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取り調べ

「ゴブリン顔、あなたの召喚術について色々と聞きたいのだけれど……もう構わない?」


 食べ終えるのを待っていたようで、匙を置いたところでドロデレ委員長が質問してきた。さて、どう答えるべきか。

 このまま友好的な関係を築きつつ、こういうマッドとはほどほどに距離を置くのがベストだとは思うのだが、どこまでドロデレ委員長を信用するべきだろうか。

 用済み、つまり興味がなくなったところでサックリとか勘弁して欲しいしな。ただ、俺としても、こっちの世界の召喚システムに興味はあるんだよなあ。なるべく小出しにしながら、出来るだけ情報を引き出したい。


「一から十などと面倒なことを言わぬのならな。違う点だけなら指摘してやっても良いぞ。さて、しかし我には貴様の世界の基準がわからぬでな」


「そう。……じゃあ──」




「ストップ」


 思わず素の声を出して止めてしまうほど、学術用語らしきものを交えて怒濤の勢いで喋り出したマッド。あの言葉の羅列は、早口すぎるのか専門的すぎて訳語の置き換えが出来ないのか……どうも翻訳機能が働いていないような気がする。言葉としては認識しているはずなのに右から左へすり抜けていくような感じしかしない。

 やり方を変えて仕切り直しさせないと、とてもじゃないが対応出来ない。専門分野になるといきなり饒舌になるのは予想の範疇ではあったが、ここまで意味不明なことになるとは。俺にギャップ萌え属性があればいけたのだろうか。


「やはり我の知識と半端に被っている内容を、長々と聴かされるのも些か苦痛だな……。こちらから質問するぞ」


 その言葉に少しだけ残念そうに頷くドロデレ委員長。そんな顔をされると、ちょっとだけ悪い気もするが、勘弁してもらいたい。

 よし、順を追って疑問を消化していってみよう。


「触媒と言っていたな? アレは何だ」


「……まず前提だけれど、私たちの世界における召喚というのは二種類ある。一つが使役召喚、もう一つが行使召喚」


 はい、いきなり知らない概念が出てきましたよ。何それ、行使? やっべぇ、知ったかぶりするべきかどうかすら、判断がつきかねる情報なんですけど。

 蛇足になるかも知れないけれど続けて良いかと視線で問うて来たので、視線で先を促す。とりあえず黙って聞いておこう。


「使役はあなたのドラゴンのような召喚の仕方。これの特徴は世界に喚びだし、留めるということ。それに対して行使は、世界に喚びだし、留めないということ」


 そして、ドロデレ委員長はここで一旦言葉を止めた。その視線は、俺の世界と違う点はあるか? と問うているんだろう。

 えー、どうなんだろう。俺の召喚術に行使のようなタイプがあるかってことだよな、これ。そもそも、もう一度召喚術を使えるのかすら分からないのに、どう答えたら良いんだよ。

 幸い、行使の存在理由には検討がついたので、肝心な部分は何とか玉虫色の回答になるように……!


「その行使とやらは、炎を操る者を召喚し、擬似的に攻撃魔法を実現するというものだろう? 知っているとも」


 恐らくだが、例えばこのベビードラゴンにブレスを吐かせてすぐに送り返すみたいなものだろう。というか、それぐらいしか思いつかない。頼むから合っていてくれ。

 何となしにベビードラゴンにやっていた視線が、そのつぶらな瞳と交差した。おいおい、もう相思相愛だろこれ。ご主人様、頑張るよ。

 溜めるように僅かに瞑目した。


「まあ、我は攻撃魔法など使えないがな」


 どうだ。自分語りで流れを切ることで、言及される前に”俺が行使を使えるかどうか”は曖昧にしてやったぞ。魔力がないのはバレているんだから、むしろ利用させてもらうぜ。頼むから今はこのまま突っ込んで来ないでくれ。


「魔力がないのだから使えなくても無理はない。……もっとも、あなたは魔力とは違った理の力を持っているようだけれど」


 納得するように深く頷く。特に指摘されないので、行使の解釈は概ね間違っていないらしい。ふう、セーフ。


「召喚術研究の歴史から言えば、行使召喚が先にあった。……これを長く留めておけるようにと、先人達の試行錯誤の末にたどり着いたのが触媒。触媒の霊殻を向こうの世界に差し出している間に、こちらの世界に留めとくという術理が確立された。これがこちらの世界の使役召喚」


