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35.変事は真夜中に忍び寄る

 悲痛な叫び声に、眠りの底から引き戻される。


 のろのろと目を開けると、目の前にジャスミンの顔が見えた。私の肩に手をかけて、揺り起こそうとしている。彼女は私に触れられないのに、彼女の手の感触を確かに感じた。


「あれ……ジャスミン? この部屋にどうやって? あなたが宿っている置物は、隣のあなたの部屋に置いてあるのでしょう? 声だけならともかく、姿まで現すなんて……どうやったの?」


 寝ぼけながらそう答えると、ジャスミンは苦しげに顔をゆがめて答えた。


『叫んだのに、あなたたちが起きてくれないんだもの。だから一生懸命ふんばって、壁を抜けたの。今も置物のほうに足が引っ張られてて、かなり苦しい……ってそれより、外を見て、窓の外!』


 それだけを言い残して、ジャスミンの姿は壁の中に勢いよく消えていった。


 どういうことだろう、と思いながら身を起こす。とたん、ふらりと体がぐらついた。とっさに手をついたのはいいものの、隣で寝ていたシオンお父様の上に、思いっきり倒れこんでしまう。


「……お父様?」


 しかしお父様は、目覚めなかった。お父様は寝起きは悪いほうだけれど、ここまでされて起きないのは珍しい。宴で深酒をした時くらいだろうか。


 その時、ふと気がついた。このやけにふらつく感じ、目覚めないお父様。もしかしてこれは、薬か何かを盛られているのかもしれない。


 まさか、と思いながら目を閉じて、意識を集中する。ひとまず解毒の術を使ってみた。私と、下敷きにしてしまっているお父様に。


「ん……重いよ……ユリ……くすぐらないでくれ……」


 とたん、お父様が眉をひそめて目を薄く開ける。寝ぼけた目で私を見つめると、そのままぎゅっと抱きしめてきた。


「大きくなったねえ……それに、あたたかい……」


 お父様は目を閉じて、幸せそうに笑っている。頭がすっきりとさえているのを自覚しながら、お父様に呼びかけた。


「お父様、起きてください。ジャスミンが、やけに必死に私を起こしてくれたんです。あと、私たちに何者かが薬を盛ったかもしれません」


 お父様が飛び起きたのと、部屋の入り口から何者かが突入してきたのが、ほぼ同時のことだった。


「おい、起きているぞ!? 話が違わねえか?」


「んだよ、薬はきちんと盛ったって、そう言ってやがったのに。何してんだ、まったく」


 入ってきたのは、どこからどう見ても屋敷の関係者ではなかった。どことなくくたびれた服装の、がらの悪い男性たち。みんな、顔に布を巻いて隠している。間違いなく曲者だ。


「しかも、一人多いぞ?」


「俺たちがさらわなくちゃなんねえのは、女のほうだけだ。が、目撃者をここに残していくのも面倒だな。まとめて連れていくか」


 ぽかんとしている私の目の前で、男たちはそんなことを堂々と話し合っている。


 しかし次の瞬間、彼らは短く叫び声を上げて、地面にばたりと倒れてしまった。全員、見事に気絶している。


「まったく、女性の寝所に忍び込んでくるとは……礼儀のなってない連中だね。ほら、さっさと出ていってくれ」


 お父様がため息をついて、さっと手を振った。倒れた男たちが、まるで丸太のようにごろごろと転がって、廊下に飛び出していってしまう。


 そうして全員の姿が消えてから、扉がひとりでにぱたんと閉まった。もちろん、全部お父様の術だ。


「……今の人たちって……」


「おそらく、君が目的だろうね。状況から見て、誰か彼らを手引きした者がいるのだろう。まったく、どうなっているんだ」


「あ、そうだ、窓の外!」


 突然のできごとに驚いてしまったせいで、ジャスミンの言葉をすっかり忘れていた。寝台を降りて、窓に駆け寄る。


 そうして、息をのむ。思いもかけない、恐ろしい光景がそこにはあった。


「……え、そんな……」


 窓の外には、広い庭が見えている。正面には花壇と石畳の通路が広がり、右のほうには離れが建っている。


 そして今、離れは火に包まれていた。石で作られた建物が、あんなに激しく燃えるなんて信じられない。それくらいに、火の勢いは強かった。


 もうもうと煙が上がっていて、離れは半ばほど隠れてしまっている。何がどうなっているのか、ここからではよく分からない。


 窓ガラスに額をつけるようにして、呆然と立ち尽くす。ステファニーたちが泊まっている客間は、あの離れにあるのだ。


「お父様……みんなが……離れが、燃えて……」


「行こう、ユリ。みんなを助け出さなくては」


 すぐそばから、厳しい声がする。いつの間にかお父様が後ろに立って、窓の外を見ていた。


 そのまま二人一緒に、部屋を飛び出す。すぐ外の廊下に転がっている男たちに構っている余裕すらなく、ただひたすらに走り続けた。


