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9.初めての、人間のお友達

 私とシオンお父様がウラノスの屋敷にやってきた次の日、私は屋敷の周囲に広がる町を歩いていた。ステファニーと二人で。


「こっちですわ、ユリ。あそこのお店のケーキが、とってもおいしいんですの」


「ステファニーは物知りね。こんなに広い町のあらゆるところを知っているなんて」


「あらゆるところ、ではないですよ。裏通りには近寄りませんもの」


 そんなことを話しながら、私たちは二人並んで歩いていた。平民の少女たちがそうしているのと同じように、供も何もつけずに、とても気軽に。


 朝一番に、ステファニーが誘いに来たのだ。


 屋敷を取り巻く町を、一緒に見て回りませんか。素敵な場所をたくさん知っていますから、わたくしでよければ案内しますわと、そう言って。


 私はその誘いに、すぐに乗った。ただし、様付けはもうやめてねと、そう条件を付けた上で。


 ダミアンさんもステファニーも、好感の持てる人たちだ。貴族としてふるまうのにはもううんざりし始めているけれど、彼女と一緒なら町歩きも楽しめるかもしれない。


 そうして私は、彼女と共に町に繰り出したのだ。お父様がついてきたがっていたけれど、断固として断った。


 せっかく同世代の女友達と一緒に遊べそうなのに、お父様が加わったら何かが違ってしまう。


 しょんぼりしたお父様を見てちょっと心が痛んだけれど、そのお父様の首根っこをダミアンさんが引っつかんだ。ちょうど、猫でも捕まえているような手つきだった。


 ダミアンさんはそのまま、私たちに笑顔で手を振っていた。


 そんな朝方のやり取りを思い出して、くすりと笑ってしまう。


「何か面白いものでもありましたの、ユリ?」


「ただの思い出し笑いよ、ステファニー。それにしても、こんな風に町歩きをさせてもらえるなんて……ダミアンさんは、あなたを自由にさせてくれているのね。うちのお父様ときたら、昔から私にべったりで。過保護で困っているの」


 ふうとため息をつくと、ステファニーは可愛らしく小首をかしげて笑った。


 昨日よりも質素な、おとなしい服装をしていても、気品のあるたたずまいだ。やっぱり本物の令嬢は違うなと、そう思ったのは幾度目だろう。


「私が自由にしていられるのは、この町がお父様の治める地で、幼い頃からしょっちゅう歩いていた場所だからですのよ。よその町では、供も連れずに出歩くなど無理ですわ」


 それから彼女は、声をひそめて楽しげに言った。


「シオン様は、ユリのことがとても大切なのですよ。それに、天人の里は平和そのものなのでしょう?」


 ステファニーは、ダミアンさんから天人について、そして天人の里についても聞かされているらしい。ダミアンさんに天人の里の話をしたのは、お父様だ。


 ウラノスの当主たちは、そうやって天人の情報を語り継いでいるのだ。私たち天人が、人間たちの世界の情報を集め、語り継いでいるように。


「そうね。ちょっとしたもめごとなんかはあるけれど、とても平和よ」


「でしたらやはり、山脈のこちらの人間の世界とでは、まるで違いますわ。こっちのほうが、遥かに危険ですもの」


「そうなの?」


「ええ。どう危険なのか、具体的に語ってもいいのですけれど……おそらく刺激が強すぎるので、やめておきますわ。でもだからこそ、シオン様はあなたに、男爵令嬢としての身分で旅をさせることにしたのだと思います。それなら、危険の多くを回避できますから」


 やけに大人びた雰囲気で、ステファニーがそう締めくくる。とてもほっそりとした見た目とは裏腹の力強い目が、まっすぐに私を見つめていた。


 彼女は、成人の儀にまつわる詳細を知らない。でもそれでも、私がどうしてこんな身分で旅をしているのかについて、お父様の考えを当ててみせた。


「ステファニーは、やっぱり物知りね。それに思慮深い。私と同い年だなんて、思えないわ」


 素直にそう褒めると、彼女はほんの少し顔を赤らめた。さっきの力強い様子から一転、年頃の乙女そのものだ。


「わたくしは小さい頃から、いつかウラノスの家を継ぐんだって張り切っていたんですの。だから自然と、周りのものをよく見て、じっくりと考えるくせがついていたんだと思いますわ」


「そうだったの。あなたが次の当主なら、私たち天人も安心して成人の儀におもむけるわ。ふふ、里に帰ったらみんなに教えてあげなくちゃ。こんな素敵な女性が、私たちを手助けしてくれるのよって」


「もう、ユリは本当に、褒めてばっかりで……恥ずかしくなってしまいますわ。でしたらわたくしも、言ってしまいますね。わたくし、あなたとシオン様が来られた時、とっても驚いたんですのよ? 生きたお人形が二人もやってきた、って」


「生きたお人形?」


「そうですわ。信じられないくらいに美しくて、でも間違いなく生きていて。わたくし、自分の目を疑いましたもの。天人というだけあって、本当に天の上から来た方々なんじゃないかって、そう思いましたわ」