「ふん、それでか。我を喚ぶだけ喚んでおいて還そうとしていたのは。その様子だと、触媒とやらはさぞ貴重な品なのであろうな」


「ええ。無駄打ち出来るほど安い代物ではない……」


 妙に実感のこもった声色で、溜息まで吐かれる。よっぽど家計に響くような代物らしい。


「触媒の質によって、ある程度の期待値というものはあるけれど、使役召喚は基本的に何が出るかは完全に運任せ。……ハズレが出たら喚び直し」


 何かそのシステム凄くガチャ臭がするんですけど。というか、このドロデレ委員長ときたら臆面もなく面と向かって本人にハズレと言いやがったんですけど。一番最初に吐いた、あの言葉が聞こえていなかったとでも思っているんだろうか。さっきもシレッと流したけど、無駄撃ちとか言ってたしね! やっぱりマッド成分強めだよ、この子。マッド委員長だ。

 そもそもハズレが出たら喚び直しが出来るというのが気にくわない。そんなのいつでも出来るリセマラじゃないか。許さん。それは絶対に許さんぞ。課金舐めんなあああ!


「まあ触媒が壊れるリスクもあるから、喚び直しはよっぽどの時」


 はい、よっぽど頂きました。よっぽど使えなさそうに見えましたか。そうですか。いや、分かるけどね! 平均的な現代人なんて、厳しい環境で太く強く生きている異世界ファンタジーの住人からすれば、もやしだろうしね。それが魔力ゼロとかあり得ないよね。ハハハちっくしょう。もやしは栄養豊富なんだぞ舐めんなよ。


 はあ何だよもう。舐められないように尊大な態度を演じているけど、そもそも俺の貧弱ボディとマッド委員長の言うところのゴブリン顔では無駄なあがきなんじゃね、という気がしてくる。え、大丈夫だよね。ピエロなことになってないよねこれ。

 いやいや、待て待て。こういう弱そうなのが強大な力を持っているのが、ミステリアスに映って、逆に良い感じになるんだよ。そうであってくれ。


「今度は私の番」


 何だ私の番って。質問タイムか? 何を聞かれるんだ? よ、よーし、来いこのヤロウ。

と身構えていたら、何やら懐をゴソゴソし出す委員長。


「取りあえずこれ」


 そう言って、腕輪らしきアクセサリーがテーブルの上に置かれた。しばしそれを二人して見詰める。


「付けないの?」


 付けないよ? 何その不自然な流れ。怪し過ぎるだろ。精神拘束具がどうのとか言ってたよね。もう完全にそれじゃん。使役のプロセスじゃん。寸分の狂いもなく召喚獣に対する扱いじゃん。

 そうして、小さく「チッ」と舌打ちするドロデレ委員長。面倒くせえなこいつとでも言わんばかりな面倒臭顔だ。何だ面倒臭顔って。目の前のそれだ。


「分かった……では取引の提案。……いえ、その前にこっちを話すのが先か。私があなたを召喚した目的

なのだけれど、使役召喚獣として戦いの役に立ってもらうつもりだった。まあ……それはもうどうでもいいのだけれど。それで既に気付いているだろうけれど……私とあなたの間にはパスが繋がっている」


 使役はともかく、パスとやらには気付いていません。いや、言われればそれがどういうものか想像はつくけどな。その言い方だと使役とパスは直接的に関係があるものではないって事だろ。ということはほらアレだ。

 パスってのは召喚者と繋がっていないと召喚獣は存在できないとかそういうアレだろ。エネルギー供給用のケーブルみたいなやつ。いや、そういうのは全くなくて、単に繋がっているだけという可能性もあるか。とにかく、何の実感もないがそういうものが繋がっているらしい。


「えっと、ゴブリン顔。あなたの世界での召喚も同じかも知れないけれど……続けるけれど、これはあなたをこの世界に引き留めておくための命綱。これを切ればあなたはこの世界の魔素を取り込めなくなる──言い換えると呼吸が出来なくなる。ただし、これは理論上の話。パスは互いに絡み合って繋がっているのでどちらか一方の意思だけで切ることは出来ない。正確に言うと、繋がっている間は一心同体なのでそもそも切るという概念がない。これが召喚の基本原則。ここまではいい?」


