エンカウント
矢継ぎ早に再召喚した長槍に感動するスノウを背に作業を再開する。相変わらず強力な溶解力だが、あと少しだ。今度こそいけるはず。
また半分ぐらいに溶けて長槍を駄目にしてしまったが、その甲斐あってようやく引き上げることに成功した。
透き通った煌めきはないが、深緑で綺麗な宝石だ。が、見つめていると、惹かれるような感覚と同時に、目を逸らしたくなるような感覚が襲う。その訳の分からなさに目眩がしそうだ。
「……あまり見つめない方が良い。魔石の類いだから」
慌てて目を逸らす。危ねえ……。今のはスノウの言葉に弾かれたな。引き込まれて昏倒しそうな気配を感じた。
ああ、こういうのがあるからか。行方不明者多数という噂の根源を見たような思いだ。
普通はこんな場所、近づく前に本能的に避けるだろうし、ここまで辿り着いても、この石に魅入られる人間が多く居たんだろう。こういう秘境的な場所に来られるような人間は、成果を期待するような性格の可能性大だしな。色々と腑に落ちた。
むしろ好奇心の塊のスノウが生きているのが不思議なくらいだ。うん、俺の中で君は、状況次第では泉にダイビングかましそうなイメージなんだ。すまんな。
「魔石か。確かにそのようだな。それで、これは触っても大丈夫なのか?」
「直には触れないで。回収用の袋を持ってきている」
取る手段は丸投げだったわりには用意の良いことだ。まあ、やる気満々で準備してたしな。スノウは小袋を取り出すと、手には触れないようにしつつ石を慎重に納めた。さらに、その小袋を杖の先に結びつける。わりと厳重だな。スノウがここまで用心深いと、よっぽどやばいんだろうなという説得力が半端ない。
杖の先の小袋を見つめつつそんなことを考えていると、それを差し出してくる。杖ではなく、杖の先に吊り下げた小袋の方を。……ふむ。そんな有様を見せておいてこれをどうにかしろと? 言っちゃなんだが君、汚物のような扱いをしてるよねコレ。
「袋を開けて中を覗いてみて。消費できそうならいつでも構わない」
なるほど召喚待ちですか。この石を使って召喚出来るか試したい。せめてこの程度の説明ぐらいはしろよ。察してくれじゃないんだよ。とか他にも色々と突っ込みたいところではあるが、回収用の袋を用意していたりと最低限の配慮らしきものは伺える。
だがまあ要約すると、やれという意向は絶対らしい。いや、やるけどね。やらせて頂きますけどね。それしか選択肢ないんですよね。ハイヨロコンデー。
嫌々ながら小袋を覗き込んだところで──それが視界から消え失せる。消えた小袋にポカンと口を開ける俺とスノウ。
「ぎゃぎゃぎゃやぎゃぎゃぎゃ!」
ガラガラ声で笑うその姿はゴブリンだ。先ほどのゴブリンより人間味を、それ以上に凶悪さを足したような大柄な体つき。その凶相は、体格以上に暴力の匂いを漂わせている。
そいつが、手にした小袋を上機嫌にもてあそぶ。濁った目が俺とスノウを交互に見やる。
さっきの奴のボスといったところか……。ヤバいな。今の動きは全く見えなかった。思わず、ごくりと生唾を飲み込む。くそっ、こういうのもいるのかよ。
不意打ちだったのもあるだろうが、身体能力が先ほどのゴブリンと比べても段違いすぎる。あのとき襲ってきたゴブリンの身のこなしでさえビビるぐらい速かったのに、こいつのそれは比較にならない。前者が動物的な速さだとしたら、後者のは俺の中の動物が可能な身のこなしの常識というやつを軽々と超越している。
蛙がハエを捕まえるのに舌を伸ばす、あの超早業を身体全体で実現してみせたかのような動きだった。断じて、この巨体でそんな動きが出来るような生物は地球には存在しない。
野生生物に対するように、威嚇してみるなんて選択肢を取る気は微塵も起こらない。食べる前に玩ぶような圧倒的強者の余裕。そういう雰囲気が痛いほど伝わってくる。完全に獲物を見る目だ。
多少は余裕があるように見えるこの距離も、おそらくは完全に奴の間合いだろう。通常の行使召喚は、奴の身体能力の前ではあまりに遅すぎて飛び道具の意味を成さない。それを見越した位置取りの可能性が非常に高い。あるいはそうやって玩ぶ一種の罠なのかもしれない。
その程度の知能は持っている相手だと疑ってかかるべきだろう。人語こそ発していないが、その佇まいには明らかに野生生物とは違った知性を感じる。捕食のためだけではない。明確な意思を持った暴力の気配を無遠慮に叩きつけてきている。
考えれば考えるほど詰みの状況に絶望しそうになる。スノウの出方を伺う余裕はないが、何か切り札を持っていることを期待しつつも、半端な手を打つぐらいなら動かないでくれよと願うばかり。手を上げただけでも次の瞬間にはくびり殺されていそうなビジョンしか湧かない。
