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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハンマーさん

作者: マー・TY

 気持ちの良い青空とは裏腹に、僕の心は曇っていた。

「うわっ!」

 僕の名前は健太けんた

 絵を描くのが好きな、小学5年生だ。

 休み時間も校庭に遊びに行かず、一人で席に着いて絵を描いていた。

 だからなのか、僕はいじめられるようになった。

 現に今も、トイレで突き飛ばされて転んだ。

「ハハッ!オタク弱え〜!」

 目の前には、同じクラスの男子が3人。

 今僕を突き飛ばして馬鹿にしてきたのが将也まさや

 いじめっ子のリーダーだ。

 体が大きくて乱暴だから、みんな将也に逆らえない。

「ねぇねぇ聞いた〜?『うわっ!』だって!『うわっ!』!ぎゃははは!」

 僕の悲鳴を笑い飛ばしているのがじゅん

 コイツはいつも僕の言葉を真似して嗤っている。

 ただ普通に真似してくるわけじゃない。

 気持ち悪くて、みっともない声で、誇張するんだ。

 そうされると、無性に腹が立ってくる。

「ぎゃはは!ウケるね〜!似てるよ淳くん!」

 そして淳に同調しているのが孝宏たかひろ

 コイツは一言で言えば金魚の糞だ。

 いつも将也や淳の機嫌を取っている。

 でも僕は知っている。

 2人の前だと調子に乗っているのに、1人の時だと気が小さくなるんだ。

 1人じゃ何もできないくせに、ヘラヘラ嗤っているのがムカつく。

「オタク〜、俺優しいから鍛えてやるよ〜。ほ〜ら抜けてみろ!」

 将也は僕にヘッドロックを掛けてきた。

「やっ…やめっ!げっ!」

 首が絞まって苦しい。

 息が上手くできない。

 藻掻いても全然逃げられない。

 前がよく見えなくなってきた。

 うっすらと淳と孝宏が見えるけど、多分嗤ってる。

「はい時間切れ〜!」

 不意に将也がそう宣言すると、僕から手を離した。

 受け身が取れずに、顔から床に落ちてしまった。

「マジで弱すぎ!こんなんも抜けられないとか雑魚だろ雑魚!」

「お前人間じゃなくてカエルじゃね?げっ!げっ!やめてゲロ〜!ぎゃはは!」

「ぎゃはははは!」

 僕を囲んで3人が嗤っている。

 やめろ、嗤うな。

 情けなくて、顔を上げられない。

 鼻血が垂れて、口に入ってくる。

 鉄みたいな味が、口内に広がった。

 気持ち悪い。

「カエルって確か虫食うよな〜!」

「そうそう!おっ!丁度いいや!」

 淳が目を付けたのは、トイレの床にひっくり返った緑色のカメムシだった。

 どこからか迷い込んで死んだそのカメムシを、淳は拾い上げる。

「エサやろうぜ〜!」

「いいねいいね〜!」

「ほらご飯だぞ〜!オタクはカエルに生まれ変わるんだ〜!」

 将也と淳が僕を起こす。

 間髪入れず、淳がカメムシの死骸を押し付けてきた。

「んー!んんーー!!」

 僕は口を閉じて必死に抵抗する。

 食べたくない。

 誰が食べたいんだこんなの。

「空気読めねぇなぁ!!開けろ!!」

 将也が怒鳴って、僕のお腹を殴った。

 苦しい。

 口を閉じてなきゃいけないのに、吐き気で勝手に開いてしまう。

 その隙に口の中に、カメムシを放り込まれた。

 それから淳が口を塞いできた。

「うっ!うぶっ!」

 硬い。

 臭い。

 気持ち悪い。

 耐えられない。

 こんなの耐えられる訳がない。

 胃の中から、何かが上がってくる。

「おえええっ!!!」

 僕は嘔吐した。

 トイレの床に、びちゃびちゃと。

 僕が吐いたゲロが、床を汚していく。

 今朝食べたご飯が完全に消化されてなかったみたいで、原型が残っていた。

「う〜わ!汚ねっ!」

「ゲロゲロマンだろゲロゲロマン!」

「ぎゃはは!逃げろ〜!くっせ〜!!」

 吐いた僕を置いて、3人はトイレから逃げていった。

 僕は自分のゲロを前にして、立ち上がることができなかった。




「あ”ぁ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ!!!」

 家に帰った僕は自室に籠もり、叫んだ。

 怒りに任せて、ランドセルを壁に投げつける。

 それから、机の上の鉛筆、鋏、ゲームのキャラのフィギュア等を次々と床に叩きつけた。

 壁に貼り付けていた絵も強引に剥がしてグチャグチャにした。

 本棚の漫画も手当たり次第に投げまくる。

 一通り暴れると、僕はベッド飛び込んだ。

 枕に顔を埋めて、布団をぶん殴る。

 何度も、何度も。

 悔しかったんだ。

 あんなゴミみたいな奴らに、毎日馬鹿にされることが。

 そしてやられっぱなしの弱い自分に腹が立った。

 枕が涙で濡れていく。

 そうやって泣いているうちに、だんだん瞼が重くなってきて…。

 僕はそのまま寝落ちしてしまった。

 ……気づいたら僕は、学校の校舎裏に居た。

 “ドチュッ!” “グチュッ!”

 聞こえてくるのは、肉を叩くような音。

 その音がする方を、僕は見た。

 そこに居たのは、全身黒の服装で身を固めた、背の高い男。

 そいつはハンマーを持っていて、足元に落ちている物を叩いていた。

 叩くたびに、赤黒い液体が飛び散る。

 僕の顔にもそれは飛んできた。

 生臭い。

 多分血だ。

 僕は男の足元をよく見た。

 ほとんど原型を留めてないけど、確信した。

 あれは将也と淳と孝宏だ。

 血で汚れちゃってるけど、服が今日あいつらが着ていたものと一緒だった。

 “グシャッ!!”

