11.ウラノス親子のお喋り
ユリとシオンが、過保護だなんだと語り合っていたその頃。
ウラノスの屋敷の別の一室では、ステファニーとダミアンが同じように語り合っていた。ダミアンの部屋で、二人は椅子に座って向かい合っている。
「ステファニー。どうも今日のあなたは、上の空ですね?」
ふと、ダミアンがいたずらっぽく笑ってステファニーに尋ねる。ステファニーは、ちょっと恥じらうように細い肩をすくめて答えた。
「生まれて初めて、天人の術を見たのです。おとうさまからずっと、話は聞いていましたけれど……それでも、驚かずにはいられませんでした」
その言葉に、ダミアンはわずかに目を見張る。しかし笑顔を崩すことなく、さらに問いかける。
「おや、そこまで感動しているところを見ると、よほど素敵な術だったのですか?」
「ええ。細い稲妻の糸が、まるで網のように広がって美しくて」
「稲妻ですか。それはそのあと、どうなりました?」
「ふわりと広がって、不審者をからめとり……あ」
うっとりとそう言ったところで、ステファニーは何かに気づいたように口を閉ざした。すかさずダミアンが、ちょっぴりとがめるような口調で問いかける。
「その術なら、私も見たことがありますよ。野の獣を傷つけずに追い払うためのものだと、そうシオンから聞いています」
ダミアンが明るい青の目を細めて、じっと娘を見つめる。
「あなたは今日、ユリさんと出かけていましたから……彼女がそんな術を使ったということは、あなたたちは町で、何か面倒な相手にからまれた。それで合っていますか?」
「……はい」
打って変わってしょんぼりとしながら、ステファニーはぼそぼそとつぶやく。
「その、ユリと買い物にいった帰りに……少々素行のよろしくなさそうな方々に、裏路地に連れ込まれてしまったんですの。ユリによれば、シオン様の式神がついてきていたとのことですが……結局ユリは、シオン様の力を借りることなく、自分の術でその方々を叩きのめしてしまいました」
「なるほど、中々に刺激的な体験をしたのですね。けれどなぜ、そのことを隠していたのですか?」
ダミアンは心配そうにしている。そんな彼に、ステファニーは申し訳なさそうに答えた。
「その方々はみな気絶されてしまいましたし、そのあと衛兵を呼びましたし、できれば内密に済ませたいというのがユリの希望でしたので……」
「ですが私はこの地の領主です。そのような不届き者がのさばっていたなど、見過ごせません。衛兵たちからの報告だけではなく、その場にいた者の話も聞きたい。分かりますね?」
「はい、おとうさま。反省しています」
「でしたら、よろしい。今後は気をつけてくださいね」
そう言って、ダミアンはまた穏やかに微笑む。それを見て、ステファニーもようやく笑みを浮かべた。
「ところでステファニー。あなたは天人の力を目の当たりにして、どう思いましたか?」
さらに問いかけるダミアンに、ステファニーは一瞬きょとんとして、それからにこりと微笑んだ。
「とても、素晴らしい力でした。あんな力を使えるのであれば、きっと天人の里での暮らしはわたくしたち人間の暮らしとはまるで違うのだろうと、そう思いましたわ」
「……火を、水を、風を、稲妻を手足のように操り、様々な式神を使いこなす。彼らの力は、私たちには想像もつかないものです」
そう言葉を添えるダミアンの顔は、なぜか少しこわばっていた。ステファニーはそれを不思議に思いながら、感じていたことを次々と言葉に乗せていく。
「ですが、きっと天人の方々は、わたくしたちとそう違わないのではないかと、そうも思うのです」
「おや、そうなのですか? あなたは彼らの力を目の当たりにして、なおもそう言えるのですか?」
「はい、おとうさま。わたくしは今日一日ユリと過ごして、とても楽しかったんですの。一緒に色々なものを見て、お喋りして笑い合って……。わたくしたち、友達になりました」
昼間のことを思い出しているのだろう、ステファニーの笑みがどんどん深くなっていく。
「今日はとっても楽しかったです。そして、また彼女と一緒に遊びたいと、そう思いました。彼女が術を使えるということは、わたくしたちの友情になんら影響を与えないと、そう思いますわ」
「そうですか。……よかった」
今度は大いに安堵しているらしいダミアンに、ステファニーが不思議そうな顔で尋ねる。