特にラングは今にも飛びかかりそうな気配を漂わせている。僅かに足をズラして音を立て、ラングの視線をこっちに誘導した。頼むから通じてくれと念じながら視線で押し留める。強く睨んだのが効いたのか、怯んだように半歩下がった。そう、それで良い。
「げはっげはっげはっ」
明らかにこちらを侮って嬲っている。本来であれば油断している状態というのはチャンスなはずだが、その仕草が異様に人間臭くて逆に恐ろしい。
考える時間もそろそろ尽きる頃だろう。通常の行使召喚では無理なら手は一つ。常識外の召喚術をお見舞いしてやる。
デビルツリーの手
カテゴリー:エンチャント
レアリティ:★
コスト:3
属性:土
効果:対象にされたモンスターはそのターン行動不能となる。以降、対象にされたモンスターは2回に1回、行動不能となる。
解説:食虫植物の仲間であり、その捕食対象は動物、つまり人間も含む。
『生きたまま食われるのと餓死するの。どっちが先なんだろうな?』
呪いや祝福の付与。俺のエンチャントの解釈に従えば見切って避けるというような概念は通用せず、即時にその効果を発揮するはずだ。ゲーム的に言えば、これに抗しうるのは何らかの対抗魔法だけだ。そうでないとエンチャントたり得ない。いや、間違っていても、もはやこれに賭けるしかないのだが。
頼むとばかりに”デビルツリーの手”とぼそりと告げるとそれが発動する。すると、奴の身体がいくつもの光の帯に包まれた。その光が収まるのと入れ替わるように植物の太いツタが顕れ、巨体が地面に縫い付けられたように雁字搦めになる。
思った通り、行動を阻害するという効果の方を重視したような発動の仕方になってくれた。あれでは避けるも何もあったものではない。
ゴブリンは、何が起こったのか理解出来ずそのツタを凝視する。どれほど効果があるのかは分からないが、少なくとも一瞬だけ注意を逸らせることには成功したようだ。取りあえず、これで首の皮一枚は繋がった、だろうか。
そう思った瞬間、ゴブリンの筋肉が膨張したかと思うとブチブチと不吉な音が聞こえてきた。不味い!
「援護しろスノウ。”ファイアバットの火球”」
「ブレイズショット」
スノウが詠唱で返事を寄越す。ウサギのような小動物が召喚され、俺のファイアバットと似たような火球を吐き出す。機を見つけるまで不利を悟って動かない、からの間髪を入れない援護。しかも属性まで合わせてきている。頼りになる眼鏡っ子だぜ。
と、その時、一瞬だけふらつくような目眩が襲う。……不味いな。強行軍が祟って疲労の頂点に達しつつあるらしい。
それを強引に振り払いつつ火球の行方を見守る。二連の爆撃がゴブリンを襲い、一瞬で火だるまになる。まだだ、ツタにあえて火球をぶつけたのはそれ自体を燃料にするため。俺はこういう時は油断しない。さらに”デビルツリーの手”を重ね掛けする。
また目眩が襲うが、手を緩めれば次の瞬間には死だ。絶対に落ちるわけにはいかない。
「続けるぞ。出来るだけ付いてこい」
スノウのインターバルを待たず、さらに”ファイバットの火球”をぶつける。例え絶命していようが棒立ちになったままでい続けるしかない、という状況を作り出しスノウと共にひたすら攻め続けた。
そうして、気力の限界まで撃ち尽くすと片膝をつく。
「かはっ」
咽せて吐き出しそうな感覚。体力に余裕があればもっと手前で止めていただろうが、限界寸前だったせいか、逆に体力が尽きるまでを目標にしてしまった感がある。撃てるだけ撃ち込んでしまった……。さすがにやり過ぎたかも知れない。
「マツロウ!」
よほど辛そうな顔をしていたのか、スノウが驚いて駆け寄ってきた。
いかん。ここで弱音を見せては強者の像が崩れてしまう。無理を押して何とか立ち上がるが、その足はプルプルと生まれたての子鹿のように震えていた。
大丈夫。このマント、結構すっぽり身体を覆ってくれているから、上手い具合に隠れているはず……そうであってくれ。
「んっん。少し咽せてしまったな。いや、なかなか手強いモンスターであった」
「確かに……このレベルのゴブリンなんて初めて見た」
互いに少し興奮しているらしく、しばし息を切らせながら見つめ合う。演技もだが、そもそも男子は女子の前では見栄を張る生き物なので、あんまりじっくりと見ないで欲しい。余裕のなさがばれちゃう。プルプルがばれちゃう。
「ぎゃぎゃっぎゃぎゃ」
爆撃に次ぐ爆撃で爆心地一帯が更地になり、いまだもうもうとした煙を上げている。その煙の中から笑い声が聞こえてきた。そして、それは確実に怒りに満ちている。
「ぎゃっ……はっは……ぐるぅあああああああ!」