給餌
ベビーレッドドラゴン
カテゴリー:モンスター
タイプ:ドラゴン
レアリティ:★
コスト:2
HP:120
ATK:100
属性:火
スキル:火属性への耐性・弱(4分の1カット)
解説:ドラゴンは最強の生物として知られるが、幼生の内に命を落とす個体も少なくない。それは幼生の弱さではなく、その勇猛さ、あるいは無謀さにあると言われる。
『舐めちゃいけねえ。子供でさえ誇り高いのがドラゴンってえ種族さ』
もしやと思いベビードラゴンをステータスウインドウの対象にしてみたが、見事にビンゴ。そして、その情報はまんまドラモンだった。嬉しい。嬉しいんだけど、正直、僕これ丸暗記してます、廃、もといハイ。
「……凄い。こんなドラゴン見たことがない。新種……いえ、あなたの世界から連れてきたの?」
あれから、ベビードラゴンのことをちょっと語っただけで、即行打ち解けてきたツンデレ委員長。いや、打ち解けたというより、そっちの方に興味が移って他が全て無頓着になっているというべきか。
まあ、急速に話しやすくなったのは間違いない。少なくとも俺を実験動物を見るかのような目ではなくなっている。ツンデレのツンが取れたデレデレ委員長だ。まあ、その対象はもちろん召喚術だけど。
「いや、貴様の世界でも召喚は別の世界から喚ぶものなのだろう? 我にとってもそれは同じだ」
デレデレ委員長が俺を召喚したという経緯からの推測だ。俺にとってはそうだという話にしておけばいいことなので、別に間違っていても構わない。重要なのは、この問いに対する答え。つまり確認だからな。
「確かに。同世界からの召喚というのはいまだ誰も成功していない。やはりそちらも似たような? これが成功すれば革命なのだけれど……。世界を召喚システムに組み込めれば、あの世界最強と名高いサウザンドドラゴンでさえ召喚酔いに陥いるはずだから。隷属用の精神拘束具を簡単に付けられるのに」
「う、うむ。まあそのようなものだ」
しかし、召喚という仕組みには特に疑問を覚えていなかったのに、この娘の口から聞くと、それ拉致じゃね、という感覚が湧くのは何故だろうか。特に同世界からという要素が加わると俺の内なる声が倫理を主張してくる。デレデレ委員長じゃなくてヤンデレ委員長だよ。
召喚されたヤツがちょっと車に酔ったみたいになる程度かと高をくくっていたら、それに乗じてやることがえげつなさすぎる。よく考えたら拉致監禁からの洗脳とか、ヤンデレどころかドロデレだ。
「ところで……あなた。何故召喚酔いしていないの? さっきは召喚酔いしている内に送還してしまおうかと思っていたのだけれど……今は素面にしか見えない。こっちの方も、解明できれば十分に革命的。解剖しても?」
「…………我に近づくな!」
あまりに自然すぎて認識するのに時間がかかったわ! 時間差でタマヒュンしたわ!
これに不満そうな顔を浮かべつつも、わりとあっさり引き下がる奇天烈メガネ。くっそう、割れちまえ。嫌すぎるラブコールは無視して話を進めてしまおう。
「ごほん。そう言われてもな。耐性でもあったのであろう」
脆弱な魔法など聞かぬと言おうと思ったが、召喚酔いとやらがただの現象・副作用だったらトンチンカンなことになるし、ここは無駄にドロデレ委員長を煽るところでもない。なので、俺は強いぞアピールだけでもしておこう。このドロデレ委員長に、魔力がないという点だけで見下されるのは下策だろうからな。
などと強がっている顔とは裏腹に、実はちょっと腹が減ってきている。記憶が確かなら、朝食を軽く済ませたきりだからだろうか。いやはや、現実として空腹が襲ってきた瞬間に、自活していける気が全くしなくなっているのは何でなんだろうね?
