「少し薄くなってないか?」
私はマヌと相変わらずのんびりと過ごしている。
マヌがお仕事に行っている間は、屋敷の中でゆっくりと過ごす。
マヌがお仕事を休んでいる日は、いつもマヌが色んな所に私を連れて行ってくれる。
――結婚する前は全く想像もしなかったけれど、今の私の暮らしはマヌがいなければ成り立たないほどにマヌが常に傍に居る日々を過ごしている。
『呪われた令嬢』と呼ばれていた私がこんな風に穏やかに日々を過ごしていていいのだろうか? とそんな気持ちも当然湧いてくる。
たまにマヌにそのことを口にすると、そんなことを考えなくていいとそんな風に言われる。
マヌに笑顔でそんなことを言われると本当に此処にいて大丈夫なのだとそういう気持ちになる。
「なぁ、ニア。それ、少し薄くなってないか?」
「え?」
マヌにある日言われた言葉に私は驚いた。
マヌのさしたそれというのは、私の呪い――身体に浮かび上がっている黒いブツブツのことだろう。
私は鏡を持ってきてもらって自分の顔を見る。
正直、そこまで薄くなっているようには見えない。いや、よく見れば少しだけ薄くなっているのかもしれない。
でも本当にそれだけだ。
言われなければ気づかないぐらいのもの。
……それをマヌが気づいて指摘してきたということは、それだけ私の顔を見ているということだろうか。そう考えると顔が赤くなってしまった。
「マヌ、良く気付いたわね」
「ニアのことだからな。原因は分からないけれど、スレイガには言っておこう。それをどうにかするための手がかりになるかもしれない。ニアは何か薄くなった原因は分かるか?」
「全く分からないわ」
私の顔のブツブツはそれはもう幼い頃からあって、それが薄くなったことなどなかった。だからこそ呪いなんて言われ続けていたのだ。
それが薄くなった原因なんて分からなかった。
もしかしたら嫁いだ先の、この場所での暮らしが私によっぽど合っているとかなのだろうか?
そんな風に思ったけれど、それはあくまで希望的観測でしかないのでマヌには言わなかった。
私はこの呪いと呼ばれるものとずっと付き合ってきて、この黒いブツブツが私の肌から消えるなんて想像も出来ない。期待してもダメな可能性の方が高いのだから、マヌに期待させるような言葉をかけたくなかった。
「そうか。何か手がかりを掴めればいいんだが。スレイガもまだ手がかりが見つからないと言っていたからなぁ」
「……そんな簡単に手がかりなんて見つからないわよ」
私はその手掛かりが簡単に見つかるとは思っていない。
だからマヌに向かってそう答える。
でもこの呪いと呼ばれるものをどうにかする手がかりがなくても、私はマヌがこうやって私のことを心配して動いてくれているのがちょっとだけ嬉しかった。
本当に私はマヌにほだされてきているなぁと自分で思う。マヌがマヌだから、こうやって私はほだされているんだってそう思う。
まぁ、恥ずかしいからそんなことマヌには言えないけれど。
そう思いながらじっとマヌを見る。
……マヌはこんな風に明るい性格だし、見た目も悪くない。私とは正反対で、まるで太陽のような人だ。そんな人が私みたいな『呪われた令嬢』と呼ばれていた存在が妻だなんてなんだか、もったいないような気がする。
「ニア、どうした?」
「……なんでもないわ」
「そんなことないだろ? どうした?」
「……私はマヌに似合わないなって思っただけよ」
まっすぐな目で見つめられると、素直にぽろりと本音をこぼしてしまう。
それにマヌに嘘なんてつきたくないって思ってしまうというか……本当にマヌは不思議な力を持っている人だと思う。
「ニア、そんなことはないぞ!」
「だって……マヌは私と政略結婚なんてしなければ、もっと可愛い奥さん出来たはずだもの」
「ニアは可愛いから、俺はニアが奥さんで嬉しい。だからそんな風に考えなくていい。ニアがニアだから、可愛いって思うんだから」
「も、もう……またそんな恥ずかしいことを言って!」
「ニアは可愛いし、そんな風に俺を気にかけてくれて優しい。だからそんな風に自分を卑下なんてしなくていい。ニアは堂々と俺の奥さんしてればいいんだよ」
マヌの言葉はやっぱりどこまでもまっすぐで、本心からその言葉を告げているのだ。
そういう言葉をかけられると、本当にそんな風に堂々としていていいのではないかってそういう気持ちになる。やっぱりマヌは凄い。
「ふふっ、マヌは凄いわね」
思わず笑ってそういえば、また「可愛い」なんてマヌに言われる。
マヌに可愛いと言われると、私は気持ちが悪い呪いを持っているのに……本当に自分が可愛いように思えてしまいそうになる。
私の肌の黒いブツブツがほんのちょっと、薄くなった原因は分からないけれど。
手がかりが掴めようが、掴めまいが、どちらでもいいとマヌの笑顔を見ていると思うのだった。