採取へ
「ここから日帰りできるぐらいの場所に、あらゆる生き物が寄りつかない泉がある。森の奥にあるので、その存在は村人の中でも狩人と私ぐらいしか知らないのだけれど……彼らには死の泉と呼ばれている。実際、死の泉の名前や存在はあまり知られていなくとも、その付近で消息を絶った者が多いというのは、この地方では有名な話」
何故そんな物騒そうな名前の場所へ行くのだと問うと解説が返ってきた。翻訳機能バグってないよねこれ。俺の話通じてる?
死って。いきなりヤバそうな雰囲気ビンビンだな、おい。あらゆる生き物が寄りつかないというワードの、素敵に不敵な響きにちょっぴり及び腰になるぜ。
「ほ、ほう。なかなか愉快そうな名前の泉だな。そのイカ……した場所を鑑賞する日課でもあるのか」
毒電波でも浴びるつもりだろうか。
「そこにこのクリスタルと似た性質の石がある。それを試してみたい」
「なるほど」
スノウならではの見立てで何かしらの共通点を見出したのだろう。言葉が省略されているが、クリスタルの代わりになるか試してみたいといったところか。
「では我はここでラングと共に待機しておこう。心置きなく行ってくるが良い」
これ、俺が同行する必要はないよな。そんなヤバそうな場所には近寄りたくないんだが。これに対するスノウの反応は心底不思議そうな顔である。もう……何だよ。
「マツロウが一緒に来た方が話が早い」
いや、俺がいたところで何の役にも立たないだろう。それとも採取してすぐその場で試してみたいという話か? いいじゃんそれぐらい。適当に見繕って持ってきてくれよ。しかしながら無念なことに、これといって断る理由が思いつかない。今忙しいから行けたら行くという現代人の使い勝手の良い必殺技、九割方行きません宣言が出来たら楽なんだが……ここは中世めいた異世界な上に絶賛無職なんだよね俺。ほぼ実験動物扱いでそれに抗っている系の。付いていくしかないじゃん畜生め。
◇◇◇
結局、抵抗むなしく泉へ向けて森を踏破することになってしまった。あまりグズついていると、ごねているように見られかねないので仕方ない。
先導するスノウの後ろ姿を見ながら付いていく。さらに俺の後ろをラングが追う形だ。しかし、道なき道を行く森歩きはなかなかにキツいものだ。自然と共に生きている人間の足腰の強さを思い知る。あんなに華奢なのに、手に持った杖と身に纏ったマントで、草木を弾きながらずんずん突き進む。
ちなみに、俺も外出にあたって余っているというマントを一着貸して貰った。何も考えずジャージで森に入ろうとしていたのが、如何に浅はかだったかを身をもって知った思いだ。障害物として立ちはだかってくる小枝や草を、厚めの生地で弾いてくれる頼もしい相棒である。
もはや、これ無しで歩くなんて考えられない。通常ならマントで鬱蒼とした草むらを歩いたらむしろあちこち引っかかって邪魔になりそうな気はするのだが、歩きやすい路を切り開いていくスノウの後ろを歩く限りは非常に有用な装備だ。欲を言えば厚手でバタつかない物の方が良いとは思うのだが、贅沢は言うまい。
ただ、俺は良いのだがラングがかなり歩きづらそうにしている。ドラゴンだからか爬虫類っぽい動きではあるのだが、やや犬猫寄りの歩き方だ。それが災いしているのかダーティーな地面ではあまり安定感がない。
「来い」
足を滑らせてバランスを崩した拍子に、目に枝が刺さりそうなったのを見かねてラングを抱き上げて歩くことにした。丁度良いのでマントでラングを覆うようにガードする姿勢だ。
「きゅい」
嬉しそうに頬をペロリと舐めてくるのがくすぐったい。
「はははこやつめ」
じゃれ合っているところをスノウがチラリと見てきた。変な物でも見るかのような視線だ。う、キャラ崩壊をやらかしてしまっただろうか……いや、違うな。この世界の使役召喚は精神拘束具を使って支配下に置くのだから珍しがられるとしたらそっちの事か。じゃれつけと命令するような召喚者などそうそういないだろうからな。
そうは言ってもやはりこの格好は俺が演じきろうと努めている強者キャラ的にはあまりよろしくはないので、何となく気まずくなって誤魔化すように声を掛ける。
「ところで、この森に野生のモンスターはいたりするのか?」
そこそこ歩いていると思うのだが、今のところ虫と小鳥などの小動物しか見ていない。この世界にもドラゴンはいると言っていたし、他にもモンスターは居ると思うんだが。もしかして、あまりいないのだろうか。