「ステファニー、さすがにそれは、言い過ぎじゃないかしら……私はともかく、お父様は里で一番の美形だって、私もそう思ってはいるけれど」


「あら、あなたもとっても可愛らしいですけど……でも、そのことを自覚してはいないのかしら。天人の方々って、きっとみな美しい方ばかりなんでしょうね」


「もう、ステファニーったら」


 そんなことを話しながら、私たちは町を精力的に歩き続けた。しゃれたカフェに小物を扱う店、本屋なんかを次々と回っていく。


「そうだわ、明日屋敷に仕立て屋が来ることになっているのですけれど、ユリはドレスの好みなど、ありますか?」


「ドレスの、好み?」


「ええ。大舞踏会に合わせて、ドレスを新調しなくてはいけませんから。色とか、生地とか、あとはデザインもそうですわね。スカートの広がり方とか、造花やレースをどれくらい使うか、とか」


「そ、そんなにたくさん決めることがあるの?」


「ええ。流行りもありますけれど、それ以上に自分に似合っているかとか、そういったことが重視されますわ。けれどどうせなら、好みの服を着たいと思いません?」


 ステファニーの言葉に、私は目を丸くすることしかできなかった。


 天人のみんなが里で来ているのは、柔らかな綿の布を草木で染め上げ、さらりと羽織る形の服だ。山のこちら側で人間たちが着ているものとは、まるで違う。


 だから旅に出る前に、大人たちに助言してもらいながら術でドレスを一着作った。見たこともない形の服に混乱するばかりで、好みなんて考える余裕がなかった。


 旅に出てからは、お父様が町で次々とドレスを買ってくれた。そちらはお父様の好みだったけれど、みんな自分に似合っているように思えたので気にしていなかった。


「……好みとか、全然考えたことがなかったわ。服は、というか服も、ほとんどお父様任せだったから」


 恥ずかしくなりながらそう小声で答えると、ステファニーはきらりと目を輝かせた。


「でしたら、予習しましょう。ちょうどそこに、仕立て屋の店があるんです。明日、そこの店主が屋敷に来てくれることになっていますの。先に色々、見せてもらいましょう」


「そうね。いつまでもお父様任せにしている訳にもいかないし、どうせなら今しっかりと、貴族の服飾について学んでおくのもいいかもしれないわ」


 そうして私たちは、並んで店に入った。壁際の大きな棚には、たくさんの布が並んでいてとても華やかだ。


 私が布に見とれている間に、ステファニーが店主と話をつけたらしい。そのまま、奥の部屋に通される。


 窓のないその部屋には、ドレスを着せられた人型がずらりと並んでいた。そのさまに、前にハーヴェイに招待されたお茶会を思い出してしまって、半歩後ずさりしてしまった。


 けれどドレスの下見自体は、とても楽しかった。淡い金髪と赤い目の私には、鮮やかで深みのある赤がよく似合うと、ステファニーと店主が口をそろえて断言した。


 スカートの後ろ側に白百合の造花を飾り、蜘蛛の巣のような金色のレースをあちこちにあしらう。店主がさらさらと描いてくれたデザイン画は、今まで一度も着たことがないけれど、素直に綺麗だと思えるものだった。


「こっちに来て初めて、お父様の手を借りずに服を選べそう。ありがとう、ステファニー。あなたのおかげよ」


「ふふ、素敵なドレスになりそうですわね」


 それからステファニーのドレスについても話し合い、すっかり浮かれて店を後にする。


 ちょっと長居してしまったせいで、もう日が暮れ始めていた。けれど屋敷は、徒歩でも明るいうちに戻れる距離だ。天人の里ではもっと暗くなってから独り歩きをすることもあったし、私はまったく気にしていなかった。


「よう、そこ行くお嬢ちゃんたち」


 ところがそんな私たちの前に、なんだか嫌な感じのする男たちが立ちはだかった。ずっと笑顔だったステファニーが、一気に険しい表情になる。


「ユリ、下がっていて」


 なんだろう、この男たちは。首をかしげている私を、ステファニーがさっと背にかばってしまう。


 男たちはステファニーに二言三言声をかけたかと思うと、なんと彼女の腕をつかんでわき道に引っ張り込んでしまった。あ、と思った次の瞬間、私もどんと背中を押されてわき道に押し込まれる。


 彼らが何者かは知らない。だが間違いなく、ろくでもない連中だ。


「……じきに、衛兵が駆けつけてきますわよ。なんならここで、叫びましょうか?」


 ステファニーは気丈にふるまっているけれど、その顔にはおびえの色が見て取れる。それをかぎ取ったのか、男たちがにやにや笑いを浮かべる。


 そんな表情を見たとたん、頭にかっと血が上るのを感じた。このまま、狼ににらまれたウサギのように震えているなんて、冗談じゃない。


 大きく息を吸って、男たちを怒鳴りつけようと口を開く。しかしその寸前、何かがものすごい勢いで突っ込んできた。

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