 何か硬い物を潰すと、男はゆっくりとこっちを振り向く。

 その顔は、言葉で説明できないくらい恐ろしかった。




「うわぁああああああああっ!!!」

 僕は悲鳴を上げて起き上がった。

 ここは自分の部屋。

 さっきのは夢だったみたいだ。

 それにしても、リアルな夢だった。

 光景だけじゃなく、触覚や臭いまで。

 けれど、将也達が潰されていたあの光景。

 今思い返したら、スカッとした。

 現実にも、あの夢の男が居てくれたらいいのに。

 僕を馬鹿にする奴を、全員殺してくれればいいのに。

 居ても立ってもいられなくなって、僕はベッドから立つ。

 散らかった床を気にすることなく、机に向かった。

 自由帳から1ページ破り、シャーペンを手に取る。

 それから紙に、夢に出てきたあの男を描き始めた。

 記憶に残っているうちに、あの夢の男の姿を残しておきたかった。

 シャーペンは芯が細い。

 その分、服のシワや肉筋を描き込める。

 より力強く、恐く、描写できるんだ。

 僕の将也への恨みが存分に乗ったのだろう。

 そうして出来上がったものは、今まで描いた中で一番の出来だった。

「すげぇ…」

 つい自分の絵を自賛してしまう。

 この出来を見て、このまま終わらせるのはもったいない気がした。

 僕はこの男の設定を、紙に書き足し始めた。

 名前は、「ハンマーさん」。

 ハンマーを持ってるところから取った。

 安直だけど、解りやすくて呼びやすいのがいい。

 僕しか呼ばないと思うけど。

 …見た目は怖いけど、ハンマーさんは正義の味方だ。

 悪い奴を見つけると、暗闇から現れる。

 そして、ハンマーで殴る。

 ダークヒーローって感じで、格好いい。

「フフッ」

 僕はハンマーさんが描かれた紙を、高らかに持ち上げた。




 翌日、僕はまた将也達から嫌がらせを受けた。

 僕の机が落書きされていて、さらに花瓶が置かれてた。

 遠くで将也達がニヤニヤしながら見てる。

 多分、淳の仕業だ。

 将也と孝宏は、こんな陰湿なの思いつかない。

「うわ〜、ひっどいなぁ健太。こんなの誰がやったんだろうなぁ〜」

 淳が白々しく話しかけてくる。

「おいおい誰だよ〜!俺の親友の机にこ〜んなひでーことしたの〜!」

「誰だ誰だ〜!?」

 将也と孝宏も一緒になって嗤う。

 3人で僕のことを取り囲んで、反応を楽しんでいる。

「ッ!!」

 どうせ反論したところで、この3人はしらを切る。

 そして僕が冤罪をかけたとして、身勝手に怒り狂うんだ。

 悔しいけど、ここじゃ何を言ったって無駄だ。

 クラスの皆だって、将也が怖いから助けてくれない。

 僕は教室から駆け出した。

 将也達の笑い声が聞こえる。

 やっぱりお前らが犯人じゃないか。

 けど悔しいものは悔しい。

 僕はトイレの個室に駆け込むと、鍵を閉めて、便座を殴った。

 僕はなんでこんなに惨めなんだろう。

 ハンマーさんみたいに、強くない。

 僕はズボンのポケットから、折りたたんだ紙を取り出す。

 それは昨日描いたハンマーさんの絵だ。

 手元に置いておきたくて、つい持ってきてしまったんだ。

 再びハンマーさんの絵を広げる。

 夢の中では恐かったけど、こうして改めて見てみると、カッコいい。

 今は子供だけど、将来こんな男になりたい。

 僕は再びハンマーさんの絵を、ポケットに仕舞った。

 この絵を持ってると、力が湧いてくる気がした。




 それからというもの、僕はハンマーさんの絵を肌身離さず持ち歩いた。

 落ち込んだり、イラついたり、将也達に嫌がらせを受ける度に、こっそりハンマーさんの絵を見た。

 ハンマーさんは強い。

 将也達よりも。誰よりも。

 そう思うと、なんでも大丈夫になった。

 僕にとって、完全に御守のような存在になっていた。

 だけどある日…。

「……あれ?…ない!!?」

 僕はハンマーさんの絵を無くしてしまったんだ。

