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サンプル入手

 スノウが召還陣の残滓を追うように視線を這わせている内に何とかしなければ。

 焦るようにいまだ胸の辺りを浮遊しているカードを一枚手に取ったところでスノウの眼鏡がキラリと光った。


「それは?」


 そう言って、手に取ったカードを凝視している。浮かんでいるカードには目もくれていないのにこの反応。手にする事で他者から可視化されるのだろうか。

 さて、どうするか。ここで適当に受け答えしても良いが、どんな効果か分からない。それどころか使えるかどうかも分からないからな。取りあえず試してみて、上手く発動したら解説するという方向でいった方が無難だな。うん、そうしよう。


 意識を集中させ、これで合っているかどうかは分からないが小声で”火球”と唱えてみる。

 するとカードが淡く光り、半歩ほど先の空間に縦に召喚陣が展開された。俺の視点から見て、その紋様が読めるような円の状態だ。そこからファイアバットが飛び出した。そう思ったら、次の瞬間には炎だけ残して一瞬でその身体は消え去る。今の流れで炎を吐き出したらしい。なんたる早業。カードも既に消滅していた。


 そして、炎は木に向かって直進した。っておい、そこのでかい岩に向けて放ったつもりだったのに思いっきり逸れてるじゃねーか! ヤバイヤバイ、山火事になるぞ。

 当然のように景気よく爆着。生木はそんなに簡単には燃えないという、俺のにわか知識に期待したが、すごーく良く燃えている。ラングは音に驚いたのか火が怖いのか、俺の後ろに隠れてしまった。罪悪感が半端ない。

 て、手持ちのカードに何かないか。手当たり次第にカードをステータスウインドウで読み取ってみると、丁度良い感じのを見つけた。


「”水流”!!」


 ファイアバットの演じた流れを、魚と水に置き換えたような光景が繰り広げられた。勢いにのった水が、火勢の強い部分に叩きつけられる。幸いそれで勢いは収まったが、まだ完全に鎮火したわけではないようだ。

 だが、手持ちの水流は品切れ……。ぐぐぐ、どうする。


「”風裂”、”地撃”」


 翼を持った猫のような生物がカマイタチを放ち、亀の親戚のような生物が口から土玉を吐き飛ばす。

 まだ燃え広がっていない上部を風の刃が切り飛ばし、その切り飛んだ部分を土玉が遙か彼方へ吹き飛ばした。風裂の切れ味に賭けたが、上手くいってホッとした。というより、思ったより威力が高い。風裂で切れ込みを入れて、地撃でへし折れれば上等ぐらいに思っていたが、まさか切り飛ばせるとはな。これで周りの木へ延焼するのはかなり遅らせられるはずだ。あるいはこのまま立ち消える可能性もなくはないが、油断は出来ない。


「四連続の行使召喚……しかも最後の二連撃はほぼ同時……! 良いものを見せてもらった……」


 うっとりとしているところ申し訳ないんだが、そんなことよりも一刻も早く未だ燻っている火を完全に消し止めたい。だというのに、井戸か川が何処にも見当たらないのはどういうことだ。水瓶ぐらいないのかと必死に辺りを見回す。


「十連と言ったのはこれのこと……。そうか……ストック!」


 スノウが、でしょ? と言わんばかりに鼻息を荒くして語りかけてくるが、それどころじゃないんだよ! 


