「目が輝いていて可愛いな」
「私、遠出するの初めてだわ」
「そうなのか?」
「ええ。マヌに嫁いでくる時ぐらいかしら。それ以外は本当に限られた場所しか行かなかったもの」
私はマヌと一緒にお出かけをするために、遠出用の馬車に乗り込んでいる。
私が長時間馬車に乗った経験なんて、マヌの元へ嫁いでくるぐらいしかなかった。
本当にずっと、限られた場所で閉鎖的に生きていた。
こうして夫となったマヌに誘われたからといって、外の世界へ自分が飛び出そうとするなんて嫁ぐ前の私は全く想像をしていなかった。
そんな私がこうしてマヌと一緒に、泊りがけで出かけようとしていることが不思議で、それと同時に行ったことがない場所に行けることに少しだけ高揚した気分になる。
こうして出かけるからといって、何処かワクワクしている私は自分で自分が子供みたいだと少しだけ恥ずかしくなる。
「これから沢山のところへ行こうな! ニアが望むならどこにでも連れてくぞ」
「また、そんなことを言って……。お仕事ってそんなに休めるの?」
「問題ないぞ。今まであんまり休んでなかったからな。それに本当に色んな所に行きたいならどうにでもしようがある」
マヌは簡単にそんなことを言う。
マヌと話していると本当に何処にでも行けそうな気がする。
マヌは太陽みたいに底抜けに明るくて、周りを照らすような存在。だけれども掴みどころがなくて自由気ままでどこにでも飛んでいきそうな……そういう綿毛か何かみたいなイメージもある気がする。
だってマヌは有言実行だから、本当に私がどこか行きたいといったらすぐに連れて行ってくれそうな気がする。
目的の神殿は、この辺りでは医療面でも有名な大きな街にある。
その街までは私とマヌが暮らしている街からは結構な距離が離れている。なので、そもそもそこに向かうまでにも数日かかるみたい。
本当にそんな先まで向かうだなんて私にとっては冒険みたいなものだわ。
それに嫁ぐときは、『呪われた令嬢』である私が誰かの目に触れたらいけない……そう思って馬車の外を見れないようにしていた。でも今は外を自由に見てもいい。マヌと結婚してから、私は『呪われた令嬢』と呼ばれていたのに、外に出てもいいんじゃないかとそんな風に思ってしまっている。
「ニア、何か見えるか?」
「……ただ外の景色を見ていたの。馬車に乗る時もいつも、私は外を見ないようにしていたわ。私の姿を外の人が見たら可哀そうだからって。でも……、こうして外を覗いてみると、なんの変哲もない道だと思うけれど、綺麗だなって思うの」
外に広がっているのは、ただの道と、その周りの草木。
街を離れて、ただ街道を馬車が走っているだけ。なのに、こんな風な景色をしていたんだなと私は新鮮な気持ちになっていた。
マヌに馬に乗せてもらって連れて行ってもらった時とは、馬車からの光景はまた違って見える。
私が見る余裕もなかったものを、こうして見てみると綺麗だなと思ったのだ。
「目が輝いていて可愛いな」
私の言葉にマヌはそう言って、楽しそうに笑っている。
「……可愛くない」
「可愛い」
「私は可愛くないわ」
「可愛い。ニアはどうして自分が可愛いことをいつも否定するんだ? 俺にとってはニアは可愛いぞ。照れ屋なところも可愛いし、こうして出かけるだけで嬉しそうにしているのも可愛い」
「うっ……」
「俺が帰宅すると「おかえりなさい」って駆け寄ってくるのも可愛いし、朝目が覚めた時に寝ぼけてすりすりしてくるのも可愛いし、俺のために刺繍をしてくれているのも可愛いし。いつもニアは可愛いだろ?」
馬車の中で、マヌにそんなことを言われて私は顔を真っ赤にしてしまう。
でも……なんで否定するかって。
それは私は『呪われた令嬢』と言われていて、そんな呪われている私が可愛いはずもなく。
それに私は可愛いなんて言われたことなかった。
皆、私を気味悪がっていた。私の世界は、私のことを気持ち悪いと思っている人しかいなかった。
両親だって、妹だって、元婚約者だって……、私のことを嫌がった。