 とても大事にしてたのに。

 どこかに落としたのだろうか。

 トイレや机、図書室、音楽室、中庭、自分の鞄、ズボンのポケット、散らかった自室の中。

 心当たりのある場所を探し回ったけど、結局見つからなかった。

「くそっ…。どこに落としたんだよ……」

 僕は自室のベッドに寝っ転がってそう零す。

 今まで助けられていたために、あれが無いと落ち着かなかった。

 無くしたなら、また描けばいいんじゃないか。

 そう思った僕は、早速机に向かった。

 記憶を頼りに、ハンマーさんを描いていく。

 だけど…。

「……んっ…?……ん〜……あれっ?」

 上手くいかなかった。

 あの力強くて、得体の知れなくて、絶妙に恐ろしい感じを描写できないんだ。

 違う、こうじゃない。

 何度そう思ったことだろう。

 そう思う度に自由帳を破り、また新しい紙にシャーペンを走らせる。

 けれど何故か、元の絵の通りに描くことはできなかった。

 気づけばもう、自由帳の紙は全て無くなっていた。

 床にはここまで描いてきた失敗作が散らばっている。

 紙に描かれたハンマーさん達が僕を見ているが、何も感じない。

「はぁ……。くそっ!」

 僕は力無くベッドにひっくり返った。

 なんだかもう疲れた。

 この日はこのまま眠りについた。




 ハンマーさんの絵を無くしてから3日が経った。

 精神的な悩みは時間が解決してくれるということなのか、意外と落ち着きは取り戻せた。

 ハンマーさんの絵は描けなくても、存在自体は脳裏にこびり付いている。

 将也達の嫌がらせも、気にならなくなった。

 そんな僕に対して明らかにイラついているから、傍から見ると面白い。

 こんな感じなら、これからも大丈夫そうだ。

 けれど僕は、意外なところからハンマーさんの名を聞くことになった。

「ねぇねぇ、ハンマーさんって知ってる?」

 そう言ったのは、下校中、僕の前を歩く低学年の女子だった。

 正直耳を疑った。

 どうしてこの子がハンマーさんを知ってるんだ。

「な〜に?それ」

 隣に居たもう一人の女子が返す。

 僕も気づかれないよう、耳を澄ませた。

「知らないの?最近うわさになってるんだよ。黒ずくめの男の人で、悪い子をハンマーで殴ってくるんだって」

「その男の人が、ハンマーさん?」

「そうそう」

「そのまんまじゃん」

「でも、とっても恐いんだよ。それに、暗いところならどこからでも出てくるんだって。そして手に持ったハンマーで〜、頭を〜…ぐしゃぁあああっ!!」

「うわぁ!やめてよ!」

 その子達はふざけ合って、走っていった。

 僕はただ、呆然と立ち尽くす。

「なんで…」

 当然こんな言葉しか出ない。

 さっきの子達とは、会話したことすらない。

 なのにどうしてハンマーさんのことを知ってるんだ。

 それも名前だけじゃなく、特徴まで。

 どうなってるんだ。

 モヤモヤした気分のまま、この日は帰宅した。




「ねぇねぇ、ハンマーさんって知ってる?」

「あぁ、なんか悪い奴をハンマーで殴ってくる奴でしょ?」

 クラスの女子が話している。

 あれからさらに2日が経った。

 何故かハンマーさんのうわさは、うちのクラスにも広まっていた。

 ハンマーさんという名前はもちろん、悪い奴をハンマーで殴るという行動。

 詳しい奴は、暗闇から現れるというところまで話す。 

 今朝の登校中だって、ハンマーさんの話をしている子達が居た。

 今学校中で、ハンマーさんはうわさになっている。

 正直、まさかここまで話題になるとは思わなかった。

 おそらく僕がハンマーさんの絵を無くしたあの日、たまたまそれを拾った誰かが広めたのだろう。

 ただ不思議なのは、これだけうわさが広まっているのに、ハンマーさんの絵自体が見つからないことだ。

「ハン!なにがハンマーさんだよくだらねぇ!」

 何か面白くなかったのだろう。

 将也が突然大声を上げた。

