弟
僕は両親と3人で森の入り口で暮らしている。村に出るには歩いて1時間程かかるから、あまり村には行かない。
どうしてこんな辺鄙な場所に住んでいるかと言うと、父が猟師だからだ。
家の裏手には小さな畑もあり、基本的には自給自足で生活しているものの、村でしか手に入らない物を買ったり、父が森で狩った猪や鹿、熊等の皮や肉を自分達が必要な分以外は村に売っている。
小さな頃から森は僕の遊び場だった。森にはたくさんの動物や虫、綺麗な川も流れているし、食べられる実やキノコ、あまり甘くない果物の場所も知っている。木登りに最適な木や触ってはいけない植物、遊びを通して森で生活する知識を自然と蓄えていた。
9歳になった僕は兎用の小さい罠を仕掛ける担当になって、弓の扱いも習い始めた。弓は危ないからと触らせて貰えなかったのに、そろそろ大丈夫だろうと僕用の弓を作ってくれた。少し大人になった気分がして嬉しくて、早く父のように色々な動物を仕留められるようになるのが楽しみだった。
ある日父が森から戻って来ると、知らない子供を連れていた。
「今日からお前の弟だ。仲良くするんだぞ」
こんなに急に家族が増える事があるのか驚いたけど僕はずっと森の麓に住んでいるから、友達はいなかったし両親以外とはあまり接した事もなかったから、誰にも聞ける人もいないしそういうものかと納得した。初めての弟を前にどうしていいか分からなかったけれど、弟は泥だらけで目はどこも見ていないような虚ろな感じがした。
「僕はカインって言うんだ。君の名前は何て言うの?」
「・・・」
弟は僕の声が聞こえていないのか、反応をしなかった。
「この子はショックな出来事があって、心が壊れてしまったかもしれないんだ。だからお前が弟の面倒をきちんと見るんだぞ」
「分かった。弟の名前は何て言うの?」
「それは本人と話が出来るようになったら自分で聞きなさい」
父は弟が僕の方に行くように背中を押した。
「とりあえず弟を綺麗にして来るね」
父に返事をして、弟の手を取ってまずは家に向かった。体を拭く布と、着替えをもって川まで歩いた。弟は大人しく着いてきていた。
川の近くの大木の下に布と着替えを置いて、服を脱いでいく。
「今は夏だけど、川の水は冷たいんだ。でもさっぱりして気持ちいいから体を洗って綺麗にしよう」
弟はまだぼーっとして、僕の声も聞こえていないようだった。
「ほら君も服を脱いでここに置いておいて」
全く動かないから僕が勝手に弟の服を脱がせて、手を繋いで川の近くまで戻った。
「頭まで川に入ると寒すぎるから、膝位までにしておいた方がいいよ」
どうせ聞こえてないだろうけど、僕の弟だ。きちんと面倒を見ないといけない。僕はお兄ちゃんになったんだから!
布を濡らして適度に絞って、弟の顔や体を拭いていく。最後に頭も洗って、自分も手早く洗い終えると着替えの置いてある大木まで戻った。
布で体を拭いてあげながら思った事を話し掛けていった。
「君は綺麗な顔をしてるんだね。目も髪も水色でとても似合ってる」
僕の服を着せてあげながら弟を観察していると、茂みの奥から狐が出てきた。
「あ、見て。狐がいるよ!僕の弓を持って来てれば狩りの練習が出来たのになあ」
少しがっかりしながら、汚れた服と濡れた布を持って反対の手で弟と手を繋いで帰った。
「ただいまー。弟と川に行ってきた」
畑で収穫した野菜を手に持ちながら母がこちらを向いて笑顔で「おかえりカイン。それとあなたが今日から家族になった子ね。よろしくね」
それから夕飯の準備があるからと忙しそうにしていた。
その間に弟に自分の、今日からは2人で使う事になるだろう部屋を案内する事にした。
「ここは僕と君の部屋だよ。あんまり大した物はないけど、この部屋にある物は何でも使っていいからね。」
あまり広くもない部屋は特に見せる物もなく机とベッドくらいしかなかった。そこでとっておきの宝物が入れてある箱を取り出して中身を机の上に並べてみる。
「これは僕の宝物なんだ。僕はお兄ちゃんだから君が気に入ったなら特別に何でもあげるよ」
川から拾ってきた綺麗な色の石、触ると気持ちがいいつるつるの石、面白い形の石、水切りでよく飛ぶ石、蛇の抜け殻、綺麗な色の葉っぱ、人の顔みたいに穴が開いている葉っぱ、上手く削れた木の枝、大きな鳥の羽。どれも気に入った宝物だけど、弟が欲しいならあげようと思った。僕は宝物を何時間でも見ていられるけれど、弟は暇かもしれないと思って机に並べた宝物を箱の中に戻した。
「ベッドは一つしかないから、一緒のベッドで寝るのかな?そうだ!1冊だけ本があるんだ。寝る前に読んであげるね」
あっという間に部屋の案内も終わった。