「俺も好きだぞ!」
「ニア?」
私はマヌのことが好きかもしれない。
そう実感するとマヌの顔が見れなかった。
なんだろう、好きだって思ったらマヌのこういうところが好きだなとか、なんだか近づかれると落ち着かないというか。
いえ、なんていうか私はもう既にマヌに抱きしめられたり、口づけされたり、もっと凄いことだってしているのに……。なんというか、凄く恥ずかしい。
「どうしてこっちを見ないんだ?」
……恥ずかしい。でもマヌが悲しそうな声をしていると、私はこのまま意地を張ってられないと思った。
それに私は……マヌを見ていると、自分の気持ちを素直に口にした方がいいってそういう気持ちになる。だって素直にならなくて、誤解されてこじれてしまったら……私はマヌに嫌われてもし離縁されるなんてことになったら悲しいし、居場所がなくなるもの。
……なんだか結婚して少ししか経ってないのに、私はすっかりここでの暮らしが心地よくて居場所だって思っている。
「えっと、マヌ!! 心の準備をするから夜でいい? 二人きりの時にちゃんと挙動不審の理由は話すから。だからその……今日はちょっと放っておいてもらっていい?」
素直に口にしようと思ったけれど、なんだろうすぐに言う勇気はなかった。
でも自分を追い込む気持ちというか、ちゃんと伝えるぞという気持ちでそういった。
……ちなみに、私がマヌとこんな会話を交わしているのは使用人たちの前なので凄くニマニマされている。
マヌは私の言葉に不思議そうな顔をして、だけど笑って「分かった」と口にした。
その日は日中はマヌは近寄ってこなかった。私に話しかけようとして、はっとして離れていくというか。……まぁ、ちょっと放っておいてほしいっていう願いを実行してくれているのだろう。
でもなんていうか、自分で言っておいてなんだけど私はマヌが離れていく様子に寂しく感じた。私って自分勝手だわ。でも近づかれるとドキドキして仕方がないの。
「奥様、今日はとびっきりおめかししましょうね」
「マヌエトロ様をドキッとさせましょうね」
……侍女たちは私のことを取り囲んで楽しそうにしている。まぁ、私もマヌに気持ちを伝えようとドキドキしていて落ち着かないから誰かが傍に居てもらえる方が嬉しいけれど。
だって何も手につかないもの。
……というか、私とマヌって結婚しているのよね。結婚しているのにも関わらず気持ちを伝えようとしていることがおかしいかしら。
普通なら順番が逆なのでしょうけれど、政略結婚なら結婚してからってこともありえるのよね。
落ち着かないわ!
「奥様、顔を覆ってますが、大丈夫ですか?」
「……大丈夫よ。夜までまだ時間があるのに落ち着かないわ」
「ふふっ、奥様は可愛いですね」
「ありがとう。……それにしてもこれだけマヌが近づいてこないのも不思議な感覚だわ」
「奥様が近づかないように言ったのでしょう?」
「そうだけど……なんだろう、思えばマヌって本当に毎日私に話しかけてくれていて、時間があるときはずっと傍に居てくれようとしていて……マヌって私のこと、大切にしてくれているってうぬぼれてもいいのかしら……」
「大丈夫ですよ。好意がなければあれだけ良くはしないでしょう。それにマヌエトロ様は本当に奥様に何か問題があるなら正直に指摘すると思います」
「そうね。……そうよね、嫌われてはないわね」
「好かれていると思います」
私は全然落ち着かなさ過ぎて、どうしようもない気持ちになる。
……マヌって私のことを可愛いとは言ってくれているけれど、どう思ってくれているのだろうか。
そんなことを考えながら夜になった。
夜、侍女たちにおめかしをしてもらってから部屋でマヌを待つ。
ドキドキして、緊張して――、私は自分が自分ではないみたいな、不思議な興奮みたいなものをしている。
私の妹は私の元婚約者を奪ったわけだけど――それも私が感じているような恋心を感じたからってことなのかしら?
こういうふわふわした感覚を妹は知っていて、ああなったってことなのかしらね。
そんなことを考えながらマヌを待っていたら、マヌがやってきた。
「ニア!!」
マヌは嬉しそうにベッドに居る私のもとへやってくる。
なんだろう……。なんだか尻尾が見えるような感覚になる。昼間に近づけなかったから夜に来られるのが嬉しいってこと?
……なんだか本当に好かれているのかなって気になる。
マヌに抱きしめられて、私はドキドキする。
「マ、マヌ。とりあえず離れて」
「……分かった」
マヌは落ち込んだ様子で私から離れる。……可愛いなんて思ってしまうのは、好きだなって思うからかしら。
「あ、あのね、マヌ。話があるって言ったでしょ?」
「ああ」
「……えっとね、その、私とマヌって政略結婚じゃない?」
「そうだな!」
「……私ね、マヌと結婚しても自分が『呪われた令嬢』と呼ばれていたから政略結婚しても幸せになれないだろうなって実家と同じだけの生活しか出来ないって思ってたの。でもなんていうか、マヌと一緒に過ごしていて楽しいと思っているの」
「俺も楽しいぞ!!」
「それでその……マヌのことは嫌いじゃないって思っていたのはそうなんだけど。その……わ、私ね、マヌのこと好きだなって思ったの!!」
「俺も好きだぞ!」
マヌに間髪入れずに言われたけれど、私はなんだか違う意味合いで取られている気がした。私はマヌに恋している。……だから、そのただ人間としての好きだと嫌だって我儘なことを思っている。
「……えっとね、マヌ」
「なんだ?」
「私、マヌのことが好きだっていうのは……その特別な意味合いっていうか」
「ん?」
「わ、私、マヌに恋をしているの!! その、愛しているっていう意味っていうか。それに気づいたから、こう……顔が見れなかったっていうか。私、マヌのこと、だ、大好き!!」
はっきり言わないと伝わらない気がして、いつも素直なマヌを見習って私はそう勢いで言い切った。
恥ずかしくなって下を向く。
マヌは何も言わない。
なんで何も言わないのだろうと思って顔をあげて私は驚いた。
「マ、マヌ?」
顔を真っ赤にしたマヌが居た。
あれ、普段私にグイグイくるのに照れてる……?
嫌がられてはなさそう。そう思ってマヌに手を伸ばせば、びくっとされる。
なんだか反応が面白いわ!! だっていつも私がマヌにドキドキさせられっぱなしなのに……。私、マヌのことを逆に挙動不審にさせているのよね。
なんだろう、面白いというか、嬉しいと言うか……そういう気持ちになった私は勢いのままに顔が赤いマヌに抱き着いてしまった。
「ニ、ニア?」
「ふふっ、マヌの心臓ドキドキしているわ」
マヌの胸板に顔を寄せて、心臓の音を感じる。……マヌがドキドキしている。
からかうように笑ったら、マヌが照れ隠しのように私を押し倒した。