 そうして二人、離れの前にたどり着く。これだけ激しく火が燃えているというのに、ここに駆けつけているのは私たち二人だけだった。


 恐ろしいほどに燃え盛っている炎に立ち向かうようにして、お父様と一緒に術を使う。


 ありったけの力を込めて、水を呼び出す。ほんの少しだけ、炎の勢いが弱くなった。辺りに立ち込めていた煙が少し薄れてきている。


 とはいえ、火が完全に消えるには、まだまだ時間がかかりそうに思えた。


「お父様、どうしましょう……私たちだけで火を消すには、まだまだかかります……屋敷の人たちは、なぜ駆けつけてこないのでしょうか。人間は術を使えませんが、でもみんなで水を運んでくることぐらいはできるでしょうし……」


 恐怖で手が震えそうになるのをこらえながら、必死に術を使い続ける。早く、早く消さないと、ステファニーたちが。もっと、もっと水を。


 お父様は私よりずっとたくさんの水を操りながら、難しい顔で答えた。


「たぶん、私たちと同じように薬で眠らされているんじゃないかな。ただ、これだけ火事が大きいと、人間がいても役には立たないと思うよ。……汽車みたいに画期的な装置を編み出していない限り、ね」


「やっぱり、私たちでどうにかするしかないんですね……」


 自分がこんなにも無力に感じたことはない。唇を噛みしめていたら、上から切羽詰まった声が降ってきた。


「ユリ、そこにいるのですか!?」


 声がしたほうを向くと、離れの上に人影が見えた。煙のせいではっきりとは分からないけれど、あの声はステファニーだ。


「ステファニー! ここにいるわ! お父様も一緒よ!」


 お父様は右手で水を操りながら、左手を伸ばして式神を飛ばす。


 いつか見たのと同じ白いツバメの式神が、高々と舞い上がった。けれどすぐに、式神は火の粉をかぶって燃え尽きてしまう。


「炎と熱い煙のせいで、式神ではうまく近づけないか……でも、式神を通じて一瞬だけ見えた。四人とも無事のようだね。屋上まで逃げてきたのはいいけれど、炎に追い詰められているようだ」


 少しだけ考えてから、お父様は屋上に向かって叫んだ。


「みんな! もう少しだけ耐えてくれ! これから、私がそちらに向かうから!」


「分かりました!」


 ステファニーが叫び返す。その拍子に煙を吸ったのか、せき込む声がした。思わずそちらを見つめる私に、お父様がいつになく緊迫した口調で言った。


「ユリ、この火を私たちだけで消すのは無理だ。だから私が、これから屋上に飛んでいく。そうして一人ずつ、運んで下ろそうと思うんだ。君は水の術を使い続けて、私が飛びやすいように炎を抑えてほしい」


 確かに、それが一番いい方法のように思える。私たちは術で水を生み出し、操ることができるけれど、それにも限度がある。


 さっきから全力で術を使い続けているせいで、どんどん体が重くなっているのだ。この分だと、私はそう長くもたない。たぶん、そのうち倒れて気を失ってしまう。


 だから無言で、うなずいた。お父様は私を勇気づけるように優しく笑って、目を閉じる。


 その額に、複雑な紋様が浮かび上がった。淡く輝くそれは、一人前の天人の証。空を舞う飛行の術を身につけたことを意味するものだ。


「それじゃあ、行ってくるよ」


 そう言ってお父様は、ふわりと空中に浮かび上がった。熱気を避けるようにして、高く舞い上がっていった。右へ左へ、どうにかして煙と熱気の壁を突破できないかと、空中でさまよっている。


 飛行の術はとても繊細だから、飛びながらでは難しい術や大掛かりな術を使うことはできない。私が頑張らなくては。お父様を手助けできるのは、私だけなのだから。


 一生懸命に術を使って、炎に水を浴びせ続ける。体が重くてたまらない。掲げた腕が、かすかに震えている。しっかりと足を踏ん張っていないと、地面に崩れ落ちてしまいそうだ。


 こちらはこんなにも疲れ果てているのに、炎のほうはちっともこたえていないようだった。悔しい。


 私は天人たちの中でも、割と術が得意なほうではあった。でも、もっともっと練習していたら。そうしたら、ちゃんとお父様の力になれたのに。ステファニーたちをすぐに助け出せたかもしれないのに。


 お腹に力を入れて、目の前で踊っている炎をにらみつける。そんなことをしてもどうにもならないと分かっていても、そうせずにはいられなかった。


 この炎さえなければと、心の底からそう思わずにいられなかった。


「……えっ……?」


 ところがその時、不思議な感覚が全身を走り抜けた。


 冷たい水を浴びせられたような、それなのに体の芯がかっと熱くなるような、今までに感じたことのない感覚だ。思わず自分を抱きしめ、ぶるりと身震いする。


 そうして、信じられないことが起こった。

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