先ほどまでの、最悪逃げ出してもちょっとぐらいは何とかなるだろうという希望的観測は、綺麗さっぱり消え失せていた。本当、何だったんだろうね、あの変な自信。中二病モードだから根拠のない自信に満ちあふれていたんですかね。
穏当に会話が成立して気が緩んでしまったのか、もう居座ってご飯にありつく気満々なんだよね。このまま有能な強者を演じなければならないから、まだ中二病モード全開なのにね。空腹自体はまだ多少は余裕がある感じなのに、精神は一杯一杯な感じ。
よし、深呼吸。
「耐性……。そのドラゴンも特に酔っているようには見えないし……確かに、あなたに起因した何かしらの理由がありそう」
はて、どういうことだろう。確かにベビードラゴンは酔ってはいないように見えるが、見た目で分かるものなのか? それにしては俺のことは召喚酔いしていると思い込んでいたようだが……無表情を貫いていたから、あれがボーッとしているように見えたと解釈して良いのだろうか。
だとしたらちょっと複雑な気分なんですけど。俺的にはターミネーターのような気持ちで鉄面皮な顔を作っていたつもりだったのに……。
「酔っていないとしたら、召喚してから何もしていないのにこの子は妙に大人しいけど。……もしかして、あなたはそのドラゴンを既に支配下に置いている?」
ハッ、と何かに気付いたように、ドロデレ委員長の爛々と輝いた瞳が俺に向けられる。え、そんなの分かんない。比喩ではなく物理的に輝いているので、暗闇に光る猫の目のようでぶっちゃけ少し怖い。興奮して魔力が漏れ出てる的なやつだろうか。
言われて気付いたが、召喚したのは俺だから、俺がご主人様だろうと何の疑問もなく思い込んでいたが……。どうも召喚というのはドロデレ委員長の話を聞く限り、使役するのに洗脳というプロセスが必要というニュアンスを感じる。俺の言うこと聞いてくれるかなあベビードラゴン。
多分大丈夫だとは思うが……自信があるかと言われると、正直、心許ない。こっちに来いとか声に出す勇気ないもん。ドロデレ委員長の手前、それで無視されたらめっちゃ格好悪いじゃん。というか信用面で死活問題じゃん。
ということで、ドロデレ委員長に気付かれない程度に、さり気なく指でちょいちょいとこっちに来いというような仕草をしてみた。
ジッとこっちをお座り待機で見つめていたベビードラゴンは、それに反応してトコトコと歩み寄ってくる。
「きゅぅい」
そして、ペロンと俺の指を舐めた。何これ超ラブリー。ウチのベビードラゴンちゃん可愛すぎるんですけど。
「……やっぱり。召喚に触媒を用いてもいないようだし、気になることばかり」
そう言って、好奇心に火照った赤い顔を向けてくる。そんなガラス越しに楽器を見つめる少年のような顔をされても困るわ。それが美少女のものとくれば如何に病んでいようが、こちらも赤い顔にならざるを得ない。紅顔の美青年の完成である。断じてゴブリン顔ではない。
だが、ここは流れ的にチャンスである。
「ふむ、腹が空いているようだな」
ベビードラゴンを見つめつつ声色に気をつけながら口に出す。決して懇願しているような素振りを見せてはならないのだ。
「……そう、使役召喚獣は、喚んだらまず食事。……あなたもそっちの子も」
YES! 狙い通り。さり気なく俺にも寄越せとアピールするつもりだったが、上手く話が転がってくれたぜ。俺も召喚獣扱いのままな気配を感じたが今は捨て置こう。
そうして、ドロデレ委員長の背後にあった扉が開かれる。付いてこいというドロデレ委員長に言われるがまま従うと、扉のすぐ先は上り階段になっていた。窓がない石造りの部屋から何となく察してはいたが、これで確信した。
やはりここは地下室だったらしい。今更ながら思い返してみると、祭壇の作りとか壁に描かれた紋様とか刺すように冷たい空気とか、あまりに怪しすぎる空間だった。どこの悪魔を召喚するんですか、と言いたくなる。
まあ、それで召喚されたのは俺なんですけどね。
階段を上りきると、そこは木造の質素な一軒家と思しき内装だった。生活臭のする民家に、何冊もの本をぶちまけたような感じだ。本以外はわりと整頓されているのでゴミ屋敷というほどではないが、散らかっているという感じはちょっと、いや、かなりする。
本は雑然と置かれているように見えるが実は違う。俺には分かる。
良く見れば、それらは全て開かれた状態なのだ。あれらは多分読みかけだろう。あるいは、そのページをキープしているのかも知れない。そう、このドロデレ委員長にとってはこの配置が整理されている状態なのだ。
迂闊に触ったら地雷と思って行動すべし。
何せ食事が賭かっている。後、下手に動かそうものなら、手に持っているナイフで「何してるの?」と囁かれつつ、さっくり刺されそうな気がする。
今の状況にテンションが上がって饒舌になっているようだが、どうも普段のテンションは低めと思われる、ダウナー系のドロデレ委員長。あのジト目で見下ろされるバッドエンドを迎えるのだ。恐ろしい。
俺の後ろをトコトコと付いてきていたベビードラゴンを念のため抱え上げて、本を注意深く避けてからダイニングテーブルの椅子に腰掛けた。
「……よく煮えてる」
含むように笑うその顔は柔らかい。これで召喚術という病に病んでさえいなければ完璧美少女なのに。
ほどなくして野菜のスープとパンがテーブルに置かれた。ベビードラゴン用のは床に。そちらの皿はパンを細かくちぎって浸している。マッドにしては細かい気遣いだ。委員長自身は今は食べる気はないようで、コップをチビチビやっているだけだ。
素朴だが美味い。正直、出された瞬間はやっぱりこういう世界の食事は簡素なものだよなと思ったものだが、十分に満足できるぐらいその味を堪能した。
スープは現代的に言えばかなり薄味の部類だろうが、俺は元々薄味が好きなのでむしろ好みとさえ言える。クタクタに煮込んだ野菜の食感や苦みは、現代人にはちょっとキツいだろうなと思うようなものだが、これも俺としては許容範囲内だ。全体的に臭みはないのが良い。
固すぎるパンにはちょっと参ったが、スープに浸して食べるものらしいと気付いてからは食も進んだ。ただまあ、雑味満点なお味はやはり素人にはお勧め出来ないかも知れない。
確保もだが、そもそも食べられるレベルなのだろうか、と懸念していた食事が意外にイケるものだったので人心地がついた。うん、やっぱり俺はファンタジー世界で生きるべき人間なのだろう。ベビードラゴンも至って満足そうに食事を終えていた。