「ハンマーさんとか、そのまんまじゃね?たっせー!」

「そうだそうだ、だっせー!」

 淳と孝宏も一緒になる。

 いつもだったら、皆黙っているところだ。

 でも、この時は違った。

「そんなこと言ってると、ハンマーさんに頭潰されるぞ」

 1人の男子がこんなことを言ったんだ。

 それをきっかけに、他のクラスメイトも口々に言う。

「将也くん達、弱いモノいじめ好きだもんね」

「ハンマーさんは悪い子を殴るんだもんね」

「ハンマーさ〜ん!悪者がここに居ますよ〜!」

「はっ…はぁっ!!?何なんだよ!!やんのかよお前ら!!!」

 将也が皆に凄んでみせる。

 けれど何故か、この日は皆怯まない。

「よくよく考えたら、将也くんあんまり恐くなくない?」

「絡まれたら面倒くさいだけだもんね」

「今時ガキ大将気取りとか、ダサくない?」

「淳と孝宏が持ち上げるから、勘違いしてんだって」

 怯まないどころか、将也への不満を皆が吐露する。

 淳と孝宏も、居心地が悪そうにしていた。

「チっ!テメェら覚えとけよ!」

 将也はわざと足音を大きくして、出ていった。

 淳と孝宏も、それを追う。

 正直驚いた。

 クラスの皆が、あの将也に逆らったんだ。

 これもまた、ハンマーさんの力なのか。

「ねぇ、健太くん」

 将也達が出ていった教室の入口をぼんやり見ていると、1人の女子が話しかけてきた。

「健太くん、今まで将也くん達にいじめられてたよね?ごめんね。助けられなくて」

 その子は何故か謝ってきた。

「えっ?いや、そんな……。仕方ないよ。将也、恐いし」

「でも…」

「だっ、大丈夫、大丈夫。もう将也達恐くないから。……ハンマーさんのおかげだね」

 僕はその子に微笑ってみせた。

 上手く微笑えたかはよく解らないけれど。

 その子は微笑い返してくれた。

 こんな笑顔を向けられるのは、初めてだった。




 元々1人で過ごすことが多かったけど、この日を境に僕はクラスの皆とよく遊ぶようになった。

 だれかと一緒に遊ぶことの楽しさに、今更ながら気づいてしまった。

 寧ろ今まで損していたのかもしれない。

 反対に将也達はクラスから孤立した。

 奴らが何を言っても、クラスの皆は気にしなかった。

 ハンマーさんの方にも動きがあった。

 今までのうわさに加えて、何故か新たな設定が加えらていくようになった。

 いじめを苦に自殺した子の父親が化けた姿であるとか。

 狙われた奴は逃げ切れたとしても、1周間には確実な死が待っているとか。

 「白い紙」と3回唱えると逃げていくとか。

 僕はこんな設定を付けた覚えはない。

 誰かがデタラメを言ったんだ。

 どうやらうわさっていうのは、こんな風に広まっていくものらしい。

 有名な口裂け女やトイレの花子さんなんかも、後付けの設定がたくさんあるのかもしれない。

 でも正直、ここまでだったらまだ平和だった。

 さらに数日が経った頃、悪い知らせが届いた。

 淳が、暴漢に襲われたんだ。

 あいつは全身を、ハンマーで殴られていたらしい。

 なんとかまだ生きてはいるらしいが、医者曰く、目を覚ますかどうか解らないという。

 尚、犯人は未だ逃走中とのことだ。

 それを朝のホームルームで聞いたとき、僕達は戦慄した。

「ねぇ、淳ってさぁ、絶対ハンマーさんにやられたよね」

「嫌な奴だったもんな。あいつ」

「次は将也と孝宏じゃない?」

 皆ハンマーさんの仕業だと思っていて、同時に口々に淳達の悪口を言っている。

 孝宏はオロオロとしていて、将也は舌打ちをする。

 そもそも、ハンマーさんの仕業だなんてありえない。

 ハンマーさんは僕の夢の中に出てきた存在だ。

 それを僕が描き起こして、その絵を無くしてからうわさが広まったってだけだ。

 ほぼ二次元の存在。

 それが淳を襲ったなんてありえない。

 絶対偶然、たまたまだ。

 そう解っているのに、僕の胸の中はざわついていた。

 