スノウは首を傾げると一呼吸置いて口を開いた。
「マツロウ。貴方の言うモンスターの定義は?」
歩きながら背中越しに問われる。
むむ。何となくで捉えているので厳密に分けて考えているわけではないから、そう問われると返答に困るな。設定だけならいくらでも方々から引っ張ってきて騙れはするが……下手なことを言ってもあれだし取りあえず無難そうなものにしておくか。
「そうだな。我の世界でも説はいくつかあるが。他の生物と比べると明らかに異質な強さを持っている存在がモンスターだと我は考えている」
「……出た。感覚だけでその実、基準が曖昧で明確に定義することは出来ていないゴミみたいなやつ」
「ふむ。貴様の世界でもよくある判別の仕方らしいな?」
唐突にぶっ込まれる辛辣な物言いに「ふむ」辺りが若干震えているのはご愛敬だ。
「ええ、腹立たしいことに。私自身、感覚だけでそうと分かってしまうのが何よりも腹立たしい。例えばあなたが抱いているその子はモンスターよね?」
そう言って、立ち止まることなく肩越しにチラリと視線を寄越す。
「うむ。その通りだ」
何となく抱き締める腕に力を込めた。いや、深い意味は無いよ。べ、別にマッド眼鏡の視界から遠ざけたいとか思ってなんかいないんだからね。
「でもその子は幼体なので現状ではそういった強さはないはず。なのに私は感覚だけでモンスターだと感じている。ドラゴンだというのを抜きにして」
言っていること自体は分かる。全く意識していなかっただけで、俺にもそういう感覚はあるからな。ドラモンのモンスターだという拭いがたい前提知識がそうさせている可能性もあったが、スノウも肌でモンスター認定しているのであればやはりそういうオーラ的なのがあるのだろうか。
「何か新鮮な意見が聞けるかと思ったけど……はあ」
その溜息の何と残念そうなこと。失望を隠そうともしない委員長にはオブラートという言葉を覚えて頂きたい。
「それで、この森にはいるのか?」
そして肝心な事にも答えて頂きたい。
「ああ……まあ……いるときはいる……」
興味を失って凄くどうでも良さそうだ。くそう、なんて投げやりな返答だ。俺でなければ心が折れるような冷めた声色だ。
「ほらいた」
「キシャアアアアッ!!」
ギャアアアアアッ!!
なんとも緊張感のないスノウの言葉と共に、いきなり棍棒を持った何かが奇声を上げながら猛突進してきた。
あれは間違いない。腰巻きを捲いた緑色の肌をした小人の怪人。紛れもなくゴブリンだ。
驚きすぎてみっともなく大声を上げるところだったが、鋼の精神力で心の中だけで耐えて見せる。よくやった俺!
いやいやいやいやそんなことをいってる場合ではないヤバイヤバイヤバイヤバイ。
「アイスランス」
落ち着いた声で唱えられたスノウのそれは、一瞬で地面に魔方陣を描き出す。アザラシのような召喚獣が顕れたかと思うと、ゴブリンを迎え撃つべく飛び出すように突撃した。手に氷の槍を持ったアザラシが咆哮する。
「何だワレぁ!! 三枚におろすぞゴラ!」
棍棒をたたき折り、四肢を切断し、全身が穴だらけになる。一瞬で原形を留めないほどゴブリンが解体された。
「姐さんに楯突くたあ、ふてえ野郎だ」
ペッと吐き捨てて消え去るアザラシ。
何あの物騒すぎる、見た目だけはラブリーな生き物。
「……スノウよ。今のヤク……アザラシは何だ」
「アザラシ? 何それ。あれはレッサーデーモンだけれど……?」
マジかよ。あれで悪魔種なのか。いや、所業は悪魔そのものだったけどさ。
あれがアイスランスって……ただ得物で切り刻んでただけのように見えたんだが。どう考えても必殺技的なものではない純然たる暴力としか思えない。え、キミの行使召喚の定義はそれで良いのかね、スノウよ……。
「わ、我の召喚とは随分違うな。あれが貴様の世界の行使召喚か?」
イチャもんじゃないよ。ただの確認だから出てこないでねアザラシさん。
「……これは特殊例だから……私の世界の、という意味ではあまり参考にはならない。通常の行使召喚はむしろマツロウのものに近い。……もちろんあれほどの連続行使召喚なんて絶技は誰にも真似出来ないだろうけれど」
いやいや、俺のより断然凄そう、というか強そうなんだけど。
だって、勝てる気しないもの。レアリティ1のスペルは結構ストックが溜まってるから、俺ってわりと戦闘力高いんじゃないかなんて思っていたんだが、そんな気分吹き飛んでるもの。最悪、腕の一本ぐらい捨ててこっちのタマ取りにきそうだもの。
