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38.私たちは二人一緒

 目を開けたら、天井があった。ここしばらく滞在している、ローズの部屋の天井だ。


 私のために用意されたこの部屋に、いつの間にかすっかりなじんでしまったことに気づく。妙にほっとしたような思いが、胸の中に満ちていた。


 ほうと息を吐いて、ぼんやりと天井を見つめ続ける。そうしているうちに、やっと思い出した。そうだ、ジャスミンは。


「ジャスミン!!」


『きゃあ! 目が覚めたのはいいけれど、いきなり飛び起きないで。びっくりするから』


 飛び起きて叫ぶと、すぐ近くでジャスミンの声がした。けれど彼女の姿はない。


 どこだろうときょろきょろしていたら、寝具の上でもがいている小鳥の姿が目に入った。綺麗な青色に、ジャスミンの瞳を思い出す。


 小鳥はすぐにくるりと起き上がって、こちらを見た。そうして、ジャスミンの声でさえずる。


『あなたが目覚めないから、みんな心配してたのよ。ちょっと待ってて、誰か呼んでくるから』


 そう言うなり、小鳥はふわりと飛び上がる。そのまま、部屋から出ていった。閉まったままの扉を突き抜けて。


「今の小鳥……ジャスミン? 一体なにが、どうなっているの?」


 しばらくぽかんとしてからそうつぶやく。と、そんな独り言に返事があった。


「おはよう、ユリ。結論から言うと、彼女はもうしばらくこの地上に留まることになったんだよ」


 部屋に入ってきたのはシオンお父様だ。その肩に、さっきの小鳥が止まっている。


「君はジャスミンに力を分け与え、そのせいで意識を失い眠り続けた。けれどそうやって君が彼女をつなぎとめてくれたおかげで、間に合ったんだよ」


「間に合った……何に?」


「もしかして、忘れているのかな? 君は前に言っただろう、ジャスミンともっと話したいから、そのための薬を作ってくれと。だから私は、わざわざ里に連絡を取っていたんだよ」


「天人の、里に……?」


「ああ。彼女の魂にはもうあまり力が残っていないように見えたからね。私が作る薬では、そう長くつなぎとめることはできない、私はそう考えたんだ」


 お父様は肩の小鳥を手に乗せて、こちらに差し出してくる。


「だから魂にまつわる術に一番詳しい人物に、こちらに来るよう頼んでいたんだよ。そうして君が意識を失っている間に、彼がここに到着した」


「魂にまつわる術が得意な人って……もしかして、サカキおじさんですか?」


「ああ。彼は君とジャスミンを見て、すぐに術をかけてくれた。……普通ではまず成功しない、高度な術をね。ジャスミンの双子の妹である君がいなかったら、まずうまくいかなかっただろうと言っていたよ」


 お父様の説明に、あ、と声を上げる。サカキおじさんが使った術に、心当たりがあったのだ。


 さまよえる魂を、この世につなぎとめる術。その術は、魂からごっそりと力を奪ってしまう。よほど力に満ちた魂でなければ、術に耐え切れずにそのまま天に還ってしまう。


 ジャスミンの魂には、もうそれだけの力は残っていなかった。足りなかった分を、きっと私が補ったのだろう。私たちは双子だから、そうやって力を分け合うことができた。


『そうして私は、あの小鳥の置物を取り込んでこの姿になったの。定期的にあなたに会っていれば、この姿を維持するのに必要な力は補充できるんですって』


 小鳥が宙にふわりと浮いて、ジャスミンの姿になった。よかった、また彼女に会えた。心から安堵したその時、ふとあることに気づいた。


「……あの、その術って、かなり大掛かりなやつですよね」


「そうだね。だから私が助手を務めたよ。それでもサカキはかなり疲れたみたいで、術が成功したのを見届けるとさっさと帰っていってしまったけれどね」


「……となると、公爵夫妻に見つからずに、というのは無理なのでは……」


「ああそうだよ。だからもう、二人にも事情を話してある。ついでに、ジャスミンにも再会させた」


『お父様もお母様も、私と話せて大喜びだったわ。ついでに、もう仕事を放り出さないでねってきつく叱っておいたの』


 あっさりと、二人はそう言った。今までの苦労はなんだったのだろうかと、思わず頭を抱える。最初からこうしていれば、あんなややこしい芝居を打つことなく、エドガーを跡継ぎに推すことができたのではないか。


『ユリ、嘆かないで。今までのあれこれがあってお父様たちが心を入れ替えたから、取り乱すことなく私と話すこともできたのよ』


「そうそう。君が消えゆくジャスミンを必死に抱き留めて、消えないでくれと願った。その結果、君たちの魂がしっかりとつながったんだ。それなしには、サカキの術は成功しなかっただろう」


「え、そうだったんですか?」


「双子といえど、力の受け渡しが必ずうまくいく訳ではない。君は魂に関する術は使えないし、ジャスミンに至っては消える寸前の人間の魂だ。魂がつながっていなかったら、術は失敗した可能性が高かったとサカキは言っていたよ」


