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帰還

 天井が近い。強い木の匂いがする。それは、他人の家のような匂いだと思い至る。目が覚めるとロフトのベッドで寝ていた。

 体が硬直しきっていて動かない。一瞬焦るが、じわじわと弛緩している感覚があった。ひとまず安心しつつ、その感覚に身を任せた。


 もうそろそろ動けるだろうか。いまだ寝ぼけたような心地だが、意識が覚醒に向かうのを感じる。視界が鮮明さを取り戻すのとほぼ同時に真横に気配があるのに気付く。何だろうと思って首を横にしてみれば、ラングが寄り添って寝息を立てていた。

 思わず抱き締める。……あれからどうしたんだっけ。……ダメだ、最後の記憶が曖昧だ。……まあ考えるのは後でいいか。今はこうやって微睡んでいたい。起こさない程度にぎゅうと抱き締める力を強めてラングの存在を直に感じる。ああ、癒やされる。


「いや、夢見心地な乙女か。ファンシーをその身で体現してやると言わんばかりじゃのう」


 その声に飛び上がるように起きる。直後に体がきしむように悲鳴を上げた。俺の口も悲鳴を上げる。


「ぐああああっ」


 のたうち回りたいけど、体が上手く動かないこの感覚。痛いような痺れるような、そんなダブルパンチの時間を身動きせずにプルプルと耐える。


「落ち着け主様」


 優雅に手にした扇の先端を、額に軽く当てられる。分かっているとも。と、その声に心の中で返事し、何とか耐えきる。全身を寝違えたような状態だ。やたらと可動範囲の狭い体に苦々しい思いを抱く。

 落ち着いてきたところで声のする方へ視線を向けた。


 血のように鮮烈な赤いドレス。第一印象はまずそれだ。爪の色もお揃いで、イメージカラーは間違いなく赤。そこに輝くようなストレートのブロンド髪が装飾品のように垂れ下がっている。ちみっ子の愛称に相応しい体躯、顔立ちだが、纏っている雰囲気には貴婦人然とした貫禄が見て取れる。童顔には不釣り合いなほど大人びた表情に、自然と背筋が伸びた。


「あー……。ローズさん?」


 思わず素の声色で問うてしまう。しまった。態度を間違えたかも知れない。


「うむ。おはよう主様。あのまま一晩寝明かすとは、余程疲労しておったようじゃのう」


 ところが、彼女からは涼しげな目で返事が返ってくるだけだ。特に不審げな様子もない。ひょっとして何もかもお見通しな感じだろうか。苦痛に耐えながら半身を起こす。


「いっつぅ……スノウは?」


「食事の支度をしておる。こちらに顔を出すのは今しばらくはかかるじゃろう」


「なるほど……。ローズさん、少しお話を良いでしょうか」


「何なりと」


 思った通り、打てば響くように話が進む。「こちらに顔を出すのは」なんて、俺に内密に話があると分かっているかのような返事だ。「スノウは?」と問うた時の仕草や声の調子で読み取ったのだろうか。察しの良いタイプ。いや、もの凄く察しの良いタイプだ。だとすればここは率直に話すべきだろう。もちろんここには召喚者と被召喚者の間に存在するであろう忠誠心に期待している打算がある。俺に今一番必要なものが得られるかも知れない。


 早速、ここに召喚されてからこれまでの経緯を軽く説明すると「まあ、大変じゃったな」とねぎらいの言葉を頂いた。そうだよな。特にこの世界に来たばかりなのに、死の泉なんてデンジャラスゾーンに強制連行させられたのは大変と言って良いよな。涙がちょちょ切れそうだ。

 聞けば、帰る途中にバッタリ倒れてしまった俺をここまで運んでくれたのは彼女らしい。ご面倒をおかけしました、と言うには重労働過ぎて申し訳がなさ過ぎる。


「あの解剖眼鏡にバレたら人生をモルモットとしてしゃぶり尽くされるのは火を見るより明らかです。俺のキャラ作りに協力して貰えないでしょうか」


「考えすぎじゃと思うがなあ。カミングアウトしても案外受け入れてくれるんじゃないのかのう。いや、貴奴の性格はよく知らんけれども。ほとんど喋っておらぬし」


 知らんのかい。だが、俺は知っている。あいつはそういうマッドガールだ。


「まあ主様がそうしたいと言うのであれば否応もない。謹んで協力させてもらうかの。そも、儂に対しては普段から王侯然とした態度で接してくれて構わんのじゃが。余人が儂に舐めた口を利くようならくびり殺してやるが、主様に畏まったような話し方をされるのはどうにも据わりが悪いでな」


「いや、こっちの方が楽なので……せめてもう少し仲が良くなったら考えますけど」


「演技でない分、むしろ息抜きになると。ふぅ。難儀な性格じゃのう。主様のようなのは見たことがないわ。人というものは何処までも増長するものだと思っておったが。何とも奇特な御仁じゃなあ」


 いやあ、現代人的としてはそこまで珍しくはないんじゃないかなあ、多分。無駄に偉ぶるのを強制されるとか、そこそこストレスな人は少なくないと思うよ。

 そこまで話して俺は安堵の息を吐いた。良かった。本当に話の分かる人だ。凄く人と喋っている感じがする。この瞬間、俺はこの異世界で最大のサポーター兼相談役を得たのだ。実のところ、ラングを唯一の心の慰めとしながら孤軍奮闘でいつ精神的に崩壊するだろうかと半ば自棄になっていた所があったのだが、そういったモヤモヤが雲散霧消していくのを感じる。


「……食事」


 そこにスノウがひょっこりと顔を出した。俺の目が覚めているのを確認すると、そう声を掛けてくる。手には食器が握られていた。……一応、ある程度は気遣われているらしい。

 これはもしかして、俺の立場がスノウの中でかなり向上したのではないだろうか。そう考えてしまっても良いのかな、とドキドキする。


「起き上がれるなら早くして。摂食は手早く済ませて話を聞かせて欲しい」


 そのなかなかにハートフルな言葉に、ドキドキが綺麗さっぱり消え失せていた。そう、これだよ。これこそ俺の信じていたスノウさんだ。カミングアウトしてみれば、というローズさんの助言にほんの少し傾き掛けていた自分をビンタしたい。

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