「ニアと一緒にいるのは楽しいからな」
私は今日も刺繍をしたり、絵本を読んだり……、基本的には屋敷の外に出ることなく生活している。
私の世界は少しずつ、マヌと結婚してから広がっていると思う。マヌと一緒にじゃないと外には出ないけれど、以前よりもずっと外に出るようになっている。
「ニア、明日は仕事が休みだから一緒に出掛けないか?」
「……久しぶりの休みなのに、何か他に予定はないの?」
私はマヌから誘われたことは嫌じゃないけれど、マヌにとっての久しぶりのお休みのはずだ。それなのに、私を誘うなんていいのだろうか。なんてそんなことばかり考えてしまう。だってマヌって知り合いが多そうだもの。私よりも、他の人と一緒に過ごしたいとかあるんじゃないかなって。私にただ、気を遣っているだけなら、自分のやりたいことをしてほしいなと思うから。
私がそう思って伝えた言葉に、マヌは不思議そうな顔をする。
「マヌって沢山の知り合いがいるでしょう。私と無理して一緒に過ごそうなんてしなくていいのよ」
「無理にじゃないぞ。俺はニアと一緒に過ごしたいからな」
「……そんなことを言うのは貴方だけよ、マヌ」
「ニアと一緒にいるのは楽しいからな」
マヌはそんなことを言って、にこにこと笑う。
本当に心からの言葉だと分かるから、私はなんだかむず痒い気持ちになる。
「マヌがそういうなら、その……私もマヌと過ごすの嫌じゃないから。付き合ってあげる」
我ながら可愛くない言い方をしていると思う。
誰もに愛されていた私の妹なら、もっと可愛い言い方をするのだろう。
でも私がこういう態度をしていても、マヌは笑っている。
「ニアは可愛いな」
「か、可愛くないわよ」
私の言葉にマヌは笑って、私に向かって「ニアは何処にいきたい?」とそう問いかけてくる。
「……ちょっと思いつかないわ」
「じゃあ適当に出かけるか」
「ええ」
マヌが何処に連れて行ってくれるかは分からないけれど、私は頷いた。
「ニアは馬には乗れるか?」
「乗れないわ。マヌは乗れるの?」
「ああ。じゃあニア、嫌じゃなかったら俺が前に乗せるから、ちょっと出かけないか?」
「……私、馬に乗ったことないわ。マヌの前に乗せてもらうのはいいけれど、大丈夫かしら?」
マヌの誘いに、私はそう答える。
私は馬に乗ったことがないから、正直マヌに乗せてもらうにしても大丈夫なのか分からなかった。それに初めて乗るならマヌに迷惑をかけてしまいそうな気もしていた。
だから言った言葉に、マヌは全く気にした様子はなかった。
それから私とマヌは一緒に出掛けることになった。
マヌの愛馬は茶色の毛並みの子だった。私はこの家に嫁いでから遠目にその馬を見たことはあったけれど、これだけ近づいたのは初めてで……少しだけハラハラした気持ちになる。
今、私は動きやすいワンピースに、下に下着が見えないように一枚はいている。
マヌの愛馬に触れようとして、ちょっとためらってしまう。撫でていいのかしら。
「ニア、怖いのか? 馬車にするか?」
「いえ、大丈夫よ。ただ私が触っていいのかしらとちょっと思っているというか」
『呪われた令嬢』だと言われていた私は、生き物に触ることもほとんどしてこなかった。うつるのではないかと言われていたのもあるし、外に出て生き物と接することも全くなかったから。
「大丈夫だ」
マヌにそう言われて、恐る恐る手を伸ばす。なでてみる。……受け入れてくれているみたいで、なんだか少し嬉しかった。
私が動物と触れ合うことがあるなんて考えてもいなかった。だから不思議な気持ちになりながら撫で続ける。……こんなに嫌がりもせず、気持ちよさそうに撫でられているのを見ると生き物って可愛いって思った。
しばらく夢中になって撫でていたら、マヌからなんだか生暖かい目で見られて慌てて離した。
マヌがまず最初に馬に乗る。私は土台を借りて自力で乗ろうとして難しかった。マヌが手を引いてくれて私を馬の上へと乗せてくれた。
マヌの前にすっぽりとおさまる形で包まれる。私は横向きで座っている状態なのだけど、なんだか全身でマヌを感じると恥ずかしい。
しかもなんだろう、馬の上って思ったよりも高いわ。少しだけひるんでしまいそうなそんな気持ちになる。
「ニア、怖いか?」
「えっと、思ったよりも高かったから。ちょっとだけ」
素直にそう言ったら、マヌが笑う。
「大丈夫だ。ゆっくり走らせるし、俺はニアを落とさないからな」
「ええ」
「俺はニアを落とすことなんてしないからな」
「ええ」
マヌは私を落とすことはしないだろうってそういう信頼感はある。だから私は当たり前みたいにマヌの言葉に頷いた。
それにしてもこんなに私が誰かを信頼して、誰かに身をゆだねるのも……なんだかやっぱり不思議な気持ちになった。