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「ありがとう、ニア」





「……一応出来たわね」



 私の目の前には、少しだけ歪なドラゴンの形の刺繍がされたハンカチがある。

 ……私が刺繍したものなのだけど、下手ね。


 マヌの職場に顔を出した数日後、ようやく……本当にようやくマヌにプレゼントするために縫っていたハンカチへの刺繍が完成した。


 こんなにうまくできなかったもの、マヌは喜ぶかしら。そう思ってじっと、自分の刺繍したハンカチを見る。





「……へたくそすぎるわ」

「大丈夫ですよ、奥様。そんな顔をしなくても。だって旦那様は奥様のことが大好きですから」

「だ、大好きって……。私とマヌは政略結婚だからそういうのではないわ」

「いえ、大好きですよ。奥様も旦那様のことが大好きですよね?」

「……なっ、そ、そんなことはないわ!!」



 侍女に言われた言葉を慌てて否定する。

 マヌのことはその、嫌いではないわ。一緒にいると心地よいし、私のことを受け入れてくれるし。

 ……私のことを大切にしてくれるし。でも大好きってわけではない。


 でも侍女に言われた言葉に私は顔を赤くしてしまっていて、なんだかこれだと図星みたいじゃないって、そんな恥ずかしい気持ちになる。


 それにしても本当にこんなに歪な形の刺繍を喜んでくれるかしら。



 私はやっぱりそんな風に思ってしまう。無理して喜んではほしくない。でもがっかりされるのは嫌だなってそんな気持ちになる。

 


 その日はマヌが帰ってくるまでずっと柄にもなく緊張していた。

 緊張しすぎて変な態度ばかり私はしていて、使用人たちからほほえましい目で見られた。もう本当に恥ずかしい!!






「ニア、ただいま」

「おかえりなさい、マヌ」



 マヌが帰ってきて、なんだかマヌと目を合わせることなど出来なかった。なんだかこんな風に自分が刺繍したハンカチを渡すだけなのに……、私はなんでこんなに緊張しているのだろうか。

 本当にたったそれだけのことなのに。


 ……マヌに自分で刺繍をして、自分の意思で渡そうとしているからかしら。それとも私がマヌに嫌われたくないと、そんな風に思っているからかもしれない。





「ニア、どうした?」

「……な、なんでもない」



 渡そう、渡そうってずっとそう思っていたのに私は急に躊躇してしまう。

 こんなに挙動不審になって、それで歪な刺繍のハンカチを渡そうとしている。たったそれだけなのに――どうしてこんなに緊張してしまうのだろうか。



「なんでもないってことはないだろう?」



 ぐいっと、マヌが顔を近づけてくる。

 本当に、マヌは全然近づくのもためらわない。私が『呪われた令嬢』でもマヌは本当に気にしないわよね。




「旦那様、奥様は旦那様にプレゼントがあるんですよ」


 ……渡すのをやめてしまおうかしら、なんて思っていたのに侍女の一人がはっきりとそう言い切ってしまった。



 マヌの目が輝いた。

 私からのプレゼントを渡されるというだけでにこにこしている。




「えっと……」



 私は何だかもじもじしてしまう。

 マヌは私のことをにこにこしながら見ている。

 じっと見つめられ、私は落ち着かないままなんとかおずおずとハンカチを渡す。







「あのね、マヌ。ハンカチに刺繍をしたの。その、凄くへたくそなのだけど。マヌがドラゴンが好きだって言っていたでしょう。だから、これ、あげるわ」



 私はそう言って差し出した後、恥ずかしくなってそっぽを向いてしまう。

 だってマヌの顔を見るのが、なんだか落ち着かなくて。


 マヌはどういう顔をするのだろうか。どういう態度をするのだろうか。


 そう思っていると、急に抱きしめられた。




「ありがとう、ニア」

「……ななな、なんで抱きしめるの!」

「嬉しいから。ありがとう、ニア。凄く嬉しい」



 周りに人が沢山いるのに、どうして抱きしめるのよと思ってしまう。

 若い侍女たちがきゃっきゃっと騒いでいる声がする。



「で、でも凄くへたくそだわ。こ、こんなの持ち歩いて恥ずかしくない?」

「そんなわけないだろう? ニアが一生懸命縫ってくれたものを恥ずかしいなんて言うやつがいれば俺は許さないぞ」



 そんなことを抱きしめられたままはっきりと言われた。



 本当に心から喜んでくれていることが分かって、私はほっとした。って、違う違う。こんな人前で抱きしめられるのは恥ずかしいわ。



 慌てて離してもらうように言ったら、マヌは私のことを離してくれた。




「……折角刺繍したから、良かったら使ってね、マヌ」

「もちろん、毎日持ってく」

「いえ、ちゃんと洗わなきゃだめよ。……マヌが、欲しいっていうならあと何枚か、ハンカチに刺繍してあげる」


 流石に一つのハンカチを毎日持ち歩くのもなと思って、私はそう提案する。ちょっと小さな声になったのは、こんな歪な刺繍はどうなんだろうって思ったから。



 でもマヌは、「もちろん、欲しい!!」と嬉しそうな笑みを浮かべていた。



 その笑みを見ていると私はへたくそでも刺繍をしてみようと思うのだった。




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