 そうやって二人は、のんびりと私を慰めてくれていた。二人の生来の性格なのか、それとも騒動が終わったという安堵からなのか、どうにも緊張感がない。


「……そうですね。色々ありましたけど、そのおかげで今があるのだと、そう思うことにします」


 ため息をつきながら、寝台を出る。長い間眠っていたみたいで体がすっかりこわばってしまっていたけれど、ひとまずどこにも問題はない。


 窓の外はまだ明るい。ひとまず着替えて、みんなに会いにいこうか。そう思ったその時、部屋に誰か駆け込んできた。


「シオン殿、ジャスミンさん! ちょっと来てくれ! っと、ユリさん! これは失礼した!」


 やってきたのはハーヴェイだった。彼は血相を変えて駆け込んできて、寝間着姿の私を見て真っ赤になり、またすぐ部屋から飛び出していった。何ともせわしない。


「ええっと……とりあえず、着替えてから三人でそちらにうかがいます……」


 おかしそうに笑いをこらえているお父様とジャスミンは無視して、扉の向こうのハーヴェイに呼びかける。


「ああ、そうしてもらえると助かる。一階西の突き当たりの部屋で、待っている」


 そんな答えに続いて、遠ざかっていく足音が聞こえる。やけに切羽詰まった様子に首をかしげながら、ひとまず部屋を出る準備をすることにした。




 指定された部屋には、いつもの顔が集まっていた。公爵夫妻にエドガー、ステファニーとダミアンさん、それにハーヴェイ。私の顔を見て、みんなほっとしたように微笑んでいる。


 私の隣にはお父様が立っていて、そして私の肩には小鳥の姿のジャスミンが止まっている。


 公爵夫妻には事情を明かしたものの、さすがに使用人たちにまで天人の存在を知られたくはない。


 だから、他の人たちが顔を出すかもしれない状況では、彼女はこうやって人懐っこい小鳥のふりをすることにしたのだと、ここに来る途中で二人はそう教えてくれた。


 そしてこの部屋には、もう一人いた。部屋の真ん中にぽつんと置かれた椅子に、メイナードが座っている。しかしよく見ると、彼の両腕は細い縄でしっかりと縛られていた。これではまるで罪人だ。


 彼は力なくうなだれていて、顔は見えない。もとから弱々しい彼ではあったが、そうしていると生きているのかどうかすら怪しく思えてしまった。


 そんなことを考えながらメイナードを見つめている私に、公爵夫妻が声をかけてくる。


「ユリさん、目が覚めたのか。ああ、本当に良かった」


「じきに目覚めると聞いてはいたけれど、それでも心配だったの。どこも苦しいところはない?」


「心配おかけしました。けれどもう、すっかり元気ですから。それで、あの……」


 以前と同じように私のことをとても気遣っている二人の言葉は、以前のような薄気味の悪さを感じさせるものではなかった。


 そこには、親としてごく当たり前の愛情と優しさだけがにじみ出ている。そのことにちょっと戸惑いつつも、横目でちらりとメイナードのほうを見る。


 すっかり変わってしまった、というかまともになった公爵夫妻のこと以上に、どうしてメイナードがあんなことになっているのか、そのことが気になって仕方がなかったのだ。


 私の視線に気づいたのだろう、オイジュス公爵がやけに固い声で言った。


「……やはり彼が、気になるか。ちょうど今しがた、全てが明らかになったのだ。その話をみなにしようと思っていたその時、君が目覚めたと聞いて、ここまで来てもらったのだが……」


「でもあなたには、少し辛い話になるかもしれないわ。それでも、聞きたい?」


 こくんとうなずくと、公爵はみんなを見渡して、それからゆっくりと語りだした。今までに調べてきたことと、つい今しがた、メイナードが白状した全てを。


「私はまず、ユリさんが泊まっていた、ローズの部屋の前に倒れていた男たちを取り調べた。彼らは裏社会の者で、上に言われてこの屋敷に忍び込んだ。この部屋にいる少女を連れ去り、消せと命じられていたらしい」


 その言葉に、その場の全員がざわついた。すぐ横のお父様は露骨に殺気を放ち始めたし、その隣ではハーヴェイがあからさまにひるんで一歩下がっている。


「けれど、誰がそんなことを命じたのか、そこまでは分からなかった。だから私は、屋敷にいた人間を全て調べることにしたのだ」


 とたん、みんながぴたりと静かになった。どことなく気まずそうな顔で黙り込む。


「あの夜、私たちは使用人の一人に至るまでみな眠りこけていた。ここまで同時に、全員に薬を盛ることは、外部の者には難しい。必ず内部に協力者がいるだろうと、そう考えたのだ」


 公爵が静かに、しかし朗々と語る。かつてジャスミンが生きていた頃、彼はこんな風に領地を治めていたのだろう。そう思える、立派な姿だった。


「あの夜、私たちに薬を盛ることができた者。ユリさんを消そうと思う者。そしてユリさんが過ごしている部屋の位置を知り、ならず者を引き入れるものができた者。一人ずつ話を聞いていったが、それら全てに該当する者はいなかった。……ただ一人を除いて」


 みんなの視線が、自然とメイナードに集まる。


「……そんなはずはないと思いながら、私はメイナードについて調べた」


 メイナードは動かない。自分の話をされていることも、縄で縛られていることもまったく気にかけていないようにも見えた。


「じきに、彼が裏社会とつながりを持っていることが明らかになった。……そうして彼を問い詰めて、私は信じがたい真実を知った」


 息をのんで見つめる私たちの目の前で、メイナードはゆっくりと顔を上げた。以前はぼんやりとしていたその目が、一瞬ぎらりと光った気がした。

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