「あの、おとうさま……さっきからどうされたんですの? 何だか様子がおかしいような……」
「あなたが天人という存在を正しく受け止めてくれたので、ほっとしているのですよ」
ダミアンは居住まいを正し、かしこまった声音で話し始めた。いつもの少し気取っていて軽やかな口調とは、まるで違っていた。
「私たちウラノス家は、はるか昔の天人を祖としています。そんなこともあって、私たちは天人のみなさんがこちらの世界で過ごす手助けをしています」
子供の頃から何十回と聞いてきた話を、ステファニーも真剣な顔で聞いていた。
「ですがそれゆえに……ごくまれに、天人に憧れ過ぎてしまう、もっと言うなら天人を人間より優れた、偉大なる存在だと考えてしまう者がたまに出るのです」
眉間にぐっと力を入れて、ダミアンは続ける。
「そのような者には、当主の座を与えられません。私たちは天人と共にある一族であって、天人をあがめる一族ではないのですから」
その言葉に、ステファニーははっとしたような顔になる。そんな彼女に、ダミアンは静かに笑いかけた。
「……あなたは子供の頃から、どうにも天人に憧れがちでしたから……そこへもってきて、生まれて初めて会った天人があのシオンとユリさんときては、ね。あの二人は、私が今までに出会った天人の中でも、とびきり美しく、神秘的ですから」
心底ほっとしたような顔で、ダミアンは息を吐く。
「先ほど、天人の術の話を聞いた時……最悪、私はあなたを跡継ぎの座から外すことまで覚悟していたんですよ、ステファニー」
「まあ……そうでしたの……心配かけてしまって申し訳ありません、おとうさま」
同じ青をたたえた二組の目が、正面から見つめ合う。そうして、同時に笑った。
「だが、どうやら大丈夫そうですね。あなたになら、安心してウラノス家を任せられますよ」
「はい、頑張りますわ」
そうやって明るく笑っていた二人だったが、不意にその笑いが止んだ。意味ありげに微笑みながら、ステファニーが切り出す。
「ところでおとうさま、一つ確認したいのですけれど……天人の方々って、わたくしたちとは時間の感覚がまるで違うのですわよね?」
「ああ、そうですよ。しかも、成人の儀を終えた後はずっと同じ姿なのです。シオンも、十六年前と何一つ変わっていなくて……頭では分かってはいましたが、とても驚きました」
「……そのせいで、恋愛の相手……それと、伴侶とする相手に対しての感覚が、わたくしたち人間とは全然違っているというのも本当ですの?」
どうやらステファニーは、年頃の娘らしくそういったことに興味があるらしい。急に目を輝かせた娘を微笑ましく思いながら、ダミアンは説明してやることにした。
「そうらしいですね。私もシオンから聞いただけなのですが……数十歳差の夫婦や、元養い親と養い子の夫婦など、様々な形があるそうです」
「……それで、おとうさまはシオン様とユリについてどう思われました? わたくし、あの二人の間に、とても強い……とっても強い絆を感じますの」
「余計なせんさくは感心しませんよ、ステファニー」
そう言いながらも、ダミアンの顔にはおかしそうな笑みが浮かんでしまっていた。
「おそらく、あなたが想像しているもので合っています。シオンにとってユリさんは、ただの養い子ではないのでしょう。ただ、ユリさんはそのことに気づいていないようですが」
「ああ、やっぱり」
「しかしシオンには、時間だけならたっぷりありますから。おそらく彼は、じっくりと待ち続けるつもりなのでしょうね。彼女が、彼の思いに気づくまで」
「……もどかしいですわ。そもそも、わたくしたちが生きている間に決着がつくのでしょうか」
「どうでしょうね。ただ、ここ人間の世界は、天人の里よりもずっと刺激に満ちた、せわしない場所ですから……それがきっかけになって、じきに何かしら進展が見られるかもしれませんよ。特に、これから彼らは大舞踏会に出るのですから」
「ふふ、そうですわね。それではわたくし、微力ながらシオン様に力添えしようと思います」
「あまり出しゃばらないよう、気をつけてくださいね」
「はい、重々承知しておりますわ、おとうさま」
そうして親子は、さらにあれこれと他愛のない話をし始める。ごくありふれた、平穏な時間が、そこにはあった。