だから、私は私のことを気持ち悪がる人しかいないと思っていた。
でも……嫁いできてから、私のことを表面上は使用人たちも受け入れてくれていて、マヌは私のことを可愛いって言ってくれる。
……よく考えたら、たまたま私のことを気持ち悪がっている人たちしかいなかったというのもあるんだろうか。
私は自分の足で外に出ることをしなかった。実家にいた頃は本当に必要最低限しか外に出なくて、そして本当に、小さな世界で、限られた人とだけ会っていた。
だから、なのかしら。
私はずっと周りから言われていた言葉で、自分が皆に気味悪いと思われるのが当然で、誰も私を受け入れてくれるはずなんてないって決めつけてしまっていたのかもしれない。
もしかしたら……、実家にいた頃だって私が一歩、違う場所へと踏み出せば私を受け入れる人だっていたのかもしれない。
私は自分が好かれることも、受け入れられることもありえないと思っていた。なるべく目立たないように、喋らないようにしていた。……でも違う行動をとっていたら、もしかしたら実家にいた頃だって私の世界は変わったのかもしれない。
ただ私が自分の、小さな世界だけで精一杯で外を見れなかっただけで。
「ニア、どうした?」
少し私が黙っていれば、マヌに心配される。
「……えっと、先ほどのマヌのどうして可愛いと言われて否定するかを考えてたの。私、嫁ぐまで可愛いなんて言われたことなかった。寧ろこのブツブツがあるから気持ち悪いとずっと言われていた」
「そんな心無い言葉、気にしなくていい。俺にとってニアは可愛いんだから」
「……もう、マヌはまたそう言って。とりあえず、話を戻すわよ。えっと、それで思ったのだけど、私もこう……頑固になってたのかなって。私は両親に言われた通り、外に出ようとしなかった。私が誰かと会っても、皆嫌うはずだってそう思い込んでいて。時々社交界に出た時だって、私、凄く暗かったと思うの。でももしかしたらもっと私が一歩外に踏み出せば、受け入れてくれる人もいたのかなってちょっと思ったの」
「そうだな。きっかけがないと結局どうにもならないからな。ニアが可愛いこと、ニアの周りの人たちは知らなかったんだろうな。ニアがこれだけ可愛いのを知ったら構いたくなるだろうから」
「構いたくなるって何よ……。もうっ、とりあえず、マヌと出会ってから私は前より前向きになったと思うの。こんな風に遠出するのも、自分でやろうなんて思ってなかったもの。……だからこそ、私は自分を可愛くないって思っているわ。でもマヌの言葉は真実だって思ってるの。だから、その……マヌにとっては私が、か、可愛いって思われているってこと、受け入れるわ」
なんだかこんなことを言っていると私が自意識過剰な人間みたい。
でも可愛いって言われて否定するのは、散々気持ち悪いと言われてきたからだった。自分なんか可愛いなんて言われるはずがないって、そんな風にずっと否定の気持ちでいっぱいだった。
だけど、私はマヌが嘘をつかないことを知っている。マヌが本心から、そう言っていることが分かってる。
だから……、あんまりマヌの言葉に「可愛くない!」と否定し続けることをちょっとやめてみようかなと思う。
これでマヌが私をからかうとか、だますために「可愛い」って言っているなら、その時はほだされた私が悪い。……いえ、マヌを見ているとそんなことはないとは本心では分かっているのだけど、でもやっぱりこれだけ私に優しく接してくれる人を見るとちょっとは疑う気持ちもあるの。
どこかで私みたいな『呪われた令嬢』と呼ばれていた存在に心から優しくする人がいるはずないって思ってしまうから。
「じゃあ、練習しよう」
「練習?」
「俺がニアの可愛い所言うから、ちゃんと受け入れて」
「な、なんでそんな恥ずかしいことをしなければならないの!」
「ニアが受け入れるって言ったから。いつもの「可愛くない」って顔を真っ赤にしているニアも可愛いけれど、否定しないニアも可愛いと思う!!」
私はそういうマヌに押し切られて、結局その後散々可愛いところを言われた。