「ニア、何かあったのか?」
女性騎士三人の名前は、メニカさん、ラーニクラさん、リマンテさんという名前だった。
三人の女騎士たちは、私の言葉に何か考えるような仕草をして……、その後に口々にマヌのことを語り始めた。
「マヌエトロさんは凄い人なのよ。私たちが手を出せないような魔物相手でも簡単に倒してしまうし。身体能力が凄く高くて、大活躍しているの」
「私なんて、マヌエトロさんに助けられたことがあるのよ。絶体絶命で、死にそうになった時にかけつけてくれたマヌエトロさんはかっこよかったわ」
「周りから好かれていて、マヌエトロさんの交友関係はとても広いの。色んな人がマヌエトロさんと仲良くしたがっているのよ」
――そんな風に私の知らないマヌのことを教えてくれたりする。
私は女騎士として活躍しているお三方とは違って、実際にマヌが戦っている姿を知らない。訓練をしているマヌしか知らないので、実際に戦いの場にいるマヌはどんな風なのだろうかと想像しか出来ない。
私の知らないマヌのことを知ることが出来るとなんだか嬉しくなった。
「そうなのね。マヌはやっぱり凄いのね」
私がそう言って笑えば、なぜだか三人は何とも言えない表情をした。
どうしてそんな表情をしているのか私には分からなかった。
その後も面白くなさそうな表情をしながらもマヌのことを教えてくれる。
私はマヌの知らない姿を知れることが嬉しいと思った。マヌは私が聞いたらなんでも答えてくれそうな気がするけれど、それでも他の人から聞くマヌの話を聞けると新鮮な気持ちになる。
「マヌの話を沢山教えてくれてありがとう。良ければ仲良くしてもらえると嬉しいわ」
私がそう言って笑うと、また顔を歪められる。
「……ちょっと、マウントとっても全然気にしていないのだけど」
「やっぱり貴族のお嬢様だから、そういうの分からないのかも」
なんだかこそこそしているけれど、何かしら?
なんだろう、私は『呪われた令嬢』だからと嫌な感じにこそこそとされたことはあるけれど、またそれとは違う気がする。この三人は私のことを好いているわけではないだろうけれど、心の底から嫌っているわけではなさそうで、ほっとする。
「あの……奥様はマヌエトロさんのこと、好きですか?」
「えっ」
急に意を決したように言われて、私は思わず戸惑う。
だってそんなことを、言われると思わなかったから。
男性陣たちはお酒を飲んで、騒いでいて、私たちの会話を聞いていない。
私のことをじっと見つめるのは、女性騎士の中で一番若いリマンテさんである。
「……マヌエトロさんは、とても強くて優しくてまっすぐな人です。だから私はマヌエトロさんに幸せになってほしいって思ってます。貴族なので政略結婚をすることは分かりますが、それでも愛のない結婚はって思ってしまうので」
……マヌは本当によっぽど、慕われているのだなと思う。
あれだけ明るくて太陽みたいにまっすぐで、だからこそ皆に好かれていて。
それだけ好かれている存在に私みたいな『呪われた令嬢』は似合わないだろう。でもリマンテさんは私が『呪われた令嬢』だから言っているのじゃなくて、マヌみたいな素敵な人だからこそ愛がないのは……と思っているみたい。
愛か。……愛なんて分からない。
家族は私を嫌っていて疎んでいて、私はマヌと結婚してようやく世界って広いな、楽しいなという気持ちを初めて知った。
結婚もしているけれど、誰かを好きになる気持ちは分からない。
じっと、リマンテさんに見つめられ私は答える。
「……マヌのことは嫌いじゃないわ。でも私は誰かが好きになる気持ちはよく分からないの」
「分からない?」
「ええ。マヌは素敵な人だわ。こんな私のことをいつも褒めてくれて、政略結婚なのによくしてくれていて……。マヌの笑顔を見てるとほっとするわ。でも……好きかどうかは分からないわ」
私がそう言ったら、私の話を聞いていた三人は少しだけ言いにくそうに言う。
「えっと奥様、それは好きだってことに思えるんですけど」
「え?」