 ほらな。やっぱりそんな感じだ。何を今更と言わんばかりに鷹揚に頷いてみせる。


「私はこれを概念化し、一方的に切る術を持っている」


 ────マジですか。いきなり鷲づかみされたような感覚に襲われ、縮み上がる俺の俺。何て懇切丁寧な脅迫だろう。


「ここまでが前提。それで、こちらからの絶対条件だけど、私はあなたを研究する」


 おっと断定口調。絶対のイントネーションに圧力を感じる辺り、その座った眼差し並に言葉には強い意志が篭められている。


「私が満足するまでは付き合って貰うけれど……それが済めば元の世界へ返す。でも無駄な抵抗をされるのは面倒だから気持ちよく協力して貰いたい。そこで質問なのだけれど……あなたはどうすれば協力してくれる?」


 ぐぬぬぬ。協力すること自体は俺だって吝かではないが、今の話を聞かされて気持ちよくは無理だと思うし、これを取引と呼ぶのは無理があると思うんですよ大魔法使い様! とは口が裂けても言えない。やはり下手に出るのは不味いタイプだった。だって目がマジだもの。興奮しているのか瞳がちょっとピカッてるもの。またネコ科の目みたいになってるもの。何なのこのバロメーター。

 セオリーで言えばパスの切断はエネルギー切れで強制送還だろうと高を括っていたのは大間違いだった。窒息死するとか聞いていないぞ。脅迫にしてもこれはあまりにもドギツい。


 考えろ。最悪から考えるんだ。何故こいつはこんな提案をする? そう、いちいち俺に反抗されるのは煩わしいからだ。これまでの言動から鑑みるに、こいつはそういう奴だ。ならば何故、精神拘束具と思しき腕輪を強制的に付けさせない? これも煩わしいからだ。取りあえず交渉から入ってみているだけだ。それも煩わしくなれば、付けなければパスを切ると脅してくる。さらに、いざとなれば力尽くでくる。


 ただし、そのどちらも俺の底が見えない限りは警戒が必要という部分が、こいつにとってはもっとも煩わしい点だろう。……やはりこの中二病モードを貫き通すしかないようだ。


「研究か、よかろう。元の世界で我にとっての敵はもはや退屈だけだったのでな。好敵手にもなってくれぬ実に詰まらぬ相手に比べれば、未知の世界で貴様と戯れている方が幾分かマシであろう」


 どうだ。さりげなく元の世界へ帰りたいと渇望しているわけではないと匂わせながらの強者アピールだ。パスを切られることがどういう事かを十分に理解した上で尚、無頓着であることを装うんだ俺。表情に出すな。


「だが勘違いするな。我は自らの路を往くのみ。飽きるまでは遊んでやるという事を努々忘れるな」


「飽きるかどうかは私が決めること」


「……案ずるな。我は飽き性ではない。凝り性だ」


 いや、何を言っているんだ俺……。これは無しだろう。


「私も凝り性。それなら私たちは協力し合える」


 こっくり頷いて魔女帽子が大きく揺れる。噛み合わないまま勝手にリカバリーしてくれた……いまいち自信が無いが、これは納得してくれたと判断して良いのだろうか。もちろん要警戒である事に変わりはないが。何処に起爆スイッチがあるかわからない爆弾を触っている気分だ。こんな取り扱い危険物相手に、下手な要求などはせず主張すべき部分は主張した。今は何よりも重く見られる事が重要だ。落とし所はこんなものではないだろうか。