「そうなのか? だとすると、先ほどのはほとんど使役召喚のように見えたのだが」
「触媒の希少性とその取り扱いの繊細さに常に召喚師は頭を悩ませている。そこで触媒を使わずに使役と行使の良いところ取りをしようと試行錯誤していたときに偶発的に出来たのが……あれ」
えー。魔改造したらああいう凶悪なのに仕上がっちゃうんですかね。俺のラングも、あれで内面は凶悪だったりするのだろうか。ちょっとだけドキドキするぜ。いや、そんなことはない。このラブリーな瞳を信じろ。
そうしてラングの顔を見詰めたところで、ゴブリン襲撃から無意識に強く抱き締めていたことに気付く。少し苦しそうにむずがっている。心の中で猛烈に謝罪しながら慌てて腕を緩めた。それで落ち着いたラングがグリグリと頬をすり寄せてきた。──な、ラブリーだろ。
「それにしてはなんだな。妙に懐かれて? いるようだな」
精神拘束しないと使役は出来ないという話だったが、どういう理屈だろうか。
スノウはそれをこっくりと肯定。
「無条件で従ってくれている。……ええと、通常の行使召喚は召喚酔いしている召喚獣に単一の命令をして、催眠誘導で特定の行動を強制させるのだけれど。……理由は分からないけれど、あの子はアレが召喚酔いした状態。本能で私の意思をアバウトに解釈している。だから原理で言えば実は単純。行使召喚を出来るだけ長く引き延ばしているに過ぎない。もちろん魔力が尽きるまでが上限なので短時間しか無理」
加減の出来なくなっている酒乱みたいなものだろうか。たち悪いなおい。
しかしそうか。そういう事であれば、触媒がないと魔力を大量に使うと言ったところか。
ん、ちょっと待てよ。そう考えると、これは使役と行使の悪いところ取りではないだろうか。要するに燃費が悪く持続性もない使役ということでは……まあそういう本末転倒な事をやらかしそうな不思議ちゃんではあるけど。
「記憶が確かなら戦闘要員が欲しいと言っていたな。我を喚ばずとも、さっきのを使役召喚すれば良かったのではないか? 酩酊していてあれなら精神拘束などいらぬであろうに」
戦闘力も高いしな。精神拘束具とやらがどれぐらいコストのかかる代物かはしらないが、あまり家計に余裕はなさそうなスノウにとって、これが不要な召喚獣というのは都合が良いように思える。それとも、あれよりもっと強いのを求めているのだろうか。
「……それは無理。召喚獣を長く留めておくには触媒が必須なのだけれど……それには使役召喚術を使う必要がある。そして、使役召喚術と行使召喚術は似て非なるもの。使役召喚獣としてあの子を喚ぼうとしても出てくることはない。……実証済み」
……ふむ。そういう話を聞くと、あまり魔力に余裕を持っているようには聞こえないな。あのレッサーデーモンだけが極端に効率が悪いだけなのかもしれないが、それでもスノウは躊躇無く使っていたので実用的な召喚獣として捉えているはずだ。
それにも関わらず、俺との間にも繋がっているはずのパスを勘定に入れた上で、気が済むぐらい協力した後なら放逐しても良いと言って──譲歩していたということだ。普通に考えればこれは相当なデメリットだろう。生涯にわたって魔力管理に影響があるのは間違いない。まったく、どれだけ自分の探究心に正直なんだろうか。
しかしこうなってくると、もしかして俺という存在は今後支障になってこないだろうか。自分で言うのも何だが、ガチャ祭りで召喚フィーバーを起こしてしまえるような俺のような召喚師は、いかに触媒で軽減されているとはいえスノウに結構な負担がかかっているような気がする。
「ふむ。しかし良かったのか? 我のような強大な存在を無駄に遊ばせる余裕が貴様にあるのか」
「……? ああ……うん、大丈夫。あなたはほとんど……というより全く魔力がないから。驚くほど低燃費で、負担は無いも同然。正確に言うとパスの存在しか自覚出来ない程度にはあなたへ魔力は供給されていない。恐らくごく微量には流れているとは思うのだけれど……多分」
最後の方は妙に自信なさげ。驚かれるほど低燃費でしたか。ははは。よし、本当に舐められてないだろうなコレ。俺の立場は今も危ういんじゃないかとかリアルに怖いんだが。
言っておくが、興味がなくなったから放逐なんてやられても、まだまだ生きていける気は全然しないんだからな。
徐々に慣らして演技を段階的に辞めていこうかなんて計画していたが、より一層気を引き締めないとな畜生め。