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死の泉

 森の中をだいぶ歩いたが、いよいよ体力が尽きつつあった。もうちょっといけるかと思っていたが、かなりキツい。まだ余裕がないわけではないが、これで帰りも歩かないといけないと思うとへこたれそうだ。

 変わらないペースで歩き続けるスノウに、今のところ平気な振りをしてついて行けていけているが、この分だとギブアップも近いような気がする。お願いだからそろそろ着いてくれませんかね。


「きゅう」


 ラングが気遣わしげな声を上げるが敢えて聞こえないふり。それはそれ。別腹なので黙って腕に抱かれていて欲しい。ウェイトになっているのは事実だが、何かもう逆にこれが心の支えになっている部分がある。


 いや……何か右腕だけ妙に重さを感じるな。と思って右腕を見ると例の腕輪ががっちりハマっていた。精神拘束具とか言っていたアレである。すっかり忘れていたが何で俺はこんなものを嵌めっぱなしにしているんだ。疲れすぎてようやく気付くとは何たる鈍さ。……まあ色々あったっていうのがあるのかもしれないけどさ。

 取りあえず外してしまおう。と気楽に思っていたのが罠だった。外れない。外れないのである。


「スノウよ……この腕輪だが……」


「ピッタリフィットしてるでしょ?」


 何故か僅かにドヤ顔である。


「してるな。してるがそうじゃなくてだな。外れないのだが」


「外れないけれど?」


 ……出たよ。もう驚き慣れたよ。ビックリの衝撃がないだけで動悸は激しいけどな。這い寄る恐怖心、焦りに当てられて寒気がしてきたぜ。オーケー。その調子でクールに行こう。


「よし。協定の条件追加だ。これを外せ」


「条件の追加は認められない。装着している状態で条件を飲んだのだから、後出しは不公平で不義理」


「た……しかにそうだったが……いや、しかし。……ぐぬぬ。だ、だが、我には効かない事は分かっただろう。これも安くない代物なのだろうし回収することを提案するが」


「言うように安くはない。けれどその必要は無い」


 必要なんだよ。俺の精神衛生のために。全くこの意固地さはどういうことだよ。もしかしてペットに首輪を付けるような感覚だろうか。効かないとはいえ、まがりなりにも精神拘束具なんて代物を身に付け続けるのは考えれば考えるほどストレスでしかない。


「そのだな。僅かとはいえ重いのだ。そう、あれだ。どうもこれを着けていると腕を振り上げる時にワンテンポ遅れるようでな。あと蒸れるし。それこそ必要なければ外しておいた方が何かとお得だぞ。これがなければ我は先ほどのゴブリンにも即応出来たであろう」


「いえ、着けておく必要はある。長期間の使用でどうなるか経過を見たい」


 ────今度こそ強い衝撃がドクンと襲ってくる。お、おのれ……頭にホルマリンでも詰まってるのか。マジで実験のことしか考えてやがらねえ。人の心って知ってる?

 こっちの話を全く聞く気がなくて泣きそうだ。いや、俺は涙目になんかなってないぞ。……長期間の使用か……効かないよな? いや、効くはずがない。そのはずだ。そう思わないとやってられない。


「……あった」


 と、精神の限界を迎えつつあった俺の耳に別の角度の福音が届けられた。視線の先には立ち止まったスノウの姿がある。ようやく着いたのか……足が棒になってきていたので助かった。

 と思ったら、屈んで何やら作業を始めるスノウ。それにはてなを浮かべながら肩越しに見やる。どれどれ。


「キノコ」


 何の話だよ!


