないのだろう。
いつの間にかスルッと心の隙間に入り込んで住み着いたのに、また勝手に出ていくなんて絶対に許さない。そんなに兄がやりたいなら兄として責任を持ってその人生を自分に差し出してほしい。兄を堕とす為には泣き落とししかないかと攻め方を変えてみる事にした。ついでにカインの耳元に息を吹きかけながら自分の名前をチラつかせてカインを誘うと、アッサリと食いついてきたので笑ってしまった。
(なんだ。やっぱりカインも俺の事が大好きだったんじゃないか)
アルバートはカインと一緒に暮らそうと3年前からきちんと準備をしていたので、しばらく働かなくても問題ないくらいのお金は貯めている。父親について狩猟に行った際、皮や角や薬草、森の奥にしか生えていない果物等もこまめに村に換金したり、手作りのアクセサリーも結構いい収入になっていた。
勿論住む家もカインが成人する前にはきちんと用意していたので後は肝心のカインが一緒に暮らすと決めるだけの状態になっていた。