「ちょっと遠出をしよう」
「すまない。まだ原因は全く分かっていないんだ」
スレイガさんはそう言いながら私に頭を下げた。
一度診てもらった後から、スレイガさんは私の呪いの正体を暴くために必死に調べてくれているのだという。だけれども当然、生まれつきの呪いと呼ばれるものの正体が簡単に分かるはずはない。
……それにしても、マヌは呪いなんかじゃないって言ってくれているけれど。
調べて本当に呪いだったらどうするのかしら。
本当に人の手ではどうしようもないような、そういうものだったら……。
でもマヌはそれでも私のことを恐れない気がする。マヌは私のこれが本当に呪いだったとしても多分気にしない気がする。
私の肌のブツブツが心なしか薄くなった原因も……スレイガさんにはまだ分からないのだって。
スレイガさんは色んな病気を見てきた腕の良いお医者様だと、この屋敷の使用人たちも言っていた。医療に関する書物も沢山読んでいて、勉強熱心なんだって。
でもそのスレイガさんでさえも、私の呪いの正体に辿り着けないのだ。
スレイガさんは、原因が分からないことにも呪いだと一言で片づけない。私が実家で診てもらったお医者様は、私の現象が呪いだから自分に原因が分からないのは当然だと、自分の腕は悪くないとそう言った人もいた。
そう考えるとスレイガさんは流石マヌの友人というか……、とても出来た人だと思う。
「ニア、ちょっと遠出をしよう」
マヌがそんなことを言ったのは、スレイガさんが訪れてからしばらくが経った日のこと。
マヌの休みの日に近場の……、マヌの普段の行動範囲の場所に連れて行ってもらうことはいつものことだった。でもわざわざ遠出というのは、それだけ遠い場所ということだろうか?
「遠出? いつものように日帰りではなくて?」
「ああ。ちょっと長く休みをもらったんだ。スレイガからの手紙で、色んな視点からニアのその状態を診てもらった方がいいかもしれないと書かれていたんだ。スレイガが持っている医療に関する文献の中ではその事象に該当するものが分からないからって。だから神殿に行ってみるのもありかもしれないと言われているんだ」
「……私のために、遠出しようとしてくれているの? なんだか悪いわ」
「それだけが目的じゃないから気にしなくていい。本命は俺とニアの新婚旅行だ! 旅行ついでに神殿に診てもらって、何か原因を知らないか聞こうと思ってな」
「……私、神殿なんてほとんど行ったことがないわ」
神殿と医者の役割は割と似ていたりもする。私は見たことがないけれど、怪我などを回復させるような奇跡の魔法を使える人もいるんだとか。神聖な場所に私みたいな『呪われた令嬢』を連れて行きたくなかった両親は、私を神殿に連れて行ってくれたことがなかった。
それに実家の領地の聖職者たちは、私の見た目を神からの裁きだとか言っていたりした。彼らは私の両親からお金をもらっていたみたいだし、実家の領地の神殿は私を受け入れてくれる場所ではなかった。
――だから正直気が進まなかったりもする。
これでマヌが連れてくれていった神殿でも私が呪われていて、神からの裁きを受けているとか、そんな風に言われてしまったらどうしようか。
「ニア、何も心配しなくていい。ニアを不安にさせるやつは俺が全員ぶっ飛ばすからな!」
「……マヌ、あんまり喧嘩っ早いのは駄目よ。貴方が強かったとしても、貴方が怪我したら嫌だわ」
「ニアは優しいな。大丈夫だぞ」
マヌは本当に何の心配もいらないと言う風に、豪快に笑う。
マヌの笑顔はなんだか不思議な力があって、本当にマヌに任せていれば全てが好転していくような――そんな気持ちにさえなってしまう。
思わず頷いてしまいそうになってはっとする。
「そんなことを言ってもあんまり喧嘩したら駄目よ。何かする時はちゃんと私に相談して。私のことなんだから、私だってなるべく自分で解決できるようにするから」
私には何の力もない。私はいつだって無力だ。
だからこそ実家で両親にされるがままだったし、元婚約者に何を言われても反論できなかったし、その元婚約者を奪われた時だって――何も反論しなかった。
私みたいな『呪われた令嬢』が何を言ってもどうしようもないって。何も変わらないって。
ただただ諦めていた。
本当にそんな私がマヌにばかり任せておくのは嫌だって、マヌが怪我するのが嫌だって……、自分で解決しようとしている。そういう気持ちになれたのも、マヌに会えたからだと思う。
マヌは私の言葉に笑って、「ニアも何か行動する時はちゃんと、俺に言うんだぞ」と言ってくれる。
神殿で診てもらうのは少しだけ不安だけど、マヌが言う新婚旅行は……マヌとの遠出のお出かけはちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど楽しみになっていた。
私は実家で必要最低限しか外に出たことがなかったから。
――呪われている身で、我儘を言うな。お前が外に出て、その呪いが広まったらどんな責任を取るつもりだ。
そんな風な両親の言葉が、鎖のように私に巻き付いて、私はこっそり外に出ようなんてこともしていなかったから。
だけど、今はそんな鎖もすっかり解けてしまっている気がする。