「今日の夕飯は……キノコスープ」


 ぐぐぐぐ。そういうのも兼ねてるのね……。いや、分かる。こういう世界では、日々、生活の糧を自力で得るのは常識だよな。

 分かるけど、俺の言い分は理不尽なんだろうけど、期待した分だけ疲れがドッときた……。はあ、この先、まだまだ歩くのか。


「……我も手伝おう」


 その言葉にスノウがコクリと頷く。

 そうして、見よう見まねで似たようなキノコを摘んではその都度スノウに確認を取る、という作業を繰り返して採取を終える。間違って変なのを混ぜてしまったらえらいことになるからな。しばらくジッと見ていたラングがキノコを見分けられるようになったらしく、途中からは鳴き声で手伝ってくれた。スノウに確認するとちゃんと合っているんだから大したものだ。意外な方面で有能だ。そして、それ以上に進んで手伝いをしてくれるとかいい子すぎる。


 それから収穫後はまた当然の如く歩き続け、帰れなくなる前に恥も外聞も捨ててギブアップすべきだろうかと真剣に悩み始めたところで、周りが静かすぎることに気付いた。

 茂った葉が視界を薄暗くし、冷たい空気に寒気すらしてくる。どうやら目的地は近いらしい。


 その異様な雰囲気に、さっきまでとは別の意味で帰りたくなっている俺。ラングも静かに唸って警戒態勢に入っている。何かあれば飛び出して突撃していきそうな気配を感じて、より強く抱き締めた。

 これは死の泉と呼ばれますわ。絶対おかしいもん。


「着いた」


 スノウの背中を見ながら、この時点で既にあまり足が進まなくなっている。何だこれ。さすがにこれはちょっと異常だ。直接、精神に作用してきているような不快な感覚に吐きそうになる。

 本格的にヤバイ代物なんじゃないだろうかという不安が増してくる。が、見ないわけにもいかない。

 恐る恐るスノウの隣に並び立つ。


 規模はせいぜいテニスコート程度で、それほど大きくはない。上空は茂った葉に覆われていて高い天井を形成している。その泉はどこまでも澄み切っていて、ともすると底の部分を地面のように錯覚する。泉の中央付近から湧き出ている水によって生まれた土の動きがなければ、それこそ水の存在を認識出来ないかもしれない。深いのか浅いのかすら判断出来ない。


 生物の気配が一切ないのが奇妙で、行き過ぎた静寂に耳鳴りがしてきそうだ。

 これが死の泉。実際に見て分かったが、納得の異様さだ。

 スノウの前じゃなかったらとっくに逃げ出しているところだが、この銀髪娘は平気なんだろうか。そう思って隣を見やるとじっとりと汗を掻いている。あんまり平気じゃないらしい。


「それで、目的の石は見つかりそうか?」


 やや首を捻りつつ、こくりと頷いて続ける。


「私は集中しないといけないから泉の底を見ていて。一番大きいのを狙う」


 そして、スノウは瞑目してパンッと手を合わせた。その手を中心にソナーのように魔力の光が迸り、泉全体に広がっていく。いや、本当に凄い。格好良い。魔道具作ったり何でも出来るなこの魔女っ子。一家に一台スノウさんだな。俺はいらないけど。フリマで売れなければ粗大ゴミの日に捨てるけど。


 おっと、見とれているわけにはいかない。ちゃんと泉の方を見ていないと。

 慌てて底の方を注視してみると、夥しい数の石がソナーに反応するように光っていた。幻想的な光景に目を奪われるが、どれを指差せば良いのやらと一瞬迷う。だが、すぐにその懸念は払拭された。


「その付近に一段と光輝いている石があった。あれでいいのではないか」


「そのままで」


 スノウは瞑目したまま応えると、同時にゆっくり手を下ろた。連動するように光も消え失せる。

 俺の指さした先を見やって頷く。


「問題はどうやって取るかだけれど……」


 おっと、まさかそれを全く考えていなかったパターンですかスノウさん。


「……何か案はある?」


 はい、そのパターンですね。後先考えない行動に痺れるぜ。思いついたら猪突猛進。灰被りじゃなくて猪娘に改めたらどうかね。


「条件1。生物が水に触れると骨も残さず溶ける」


 何か言い出した。


「条件2。無機物も溶ける。例外は現状で泉に浸されている物だけ」


 無茶振りにも程があるだろ。ほら、俺が思ったとおり危険度MAXのデンジャラスゾーンだったじゃないか。

 取りあえずラングを地面に下ろしてから木の枝を泉に突っ込んでみると、当然のように一瞬で蒸発して枝の先っぽが消え失せた。怖すぎる。石を放ってもジュンッという音だけを残して蒸発ときた。もはや消失と言った方が良いほどの溶解力だ。

