「一回、診てもらおう」
私は絵本を読んだり、刺繍をしたりしながら過ごしている。
マヌは時々帰りが遅いけれど、大体すぐに帰ってきてくれる。
――ニアが待っているからな。
そんなことを当たり前みたいに言って、私に向かってマヌは笑いかけてくれる。
そういう笑みを見ると、この穏やかな日々を実感すると……自分が『呪われた令嬢』なんて言われていたのがずっと昔の事のように感じる。
だけど現に今も私の身体には黒いブツブツがある。マヌは、私のことを気味悪がらないけれど、やっぱり私は呪われているままだ。
幸いにも、誰かにこれが移ることはないけれど……、私にべたべた触れているマヌに一番移ってしまいそうな気がする。
「ねぇ、マヌ。マヌに同じようにブツブツが出来たらどうするの? 貴方、私のこと、その、凄く触ってくるけれど」
「移らないって聞いているからな。それに別にできても気になっらない。ニアとおそろいになるだけだしな」
「もう……貴方はそんなことばかり言って……」
「照れていてニアは可愛いな」
思わずそっぽを向いたらマヌは私の頬に手で触れる。
マヌは本当に、私にべたべた触る。いつも、楽しそうに触れて、私に触れるのがまるで楽しいみたいた。
「なぁ、ニア。一回、診てもらおう」
「診てもらうって?」
「医者とか、専門家とかに。ニアが気になるなら、ちゃんと原因を特定した方がいいだろう?」
「でも……私の呪いの正体、実家でもわからなかったのよ?」
私の身体の異変を、両親は原因を調べようとしていた。私がこの状況では気味が悪いからと。そしてそんな不気味な子が自分の子供であることが、許せないからと。
だからこそ、私を医者に見せていた。
だけど、実家が探してきた医者が診ても私の呪いの正体は分からなかった。
その医者は両親が昔からお世話になっているお医者様で、そのお医者様が原因が分からないなんてと両親は呪いだというようになった。また渋々他の医者に診てもらったこともあるけれど、結局原因不明だった。
私を診たお医者様たちも私の身体のブツブツを気味悪がっていた。
何か神様に嫌われるような悪いことを前世にでも犯しているのではないか――、そんな風にだって言われたことがあった。
「その時に分からなかったとしても、原因は何かしらあるはずだぞ」
「……呪いだったらどうしようもないじゃない」
「呪いなわけないだろう。ちゃんと診てもらおう」
私のことを診たお医者様だって、私のことを嫌がっていた。またそういう目に遭うかと思うと、どうせ意味がないし診てもらう必要はないのではないかしら? とそんなことさえも思う。
ただマヌが、まっすぐな目で私のことを見つめてくるので、ついつい頷いてしまった。
「……お医者様が来るのはいいわ。でもお医者様も、私を診るの嫌だと思うわ」
「ちゃんと俺が昔からお世話になっているやつを呼ぶから大丈夫だ。ニアに失礼な態度をしたら怒るからな」
「……ありがとう」
またお医者様に診てもらってもいいかもしれない、なんて思ったのはやっぱりマヌがいるからだなと思う。
私はマヌと出会ってから、徐々に前向きになれている気がする。
マヌの明るさが伝染しているというか……、不思議な気持ちだ。
「診てもらってもどうにもならなかったらどうするのよ?」
「別に分からなかったら分からなかっただろう。あとは別の専門家とか探すとか」
「……凄く長期戦で、私の呪いの原因を調べてくれようとしているのね」
「それはそうだろ。奥さんのことなんだからな」
「……沢山お医者さんを呼んだらお金かからない?」
「かかるだろうが、そのくらいは問題ない!!」
そういう言葉に、全くと思いながらマヌを見る。
短い付き合いでもこの人はこういう人なんだなというのが分かる。マヌはそうやって、何処までも曇りがない人で……、だからこそ多分マヌの周りには優しい人が沢山なのかもしれない。
そんなことを考えながら気づけばくすりっと笑ってしまった。
「笑っているニアは可愛いなぁ」
そしたら可愛いなんて言ってマヌが笑う。
こうやって無意識に笑ってしまうようになったのも、結婚してからだ。
「……マヌは子供が出来て、その子供に私の呪いが引き継がれても気にしない?」
「ニアとの子供なら可愛いだろうなぁ」
「マヌは気にならないかもしれないけれど、私は……、子供が出来て私の呪いを引き継いだらいやだって思うわ。だって私はこの呪いで苦労してきたから」
私は『呪われた令嬢』と言われてきたからこそ、周りから色んなことを言われてきた。
私はそういう態度をされたり、色んなことを言われたりするのは当たり前だと思っていた。けれど、結婚してからはそういうのが当たり前ではなくなった。
だから、……その気が早いかもしれないけれど生まれた子供に受け継がれたら大変な思いをすると思うと嫌だなと思う。
「なら、ちゃんと調べてもらわないとな」
マヌは私の言葉にそう言って、笑うのだった。