「ではよろしく頼むぞ」


 彼女の言葉に応えるように右手を差し出した。これに対して魔女っ娘は小首をかしげて応える。一寸の静寂。

 そして、差し出していた腕に例の腕輪ががっちりと嵌められた。


「って、おい!」


 僅かに驚いた顔をする委員長。驚いているのは俺だよ。なんて自然な動作で嵌めてくるんだ。


「……なるほど。精神拘束は効かない、と」


「で……あろう」


 内心驚愕で一杯、胸ドキドキだが、何とか動悸を抑えるよう努める。案の定、精神拘束具だったのかよこの腕輪。そして、やっぱり油断ならないよこのドロデレ委員長。


「前提。この世界の生物に精神拘束具が効いた例は存在しない」


 何か言い出した。


「召喚獣にしか効かないという説と、召喚酔いを起こしている最中でないと効かないという説があるのだけれど……あなたはどう思う? 私はさっきのサウザンドドラゴンの例でも触れたように、召喚酔い派」


 嘘でしょこの眼鏡っ娘。この流れで意見を求めてくるってそんなことある? 一体どんな精神構造をしているんだ。


「召喚獣にも効かないという実例が一つ出来たことだし」


「ふむ、確かに」


 じゃねえ! それって俺のことだよね。もうこの際ゴブリン顔でもいいけど、こういうぞんざいな扱いだけは避けるようにしないといけない。それを許せば実験動物扱いがエスカレートしていくのはこの対応を見ても明らかだ。やっぱり一度ガツンと攻めておく必要がありそうだ。


「協力の条件を言っていなかったな。我からは三つだ。さらに、それに当たって一つ質問をさせてもらう」


「多い」


「じゃあ四つだ。一つ目、取りあえず条件を聞くのが条件。いいから聞くだけ聞け」


「…………分かった」


 凄く面倒臭そうな顔である。さっきとは方向性が違う造形だ。そんな顔も出来るんだね君。


「先ほども言ったように、我の目的もまたこの世界の理の探究だ。故に、いつかここを出て行くこともあ

ろうが、その時、我は元の世界へ還るつもりはない」


 ここでわりと嫌そうな顔。意外と表情豊かだよねこの娘。


「……分かった。研究が終わってもパスは切らないし、送還しない。ちゃんと放流する」


 魚扱いかよ。……出世魚を期待してます的なやつ? いや、ないな(断言)。


「うむ。これが一つ目の条件だがここで質問だ。貴様の邪法で強引にパスを切断した場合にどうなるかは

聞いたが、仮に意図せずしてパスが切れた場合、我はどうなる?」


「……邪法……まあいい。その想定は私の死以外ではあり得ないので、その場合で答える。基本的には世界から弾かれて強制的に送還される。ただし、稀にそのまま留まる個体がいる。そうなっても通常は窒息死するのだけれど、さらに稀に魔素に適応して生き残ることがある。そういった個体をはぐれ召喚獣と言う」


「なるほど。召喚術士が召喚獣を使役したまま死亡すると、極稀にはぐれ召喚獣化するということか」


「ええ、そういうはぐれは例外なく理性を失い狂化して暴れ回るようになるので真っ先に駆除されるのだけれど」


 ……ダメじゃん。委員長にはせいぜい長生きして貰うか。エルフだから長命だったりするんだろうか。


「そうなったら運任せか……致し方あるまい」


 その時、俺は還るより狂った方がマシと思ったりするんだろうか。


「なるべく死なないようにするけれど、そうなったら頑張って」


「うむ。では二つ目だ。パスが繋がっている以上、貴様は我の召喚士だ。それは認めよう。そして、パスの恩恵を受けているわけだから、我も召喚された者として貴様を尊重しよう。だが使役されてやるつもりはない。対等なパートナーであると認識しろ」


 そこで一呼吸入れて続ける。


「最後に三つ目。我の事は名前で呼べ。松郎、我の名はマツロウだ」


 そう言って、再度、右手を差し出す。まずは俺をきちんと人間扱いさせる。一人の人間、パートナーであることを刷り込んでいかないとな。


「なるほど……善処する」


「善処するな快諾しろ」


「快諾は出来ないけれど、前向きに検討する」


「前進も後退もしている気配がないのはどういうことだ……」


「私はスノウ。灰被りのスノウ。えっと……これで合ってる?」


 スノウは躊躇いがちに俺の手を握った。くっそ、強引に決めに来やがった。何か邪魔臭そうな事言い出しやがったなとでも思っているんだろう。


「よろしく。ハイカキンの……マツロウ」


 そして、返される俺の呼び名。

 ハイカキン……廃課金?

 ええと、なんだって?

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