「……どうしたの?」


 キョロキョロとせわしない俺をいぶかしむ。


「いや、どうしたもこうしたも」


 と、その時、唐突に火が完全に消え失せた。さらに、水に濡れたはずの木が乾いている。まさかと思って、地面を確認する。先ほど土玉を衝突させたときに出た、土玉の破片が完全に消え失せていた。木片だけはそのままだ。いくら何でもここまで痕跡が消えるのはさすがに不自然だろう。

 なら結論は一つ。行使召喚した炎などは一定時間で消えるということだ。少なくとも俺の召喚術はそういう性質を持っているらしい。

 いや、多分だが、このスノウの落ち着きようを見る限り、この世界でも行使召喚はそういう性質のものだという常識があるような気がする。山火事の恐ろしさは、知識だけの頭でっかちな俺なんかより熟知しているはずだろう。


「……些か派手にやりすぎてしまったかと思ってな。周りに人がいないか確認していた」

「なるほど……一番近い民家でもそこそこ距離がある。それに、この程度の騒音なら珍しいことでもないから何も問題はない。大丈夫」


 珍しくないのかよ。俺の中でマッドに、爆発実験を繰り返すというイメージが追加されたぞ、おい。

 はあ……、取りあえずは安心した。さすがに山火事を起こすのは不味い。そのせいで山や家が焼けるなんてことになったらさすがに申し訳なさ過ぎる。

 気を取り直して残りの六枚に目をやる。スペル、エンチャント、アーティファクトがそれぞれ二枚ずつ。むう、モンスターカードはないか。十連召喚したのに魔方陣から使役召喚獣が一体も出なかったことから、召喚と同時に自動的に顕現されるのはチュートリアルの初回だけで、本来はカード状態で出てくるのではと思ったがモンスターカード自体がない。……もしかして。


 そこでふと思い立って、もう一度十連召喚を展開する。スノウが今度は見逃さないとばかりに目を見開いているが今は放置だ。

 先ほどの召喚陣乱舞を再現して出てきたのは──やはりマジック、エンチャント、アーティファクトだ。さらに続ける。さらに続ける。さらに──。

 ──やはりそうだ。モンスターとフィールドが出ない。フィールドが出ないのは今は思いつかないので置いておくとして、モンスターが出ないのは推測が付く。クリスタルの質だ。ドラモンのクリスタルには有償クリスタルと無償クリスタルがあり、さらに無償クリスタルには区分とグレードが存在がする。つまり、モンスターガチャに使えるクリスタルと、それ以外のガチャに使えるクリスタルだ。


 そして、今までレアリティ1しか出ていない事から出る結論は……最も質の低い最低グレードのクリスタルだという事だ。ゴッドよ。我がつぎ込んできた血の汗と涙の結晶である財貨は有償でないと申すか。

 その無念とともにクリスタルを強く意識していると、いつの間にか目の前にフワフワとクリスタルが浮いていた。手に取ってマジマジと見詰める。……うむ、確かによく見たら見慣れたヤツだわ。推測通りだわ。ログインボーナスでよく貰えるけど、貰ってもあんまり嬉しくないヤツだわ。イベントの報酬がこれだったらむしろキレるヤツだわ。


「きゅうい」


 俺が落ち込んでいるように見えたからか、ラングが足に頬を擦り付けてきた。


「慰めてくれるのか……?」


 スノウには聞こえないような小声で呟きつつ涙がほろり。なんて優しい子なんだろう……。あっちのお子様は召喚陣の記憶が鮮明な内にスケッチを残すことにしたらしい。一心不乱に木板にチョークのようなもので召喚陣を描いている。

 と、そこでスノウが目ざとく、俺が手にしているクリスタルに照準を合わせた。カードもそうだったが、どうも手にすると実体化して見えるようになるらしい。


「それは?」


「うむ、これは召喚に必要なクリスタルだ。召喚の度に消費する消耗品だがな」


 と答えてから、迂闊だったかと少しだけ後悔する。これは今は教えるべきではなかったかも知れない……。自分でも良く分かっていない状態なのに無駄に手札を明かした感がある。いや、まあこれくらいは大丈夫だよな。……多分。


「見せて」


 当然とばかりに両手を差し出してくるスノウさん。心情的にはこれ以上ポカをやらかさないかと及び腰になっているんだが、こうなっては仕方ない。こういうことで引くようなマッド眼鏡ではないだろうからな。内心嫌々、表面上はどうでも良さそうに渡すことにする。