 それらの行為に波紋すら立たないのは、溶かす力が強力すぎるのか、もしくは水に粘性でもあるのか。それでいて泉の水と土が接している面は溶けていないのが意味不明だ。その異質さは、ラングが警戒しながら本能的に後ずさりしている様子からも嫌というほど実感できる。


 目的の石は、ここからならちょっとした長さの棒で手繰り寄せられそうな位置にはあるんだが、取れる気が全くしない。

 うん、これは諦めるべきじゃないかな。と言いたいところだが、これを鮮やかに解決できてこそ揺るぎない信頼を得られるような気もするんだよなあ。仕方ない。今後のためにもう少し考えてみるか。


「スノウはここには何度か来たことがあるのだな? 行使召喚を試してみた事はあるのか?」


「ある。……けれど何の効果もなかった。一通り試してみたけれど、爆裂させて僅かに波立つくらい」


 ほう。それぐらいであれば影響は与えられるということか。先の山火事ボヤ騒ぎでの件を鑑みれば、俺の召喚とこっちの召喚では、世界に対する干渉の性質が似たようなものだと思うんだよな。とすると、これがいけるかもしれない。

 ライブラリーに納めてあるカードを取り出した。


スケルトンポーンの長槍

分類:アーティファクト

レアリティ:★

コスト:2

属性:無

効果:ATK+100

解説:長槍を持たせることにより、ポーンは一人前の兵士の働きをするようになる。

『俺は嫌いだね。ペーペーが一朝一夕でいっちょ前の顔しやがる』


 長槍を顕現させる。その意思を示した次の瞬間、槍を象ったような光が軽く握った手の中から伸びていることに気付く。その光と入れ替わるように長槍が顕れた。

 覚悟していたよりは重くない。柄の部分が木製で、穂先に刃が付けられているタイプだからだろう。が、それでもやはり俺にとっては重いと言わざるを得ない。

 デタラメに一振りしてみても身体ごと持っていかれそうだ。いや、すっぽ抜けるかも知れないな。間違いなく実用品だというズッシリとした重さだ。

 達人はこれよりよっぽど重量のあるものを振り回したりするんだから化け物だよな。


「……マツロウ……あなた……そんなことも出来るの?」


 俺の長槍を見て、頬を染めて興奮するスノウ。やめて、そんな目で俺の得物を見られたら興奮しちゃう。

 しかしこの様子だと、スノウの常識にアーティファクト系の召喚はないようだな。


「まあな。よし、では試してみるか」


 ドキドキしつつ、穂先を泉の水に触れさせる。すると、盛大な揮発音と共に長槍がみるみる溶け出した。一瞬焦るが、確かに水の中に突っ込めてはいる。これはいけるか!

 思い切って目的の石まで長槍を伸ばす。長槍の先の方がボロボロに融解して、節くれ立った幹のようになっているが、それが上手い具合に石に引っかかってくれた。手繰り寄せている間も、とてつもない早さで溶け続ける。時間との闘いだ。

 何とか半分ぐらいは引き寄せられたが、時間切れになってしまった。柄が半分ぐらいになって完全に槍としての機能を失った元長槍は、力尽きるように世界から消滅した。


「……チッ」


 盛大に舌打ちをするスノウさん。

 おやおや、どうもこれが消耗品だとは思っていないらしい。確かに、収納しているものを出したようにも見えるか。まだアーティファクト系の召喚がどういうものか完全に理解は出来ていないだろうしな。まあ、完全と言われると俺もそうなんだけど。

 ふっふっふ。そんなに不機嫌になるなお嬢さん。こんなもので良ければまだまだストックはあるぞ。


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