弟の過去と名前
弟に新居を案内して貰ってから更に1週間後、いよいよ僕と弟は其方に引っ越しをして新生活をスタートさせる事になった。
この日も朝から快晴で実に門出に相応しい天気だった。
実家の前に僕と弟が出ると、両親も家の前まで出てきた。
「えっと、今までお世話になりました。ありがとう」
僕と弟は両親に頭を下げて挨拶をした。
「いつでも帰って来ていいからね。困ったら帰って来なさいね。2人共元気でね。」
母は涙ぐみながらハグをして言ってくれた。
「それからカインはちょっとおっちょこちょいな所があるからよろしく頼むわね」
母と弟が真剣な顔で頷き合っているのを微妙な顔で見ていた。
「達者でな。必要な事は全て教えたつもりだ。頑張りなさい」
父は珍しく僕と弟の頭を撫でて言ってくれた。
こうして挨拶をしていると、いよいよ独り立ちするんだという実感が湧いてくる。実際には1人ではないので心配はしていない。そう、僕には完璧な弟が一緒にいるからだ。きっと1人で暮らす事になっていたら、この挨拶の時点で挫折していた事だろう。
村までの道を歩きながら実家が見えなくなるまで手を振り続けた。弟は繋いでいた手にぎゅっと力を込めて聞いて来た。
「大丈夫ですか?今は寂しくて不安かもしれませんが、俺が少しでも両親の代わりになれるように兄さんを支えるんで」
「ありがとう大丈夫だよ。今は寂しいよりも、新しい生活にわくわくしてるからね。楽しみだね!」
「そうですね。やっとこの日が来たという感じがします」
新居までの道を2人で歩きながらこれからの生活に思いを馳せる。
「そういえば!僕1番楽しみにしていたんだけど君の名前をまだ聞いてないよ。今日から2人で暮らすんだからそろそろ教えてくれる?」
「そういえばそうでしたね。兄さんの事も名前で呼んでいいですか?」
「ずっと聞くのを我慢してたのに忘れてたの?!名前で?別にいいけど?」
「カインから俺に聞いて欲しかったんですよ。もっと俺に興味を持ってほしくて」
弟は自然に僕を名前で呼んだ。それだけなのに何故か恥ずかしくなって変な事を口走っていた。
「!!き、君に興味がない訳がないじゃないか。僕の頭の中はいつも君の事でいっぱいだよ」
弟は立ち止まって僕の目の前に来て顔を覗き込んできた。
「本当ですか?俺がもっと触れる事を許してくれますか?」
繋いでいた手を弟の口元に持ち上げてキスをして首を傾げた。
僕は衝撃を受けた。世の中にこんなにも眩しい光景があるのだろうか?いや、ない!少なくとも僕は初めて見た。こんなにも顔がいい弟が可愛らしく小首を傾げるだけで子犬のように何でも許してしまいたくなる魅力があった。その形のいい柔らかい唇が僕の手の甲に触れた光景にも目が離せなくなってしまった。ぼーっと弟を見つめていると、弟は顔を近づけて耳元で囁いた。
「アルバート」
「!!アルバート!それが君の名前なの?本当に?」
弟は嬉しそうに頷いて「やっとカインに呼んでもらえました」と満足そうにしていた。名前が聞けて僕も嬉しかったけど、アルバートも嬉しかったんだ。そうか、アルバートの名前は自分しか知らなかったんだから誰にも呼ばれなかったのか。
それは寂しかった事だろうとアルバートに抱きついて背中を撫でた。
「これからはアルバートの事を名前で沢山呼ぶからね」
アルバートも僕の背中に腕を回して僕の肩に頭を伏せた。
「ありがとうございます。カインに聞いて欲しい事があるんです。家に着いたら話を聞いて貰っていいですか?」
アルバートの頭をよしよしと撫でながらうんうんと頷いた。
「勿論だよ。アルバートの話を聞かせて」
それからまた手を繋いで新居までの道を歩いていった。
家に到着して僕のお気に入りの揺れる椅子に座ったアルバートは手招きをして僕の事を呼んだ。近づくとアルバートの膝の上に横座りをすると頭を撫でながら話をしてもいいか聞いてきた。
「カインは僕があなたの弟になった経緯をご存知ですか?」
「知らないんだ。アルバートが家に来た日、父に聞いてみたんだけど何も教えてくれなかったんだ」
「師匠らしいですね。あの日僕は師匠に命を救われたんです」
椅子を少し揺らしながら遠くを見ながら話し始めた。
「当時8歳だった僕にも両親がいたんです。父は行商人をやっていて色々な場所に出掛けては商売をしていました。僕は知らない土地の景色を見たり、父の手伝いで店で働くのが好きでした。母は忙しい父の代わりに僕に色々な事を教えてくれました。そんなある日、森を通りかかった時に熊に襲われて俺もそのまま死ぬと思った時に師匠が助けてくれたんです。師匠が来た時には両親はもう間に合わなかったんですけど、何も言わずに俺を家族に加えてくれたんです」




