「もっと調べてみよう」
今日はマヌが昔からお世話になっているお医者様がやってくる日である。
マヌはわざわざ仕事を休んでくれた。……わざわざ休まなくていいっていったのに、私がお医者様に診てもらうのを不安に思っていることを察したらしい。マヌは何も考えていないような能天気さなのに、なんだか私のことをよく見ていて私のことを心配してくれているみたい。
……『呪われた令嬢』だというその一面ばかりが前面に出ていて、そればかり私は言われてきて。
私がどういう性格で、どういう人間なのかとか気にする人なんて全然いなかったのに。マヌはそういうところも気にしてくれている。私自身のことを見ている感じがして、ちょっとむず痒い気持ちになった。
まだ、刺繍は完成していない。
……そもそもなんだか完成しても、改めてプレゼントをするのなんて恥ずかしくて中々出来ないかもしれないけれど。
「君が、マヌエトロの奥さんか。俺はスレイガ。よろしく」
そう言ってにこやかに笑うお医者様は、今まで私が会ったことのあるお医者様とは雰囲気がなんだか違った。
少し軽薄そうな雰囲気で、ちゃらちゃらした感じの茶髪の男性。スレイガと名乗ったその人は、マヌとは友人関係でもあるらしい。スレイガさんの方が年上みたいだけどね。
嫌な顔一つせずに、私のことを診てくれた。
マヌは私のことを心配しているからか、その間ずっとそばにいたのよね。スレイガさんに「邪魔だ」みたいに言われていたけれど、ずっとそばにいた。
「……うーん、分からないな」
だけどやっぱり診てもらっても原因は分からなかったらしい。
やっぱりそういうものよね。私の呪いの正体が簡単に分かるはずなどない。
そう思ってあきらめたように息を吐く。
「そうか。やっぱりすぐには分からないか。でも調べてもらうことは出来るか?」
「もちろん。ただこれは……、ただ普通の病気ではないと思う。そもそも身体の表面にこういった症状が出ているだけで、実際に体調不良が起きているわけではないようだからな。別の何かが原因なのかもしれないな」
普通の病気ではないなどと、スレイガさんは口にしていた。
やっぱり呪いなのかしら? そんなことを考える。……それにしても今まで私のことを診ていたお医者様は私に触れることを嫌がっていた。そして原因は分からないといって去って行ってそれだけだった。
でもスレイガさんも、マヌも……分からないで終わろうとしていないのだ。
今は分からないけれど、もっと調べてみればいいとそんな風に前向きに考えている。ずっと原因の分からなかった私の『呪い』と呼ばれるこの症状は、本当によく分からないものなのに。
スレイガさんがこうやって私に好意的に接してくれているのは、私がマヌの奥さんだからだろう。見た限り、スレイガさんはマヌのことをとても大切な友人だと思っているようだから。
「何かしら似たような事象がないか、文献などを読んでみる」
それだけ言って、スレイガさんは去っていった。
「ニア。もっと調べてみよう」
「……そんな簡単にはきっと分からないわ」
「長くなってもその時はその時だからな。あいつも信頼が出来るやつだから、きっと見つけてくれるはずだ」
「マヌは、スレイガさんと仲が良いのね」
「昔からの付き合いだからな!!」
マヌは元気よくそう答えた。
……マヌは私と違って社交的というか、明るくて色んな人と仲良くなっているイメージがある。
『呪われた令嬢』である私にもこれだけ好意的に接してくれるような人だから。
私の知らないところで、マヌが親しくしている人って沢山いるのだろうな。
スレイガさんと会って、そんなことを思った。って、なんだかこれ……、私が知らないマヌがいるのが嫌だって思っているみたいだわ。
でもきっとマヌの世界って、私の限られた世界よりもずっとずっと……広いのよね。
「ニア、どうした?」
「……マヌの仲良くしている人と、会ってみたいって思っただけよ。きっとマヌのことだから沢山人と仲良くしてそうだから」
「幾らでも紹介するぞ! 俺の可愛い奥さんだからな」
マヌは躊躇いもせずにそう言って、私がこういう風に『呪われた令嬢』としての見た目を持っていても全く気にしない。こういうマヌだから、私はほだされてきているんだろうなと思った。
「ニア、今度俺の職場にも来ないか?」
「マヌの職場に?」
「ああ。結構、奥さんとかが差し入れ持ってきたりとかするんだ。俺はニアが差し入れ持ってきてくれたら嬉しい。それにあいつらにもニアのこと、紹介したいし」
「……そうね。行ってもいいわ」
大多数の人がいる場所に行くなら、私の見た目を嫌がる人もいるかもしれない。実家にいた頃のような視線を向けられるかもしれない。
でもマヌが来てほしいといってくれるから。それに私も、マヌの世界をもっと知りたいと思うから。
だから差し入れを準備して、マヌの職場に行ってみようと思った。
……本当にこんなことを思うようになるなんて、結婚してからの自分の変化に驚いてならない。