「神殿は大きいな!」
「今日は神殿に行くぞ」
「……ええ」
しばらく街で過ごし、今日は私のこの呪いについて神殿に診てもらうことになっている。
不安がないと言えば嘘になる。有名な神殿の聖職者たちにも……、実家で向けられたような視線を向けられたらと思うと私はひるんでしまいそうになる。
実家の聖職者たちだけがああだったと、思うのは簡単だ。でも……聖職者たち全体が私を穢れているとか、呪われているとか、神の裁きだとか言ったらどうしようか。私にはどうしようもないけれど、聖職者たちにとって異端認定されてしまえば……マヌにも迷惑をかけてしまうかもしれないのだ。
だけど、行こうと思ったのはマヌがいるからなのだ。
それにこの街の人たちもマヌの明るさに毒されて、すっかり私に嫌な目を向けなくなってきていた。
だから……神殿でも大丈夫かなとそんな勇気が出てくるから。
私は差し伸ばされたマヌの手を取って、宿を出た。
大きな街なので、馬車に乗って神殿の方へと移動する。
有名な神殿なので、訪れるためにも先ぶれがいるみたい。
事前にマヌが神殿に手紙を送ってくれていたみたい。
それからしばらく馬車に揺られて神殿へとたどり着き、マヌの手を取って降りる。
そしたら一気に視線が向けられる。
その中には好奇心に満ちた視線も、嫌悪の視線もある。
……私とマヌのことは、この街で結構広まっている。神殿の聖職者たちも私のことを知っているんだろう。そう思うと、ベールで顔を隠しているのに顔をおさえたくなった。
「神殿は大きいな!」
「ええ」
マヌはこういった視線を向けられていてもいつも通り笑っている。ずかずかと神殿の中へと足を踏み入れる。私はそれについて中へと進む。
……こうやって神殿にやってくるの、初めてだわ。
実家では聖職者を呼ぶことはあっても、呪われている私が神殿に行くなんて……とずっと思っていた。
神殿はなんだか神聖な……普通の場所ではないような雰囲気を醸し出している。
マヌが先ぶれを出していたからか、にこやかに笑う女性神官が私たちの前にやってきた。
「――では、こちらへ」
そして私たちのことを中へと案内してくれる。
その視線には嫌悪はないように見える……。もちろん、それは表面上だけかもしれないけれど。
ただこういう笑みを向けられると少しだけほっとする。
神殿内の個室へと私たちは案内された。
「それで、奥様の症状についてですが……、一度診せていただくことは出来ますか?」
「……はい」
診せてほしいと言われて、私は一瞬だけひるんだ。でもマヌが大丈夫だとでもいう風に頷いてくれた。なので、私はベールを取る。
それに手袋も外す。
そうすれば私の黒いブツブツを見た女性は、一瞬だけひるんだ。
……やっぱりいきなりこういうものを見せられると、ひるむのも仕方がないわよね。
でも目の前の神官は、ひるんだだけで、すぐに笑顔を貼り付ける。
私の実家にいた聖職者たちは、私に触れたくない、見たくもないって態度だった。でも目の前のこの人は、違うんだなと思った。
「では、失礼します」
そう言って、女性神官は私の手に触れた。
ためらいもなく触れたその人は、何かを紡ぐ。魔法か何かなのだろうか?
「ふむ」
そしてそんなつぶやきを発する。
「奥様の身体の状態を診させていただきました。ひとまず、私に分かることは奥様の身体に魔力が溜まっていることでしょうか」
「魔力?」
「はい。この黒いブツブツは何らかの魔力の結晶だと思います。ただ調べないことには詳しいことは分かりません」
魔力と言われて私はよく分からなかった。
私は自分に魔力があるという自覚もなく、魔力が溜まっていると言われてもぴんとは来なかった。
それにしても何らかの魔法を使ったのだと思うのだけど、すぐにそういう何が起こっているか分かるなんて不思議で、凄いと思った。
「……魔力の結晶ということは、これは呪いではないの?」
「呪いなんてものではありません。確かに世の中には魔力を使って人を呪うものはいますが、この事象はそれとは別です。そもそも呪われた方には何の落ち度もありません。呪いというのは呪われた方ではなく、呪った方が悪いので」
ばっさりとそんなことを言われて、少し驚いた。
驚いたと同時に……自然と涙がこぼれた。
「あれ……」
なんで私は泣いているんだろう。
「ニア!? どうした? どこか痛いか?」
「違うわ。……えっと、ちゃんと、呪いじゃないって否定されたのが、嬉しかったのかも」
呪いだっていう人が多かった。私の肌を覆う黒いブツブツが気味が悪かったから。
前世で悪いことをしたんじゃないかとか、そういうこともよく言われていた。
……そういうものだと思っていたのに、なんだかほっとしたんだと思う。
女性神官は私の顔を見て、優しく笑ってる。
「少し詳しいものに話を聞いてみますから、一旦、ゆっくりしてください。時間もかかると思うので、よろしかったら神殿内の祈りの石でも見にいかれてはどうですか?」
「祈りの石というのは?」
「神聖な力の溢れている石が神殿の敷地内に置かれているのですよ。その石に向かって祈りを捧げれば願いが叶うと言われていて、神殿への参拝者はよくそこを訪れるんですよ」
そんな風に言って、女性神官は笑った。
折角なので涙が止まった後、私とマヌは祈りの石を見に行くことにした。