 クリスタルを受け取ると、何を思ったのかスノウは眼鏡の上下を指で挟むように摘まんだ。そうしてクリスタルを色んな角度から観察する様をしばらく見ている内に、ようやく気付いた俺はポンと手を打つ。


「ああ、眼鏡の度の倍率を上げているのか」


「もちろん私が作った魔道具」


 食い気味でレスポンスが返ってきた。誇らしげな気配もビンビンに感じる。


「このクリスタルは錬金術で作ったの?」


「いや…………金で入手したもの、だな。うむ」


 どう説明するが悩んだが、深く考える前に口を突いて出たのはゴッドへの反発心だった。有償だったら有償なんだよ。少なくとも俺の中ではな!


「……もう一度聞くけれど、誰かが錬金術で作った物?」


 僅かに苛立たしげな声。ああ、そういう事か。当意即妙の答えじゃなかったのが気に入らないらしい。なんて我が儘な娘だろう。言葉が足りないんだから分かるかよと言いたい。


「さてな。そちら方面にはあまり詳しくはないが、採掘されたものだと聞いている」


 だから解析して同じ物を精製しようなんて考えるなよ。いや、勝手にやるならいいが協力を求めるなよと突き放しておく。そんなの欠片も分からないからな。むしろ、こっちの世界の錬金術はクリスタルなんてのを人工的に作れるのかよと言いたいぐらいだ。

 と、答えたにも関わらず当の本人は聞いているのかいないのか。夢中でクリスタルをなめ回すように凝視している。


「……興味深い」


 ひとしきり堪能し終えたのか、満足げな吐息を静かに吐きながらまぶたを揉み出した。そして、クリスタルを自らの懐に収めると、その存在を確かめるようにポンと叩いて僅かに微笑む。


「って、おい!」


「……? ああ、サンプルとして貰うわ」


「貰うわ!?」


 出たよ断定口調。何不思議そうな顔してるんだよ。自由すぎるだろ。いや、まだ大量にあるからクリスタルの一個ぐらい進呈しても良いんだが、軽く見られすぎるのは良くない。特に出会ったばかりの今の時期は関係構築に大事な時期だ。常にイニシアティブを握っておく必要がある。交換条件を出すか、最低でも苦言ぐらいは呈しておくべきだろう。


「スノウよ。人の物を譲って欲しければそれなりの手順というものをだな」


「私はこれまで対価を与えていないと?」


「……一宿一飯、いや二飯の褒美だ。受け取れ」


「そんなことより聞きたいのだけれど、これを使っているのは触媒として? そっちの使役召喚獣に使ったというのならすんなり理解出来るのだけれど、ストックした行使召喚獣に触媒を使ったというのは少し腑に落ちない。こちらの世界での召喚は、触媒を必要とするのは使役召喚だけなのだけれど」


 ラングを指さしながら、まくしたててくる。文字通り目の色を変えて顔まで寄せてきた。圧が凄い。

 さて、どうしたものか。もうこれらを召喚するのにクリスタルを消費すると言ってしまったしな。今更、即興でこねくり回したところで辻褄が合わなくなるのは目に見えている。……仕方ない。


「確かにそんなことを言っていたな。しかし我の常識では行使であろうがクリスタルを贄とする必要があるので、問われても答えは持っておらぬぞ。ふむ、だがまあ聞く限りでは触媒とやらと同一視しても、そう間違っているようには思わんが」


「ストックせずに行使召喚は可能?」


「無理だな」


 やれと言われて無理な事は即答だ。


「なるほど……クリスタルを触媒と仮定して考えると、使役にも必須なのはストック化が影響しているのかも知れない」


「そう捉える事も出来るかも知れぬな」


「取りあえずは理解した。出かける準備をするので少し待っていて」


「──また急だな。買い出しにでも行くのか」


「いえ。死の泉に行く」


 何言ってんだこいつ……。

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