 昼休み、僕は将也に校舎裏に呼び出された。

「オラァ!!!」

 来た瞬間、僕は将也に殴り飛ばされた。

 僕はそのまま地面を転がる。

「お前最近調子乗りすぎなんだよ!!」

 今までの鬱憤を晴らすように、将也は倒れた僕の背中を何度も踏みつける。

 その様子を、孝宏は戸惑いながら黙って見守っている。

「クラスの奴らも調子乗ってんじゃねぇ!なにがハンマーさんだよふざけやがって!!そんなもん居ねぇのによぉ!!!」

「……だったら」

 僕は自然と、将也に言い返せるようになったことに気づく。

 今まではそんなことできなかったのに。

 どうやら僕にとって、将也は取るに足らない存在になっていたようだ。

 これもハンマーさんのおかげなのだろうか。

「ハンマーさんが居ないと思ってるなら、堂々としてればいいだろ?なにビビってんだよ」

「ンだとコラ!!」

 将也は僕の顔を蹴り上げた。

 痛みと共に、世界が回転するような感覚に襲われる。

 僕はまた地面を転がり、壁に当たって止まった。

「オタクがイキってんじゃねぇぞ!もういい!ぶっ殺してやる!!」

 今まで自分の思い通りになっていた分、思い通りにならなくなった現状に相当苛ついていたのだろう。

 将也の目に、どす黒い怒りが宿っていた。

「将也くん、やばいんじゃ…」

 将也から危ないものを感じたのか、孝宏が止めに入る。

 けれど、孝宏に止められる筈がない。

「はぁ?なんだお前殺すぞ!」

「ヒィッ!!!」

 孝宏は悲鳴を上げてあっさり引き下がる。

 今の将也の声、過去一低かった。

 将也は本気で僕を殺すつもりなのかもしれない。

 荒い足取りでこっちに迫ってくる。

 必死に後ずさっているその時、僕は視界の端にそれを見た。

「えっ……?」

 校舎裏にはいくつも木が植えられていて、大きくて暗い陰を作っている。

 その陰の下に、その男は立っていた。

 大柄で、黒いジャンパーを着ている。

 フードを被っていて顔はよく見えないが、手にはハンマーが握られている。

 気づいた時には、その男は僕達の目の前に距離を詰めていた。

「なっ!?はぁっ!?」

 男に気づいた将也は驚きの声を上げる。

 だがすぐに、男を睨みつけた。

「なんだよ!?お前も俺を馬鹿にすんのか!?死ねよ!!!」

 見境なくなった将也は、男に殴りかかった。

“グシャッ!”

 何かが潰れる音が響き渡った。

 一瞬のことだったのに、スローに見える。

 将也の拳が届くより前に、男のハンマーが将也の顔にめり込んでいた。

 血とともに、将也の体が宙を舞う。

 地面に激突すると同時に、男が走り出す。

 それからピクピクと痙攣する将也の体に、何度もハンマーを打ち付けた。

“グシャッ!”“ゴキッ!”“バキッ!”

 ハンマーが振り下ろされる度に骨が砕ける音が響き、血が飛び散った。

「うっ…うわぁああああああっ!!!!」

 孝宏が悲鳴を上げて逃げていく。

 それにな気にも止めず、男はハンマーを振り続ける。

 将也はもう動かない。

 潰され続けた結果、餅みたいに延びている。

 何かに怒っているのか、男はそれでもハンマーで殴り続ける。

「……ハンマーさん?」

 姿形が、あの日見た夢と完全に一致している。

 目の前の男は、間違いなくハンマーさんだ。

 まさか実在するなんて…。

 僕の夢の中だけの存在ではなかったようだ。

 …いや、ハンマーさんはうわさになって、この学校に大きな影響を与えていた。

 うわさが大きくなると、その存在が力を持って現実になると聞いたことがある。

 多分、ハンマーさんはそうやって生まれたんだ。

「ハンマーさん!」

 僕の呼びかけに、ハンマーさんは振り返る。

 言葉では言い表せないくらい狂気的な顔で、ハンマーさんは笑った。

 恐いけど、それでも格好いい。

 飛び散った血で汚れた僕の顔もまた、笑っていた。

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