「だって、マヌエトロさんの笑顔を見ていてほっとするのでしょう?」
「……ええ」
「マヌエトロさんのことを素敵な人だと思っていて、ほっとして。それはもう好きだと思います」
「……」
「マヌエトロさんが、他の人に笑いかけたら嫌だとか、浮気したら嫌だとかないんですか?」
「マヌはいつも笑っているから……、それは気にならないわ。浮気は……」
私は言われた言葉に考えてみる。
……私は他に結婚してほしい人がいるのなら言ってねとは言った。マヌは私を大切にしてくれると言ってくれた。
あの時とは、また私の気持ちも変わってる。
……私はマヌのことを結婚した当初よりもマヌのことを特別に思ってる。
いつも優しくしてくれるマヌが、他の人を奥さんにしたら……嫌かもしれない。
「……い、嫌かもしれない」
ぼそりっとそう呟いてしまった本音。
「……それは奥様がマヌエトロさんのことを好きだってことだと思うんだけど。私は、マヌエトロさんが幸せになってくれたらとは思ってるので、奥様がちゃんとマヌエトロさんを大切にしてくれるのならばいいかなと思います」
「……嫌かもしれないとは思うけど、好きかどうかはその……分からないわ」
「いえ、好きですよね……? マヌエトロさんの話を聞いて嬉しそうにしていましたし」
「……それはそうね。マヌの話を聞けるのは嬉しいもの」
「ならちゃんと認めてください。奥様がマヌエトロさんのことを好きだって認めてもらえないと……あきらめがつかないので」
そんな風にリマンテさんに言われて驚いた。
そうか。この子はマヌのことが好きなのかと思った。
私は本当にたまたま政略結婚でマヌと結婚できた。でもマヌのことを好きな人は沢山いて、そういう人たちを差し置いて私は奥さんになってる。
……他の誰かがマヌの奥さんになっていたら、私はもやもやする気がする。
私はマヌのことが、好き?
少なくとも目の前のリマンテさんに渡したくないなって思うぐらいには、好きなのかもしれない。
そう実感すると、顔がぼっと赤くなる。
……嫌いではないと思っていたけれど、そうか、私はマヌのこと、好きなのか。
見ているとほっとして、一緒にいると嬉しくて、笑顔を見ると思わず笑ってしまう。
幸せな日々を、マヌは私に与えてくれている。
「……」
「奥様? 大丈夫ですか?」
「……え、ええ。私、マヌのこと、ちゃんと好きなのかもって。そう実感したら不思議で」
「不思議?」
「ええ。私はずっと『呪われた令嬢』だと言われていて、誰かを好きになるなんて考えたことがなかったから……。で、でも政略結婚なのに私が、マヌのことを好きになるなんて、迷惑じゃないかしら」
「……マヌエトロさんがそんなことを思うはずがないでしょう。奥様もマヌエトロさんの奥さんならあの人がどういう人か知っているでしょう。人からの好意を、それも自分の奥さんからの好意を嫌がるはずがありません」
「……そうね。マヌは、そういう人だわ」
なんでも受け入れてくれるような心の広さがあって、誰かを傷つけるようなことなんてしなくて、優しくて、まっすぐで。
そういう人が相手だったから、私はこの結婚に後ろ向きな気持ちしかなかったのに今楽しいって思ってる。
私の様子を見て呆れた様子の女騎士たちは、だけどその後も私とおしゃべりをしてくれた。
リマンテさんは元々マヌのことが好きだったみたいだし、私の事を好きだってことはないだろうけれどマヌが私の話を嬉しそうにしていて、私がマヌのことを好きだと受け入れたから踏ん切りがついたと言っていた。
それから彼女たちとマヌの話をして、騎士たちが帰る時間になった。
騎士たちを送り出した後、急に私とマヌと使用人たちだけになって……私はマヌの顔が見れなかった。
「ニア、何かあったのか?」
「な、なんでもないわ!!」
挙動不審になってしまったのは、私がマヌのことを好きだと言うのに気づいたから。
……なんだか、恥ずかしい。マヌの顔を見れない。
使用人たちは何かに気づいたのかほほえましそうにこちらを見ていて余計に恥ずかしかった。