「皆、ニアを見ているな」
実家の領地に辿り着いた。
こうして馬車から外を見るだけで新鮮な気持ちになるのは、私が全然外に出ていなかったという証であるのだろう。……本当に私は自分の実家の領地なのに、全然知ろうともしなかった。
領主の娘として生まれたのに、ただ何も知らずに、生きていただけだった。
「……ねぇ、マヌ。私は領主の娘として生まれたのに、こうやって真正面からちゃんと領地を見るのは初めてだわ」
私に『呪い』なんてものがなければ、私はもっと小さい頃から領地を見て回っていたのだろうか。
そんなたらればの話を考える。
「そうなのか?」
「ええ。全然私は外に出ることもなくて、限られた場所でだけ生きていたから……」
『呪い』がなくなったから、私はこうして真正面から色んなものを見れるようになったんだなってそう思う。
「私、両親や妹に会うことは思う所があるけれど……それでもこうして領地に帰ってきて、こうして領地を見ることが出来て楽しいなとは思うの」
私がそういえば、マヌが笑う。
マヌの笑みを見ていると、本当に安心する。
それからそうやって話をした後、私が生まれ育った屋敷へ向かう前に領地内を見て回ることにした。
屋敷に向かうことは伝えてあるけれど、ちょっと遅れても問題がないもの。
マヌと一緒に、街を見て回りたいってそうも思ったというのもある。
私が馬車から降りて、マヌと一緒に歩き出すと――なんだか妙に視線が向けられている気がした。
「皆、ニアを見ているな」
「私を?」
「ああ。ニアは可愛いからな」
マヌはそんなことを言って笑って、私の手を引く。
……私の事を可愛いってこんなに言ってくれるのはマヌだけだと思う。けれど実際に視線は向けられているので、『呪い』がなくなった私は目を引いているってことなのだろうか。
なんだかこんなことを考えていると、私は自惚れているみたいで恥ずかしいわね。
私はマヌと手をつないだまま、きょろきょろとあたりを見回す。
私にとってこの領地は、近くにあるのに遠い場所のような感覚だった。関わることもないようなそんな場所だと思っていた。
こうして領地の街を――見て回るなんてマヌに嫁ぐ時は夢にも思わなかった。
私はこの領地の領主の娘だけれど、私の顔を知っている人は全然居ない。私は外に出るときは顔を隠していたし、私のことを『呪われた令嬢』としかここの領地の人たちは知らないだろう。
だから私が『呪われた令嬢』と呼ばれていた存在だとは思っていなさそうだ。
……私は領民たちからどう思われているかとか、全く気にしたことはなかったけれどどう思われているんだろうか?
そう思って少し情報を集めてみると、私の噂は結構ひどいものが多かった。
「『呪われた令嬢』は、呪われるだけのことをしてきたのだろう」
「それだけ醜いからこそ、嫁ぎ先でも大変な目に遭っているって噂だからなぁ」
「そんな『呪われた令嬢』をめとることになった男が可哀そうだ」
「キキレッラ様はあれだけ美しいのにな」
――そんな噂話には、苦笑してしまった。
傷つかないというわけではないけれど、私はマヌがいるから別に気にならなかった。
マヌはそれに反論しようとしたけれど、面倒なことになりそうなので止めた。何か騒ぎになって、折角の楽しい時間がつぶれてしまうのは嫌だと思ったから。
それにしても、私がその『呪われた令嬢』本人だなんて誰も思っていないんだなっていうのも不思議な気持ちになる。
この人たちは、私が『呪われた令嬢』だってわかったらどんな反応をするだろうか。今はこんな風に私に笑顔で接客してくれているけれど――、きっと気まずい表情を浮かべたりするんだろうな。
「……私、ずっとこの街にいたはずなのに本当に全然この街のことを知らないわ」
マヌと一緒に歩きながら、なんだか初めて来た場所のように感じる。
それだけ私はこの街について知らない。
私はそれから可愛い雑貨屋があるとか、美味しいお肉料理のお店があるだとか、そういうこと知れることがなんだか嬉しかった。
新しく知ることが出来ること。
それが多いと、なんだかワクワクした気持ちになる。
マヌと一緒にお出かけできることも、それはもう楽しい。
「マヌ、とっても楽しかったわ」
「そうだな。そろそろ行くか?」
「ええ」
楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。私たちは私の生まれ育った屋敷へと向かうことにした。
馬車に乗って、そのまま屋敷へと向かって……だけどその屋敷の前で騎士に止められる。
私が『呪われた令嬢』と呼ばれていたから、私のことを馬鹿にしている様子だった。
だけど、マヌが言い返してくれて、その後、私の姿を見て何故か騎士たちは息をのんでいた。
……そんなに『呪い』が解けて驚いているのだろうか。
「奥様にそっくりだ」
……騎士たちがこそこそ言っている言葉は私には聞こえなかった。
そして私は久しぶりに生まれ育った屋敷の中へと足を踏み入れた。