「おいしそうに食べてるな」
カフェに来るのも私は初めてで、中に入るときょろきょろしてしまった。マヌがおかしそうに、私に向かって「ニア、落ち着け」と言った。
私は恥ずかしくなって、ちょっと大人しくする。
こういうカフェって皆よく来る場所なのかしら。私にとってこういう場所に来るのも初めての経験で、メニューに書いているものもよく分からない。
実家に居た頃は、残飯のようなものも多かった。
パーティーに最低限出た時だって、置いてあるものをただ食べただけで自分で食べるものを選ぶなんてほとんどなかった。
「ねぇ、マヌ。私、どれがいいか分からないわ」
私はメニュー表を見ても、どれがいいか分からない。
困ったようにマヌを見れば、マヌはにこにこと笑っている。
「俺が選んでいいか?」
「ええ」
「じゃあ、これとかおいしいぞ」
そういいながらマヌが色々と注文してくれる。なんとも慣れたものである。
マヌが頼んでくれたものは、魚介を使った軽食とケーキと、甘い飲み物と……そういうものを頼んでくれた。
「おいしそうに食べてるな」
私がおいしいなと思いながら食事を摂っていると、マヌにそんなことを言われる。
マヌの方を見れば、凄く優しい表情で私を見ていて恥ずかしくなる。
「……おいしいから仕方ないじゃない」
「可愛いな」
「……」
私は無言で食事を摂る。ケーキを口にすると、思わず笑みがこぼれた。
こういうもの、実家だと私は食べさせてもらうことはなかったから。中に果物が入っている? なんだかとっても甘いわ。
生地がふんわりしていて、とってもおいしい。
一気に食べてしまって、他にもどんなものがあるかしら? とはしたないかもしれないけれどメニューを見てしまう。
「もっと食べるか?」
「……ええ。食べたいわ」
「じゃあ、次は――」
そういいながらマヌがまた違う甘味を注文してくれる。マヌも甘いものが好きみたいで同じ物をおいしそうに食べていた。
私は二つ目のケーキを食べ終わると、すっかりお腹いっぱいになっていた。でもおいしかったからもっと食べたいなと思った。けれどもう入らないな……と思っていると、それが顔に出ていたらしい。
「また来よう」
「また、連れてきてくれるの?」
「ああ。このどこにでも幾らでも連れていく。俺は何度でもニアとデートしたいからな」
デートと単語を出されて、急に意識してしまった。そうよね、今日はデートなのよね。
私は今までデートというものとは全く無縁で生きていたけれど、皆こういうデートをしているのかしら?
私とマヌの場合は結婚してからのデートになるから、普通の恋人関係とはまた違うのかもしれないけれど。
「マヌはおいしいところ、沢山知っているの?」
「そうだな。食べることは好きだから、この街のお店ならわかるぞ」
「そうなのね。私も……この街にもっと詳しくなりたいわ」
マヌと結婚したから、この街でこれから生きていくから――、私はこの街のことを知っていきたいなと思った。
その言葉を口にすれば向かいに座るマヌは嬉しそうに笑っている。
「嬉しそうね」
「だってニアがこの街のことを知りたいって言ってくれたから」
「……これからずっとこの街に居るから知りたいのよ」
「ははっ、それは俺とずっと一緒に居てくれるってことだろ? 嬉しいよ、ニア」
またマヌに恥ずかしいことを言われた。本当にその通りなのだけど、それでもやっぱり口にされるとむずむずとした気持ちになる。
「……マヌが、私を捨てない限り私はここにいるわよ」
「じゃあ、ずっと一緒だな!」
マヌは全くためらいもせずにそう言い切った。
本当に心からそう思っているように見える。
その後、私とマヌはカフェから出た。
カフェを後にする時に、店主からお土産として飴をもらった。マヌとは昔からの知り合いらしいその店主の男性は私に向かってにこやかに笑ってくれた。
なんだかこういうお土産をもらうの嬉しいなと思った。私自身があまり外に出るということがなかったから、なんだろう、マヌの行きつけのお店でこういったものをもらえるのが新鮮な気持ちになった。初めての経験で、飴の入った瓶を両手で持って口元が緩んでしまった。
「ニア、手をつなぎたいからそれは使用人に渡してくれ」
「……ええ」
「名残惜しそうだな。ちゃんと帰ったら渡すからな」
「ええ」
折角もらったお土産を手放すのがなんだか惜しい気持ちになったけれど、マヌの言葉に後ろからついてきていた侍女にそれをわたす。
そしてまたマヌと手を繋いで、街を歩く。
私とマヌはその後も色んなお店に行った。
マヌの知り合いのお店では、皆が優しい。私が『呪われた令嬢』だと知っている人もいたみたいだけど、表面上は私に笑みを浮かべていた。
街の子供の中には「『呪われた令嬢』だって聞いた」とか言って色々言ってくる子もいたけれど、マヌに鉄拳を落とされていた。あとその子供は親にも怒られていた。