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「俺の奥さんだぞ」



 私は街に降り立って、思わずきょろきょろと辺りを見回してしまう。


 私はこうして街に出るということがそもそも今までなかった。

 『呪われた令嬢』と呼ばれていた私を街に出すことを両親は望まなかった。


 私が外に出ることを恥だと思っていたのだ。

 私にとって、必要最低限以外は外に出ることもなく、ほとんど屋敷で過ごしていた。


 ……こうやって街に出ることに少なからず私は心が躍っている。

 だって見たことのない景色ばかりが、私の視界に広がっているから。





「ニア、そんな風にきょろきょろしていると人にぶつかるぞ」

「それもそうね。見たことがないものばかりだから、つい……」



 そう口にして、なんだか自分が世間知らずみたいな気持ちになって恥ずかしくなる。

 マヌは私の言葉を聞いて、笑っている。でも馬鹿にしたようなものでは一切なくて、その優しい目で見られると恥ずかしさが増していく。




「ははっ、楽しそうでよかった。逸れないように手をつなぐぞ」




 マヌがそう言って、私に手を差し伸べてくる。

 私は差し伸べられた手に自分から手を重ねることを戸惑った。だけど、確かに逸れてしまったら大変だから……と、理由をつけてその手を取った。

 私が手を重ねたらマヌは嬉しそうに笑っていた。




「ニアは何処に行きたい?」

「……えっと、正直、あんまり分からなくて。自分でこうやって街に出たの、初めてだから」



 貴族の令嬢でもよっぽど箱入り令嬢とか、訳ありとかではなければお忍びで街に出るというのはあるらしい。あとはお忍びじゃなくても街に出ることもあるもの。

 私は本当にずっと与えられた場所で閉じこもって生きていたから。




「じゃあ、色々回るか」

「……ええ」


 それにしても、後ろに侍女や護衛もいるとはいえマヌと一緒に手を繋ぎながら歩いていると結構目立つわね。

 この街の人たちはマヌの顔も知っているみたいで、「あ、マヌエトロ様だ」とか声をかけられていた。


 マヌは街に結構顔を出していたのだろうなというのが窺える。

 ……沢山の人とマヌは関わりあって生きてきたんだろうなと思うと、私とは全く違う生き方をしていて、私と正反対なんだなって思った。


 これだけ注目を浴びていると、不安な気持ちにもなる。

 でも私に対する忌避の視線ではなくて、マヌのことを注目している感じがする。私のことは誰だろう? みたいな視線のように見える。



「ニア、ここに入ろう」

「ここは?」

「衣料店だな。ニアに似合うものを沢山買おう」

「そんなに要らないわよ? 今も十分買ってもらっているし」

「俺が買いたいから。ニアは可愛いから色んなものが似合うと思う」


 満面の笑顔でそんなことを言われる。そしてマヌに手を引かれながらそのお店の中へと入った。


 店員の女性が「いらっしゃいませ。マヌエトロ様」と笑顔で話しかけてくる。

 そして次に「こちらの方はご結婚されたという奥様でしょうか?」と声をかけてくる。




「ああ。俺の奥さんだぞ」

「突然のご結婚で驚きましたが、仲がよさそうで何よりです」


 私とマヌの繋いだ手を見て、にっこりと笑われて恥ずかしい。

 恥ずかしくなって手を離そうとしたら、マヌに掴まれてしまった。



「ニアは可愛いからな」

「マ、マヌ! 私は可愛くないから」

「可愛い奥様ですね!」


 何を言っているのだろうかと慌てて口を開けば、店員の女性にもにこにこと笑われてしまった。



「奥様はどのようなものがお好みですか?」

「……なんでもいいわ」


 正直、好みとかそういうのは考えたこともないのでそう答えた。そうしたら「では、好みのものを見つけましょう」と言われる。

 確かにこのお店には沢山の衣服が溢れている。でもその中から好みのものを探す……って結構難しい。



「ニアは何色が好きだ?」

「色……えっと、あんまり明るくないのがいいかも」

「どうしてだ? 明るい色もニアには似合うと思うぞ。ニアの金色の髪はキラキラしていて、明るいドレスも似合いそうだ」

「……なんでって」



 ……なんで明るい色じゃない方がいいかもって思ったのだろう?

 そんな風に考えてみると、妹がそういう色のドレスを好んで着ていたからかもしれないと思い至った。


 周りから愛されている妹は、太陽のようだとそんな風に言われていた。

 逆に私には黒とか、灰色とか、そういうドレスしか最低限のパーティーに参加する時も用意されてこなかった。



 ――お姉様にはそういうドレスがお似合いよ。


 そんな風に妹にも言われた記憶がある。

 



「奥様にはこういうのも似合うと思います!」

「わぁ……真っ赤ね。それにこれ、胸のところ、結構開きすぎじゃない……?」



 店員の女性が、赤いワンピースを持ってくる。

 ちょっと胸元が開いていて、驚いてしまった。



「似合うと思います!」

「確かに似合いそうだが、他の男からの視線が向けられそうだからダメだな!」

「確かにそうですね。では……こちらの方はどうでしょう? ちょっと清楚な感じのものですが」



 ……私みたいな『呪われた令嬢』にそういう視線を向けてくる人なんていないわよと思いながら、店員の女性に差し出された赤いワンピースを見る。胸元が開いたものの代わりに渡されたものは、同じ赤色だけど、先ほどのものより露出が少ないものだ。腰のところにリボンがついていて少し可愛い感じのもの。


 こんな可愛いもの、私には似合わないと思うのだけど。

 そう思ったけれどマヌと店員の女性、あとは黙ってついてきている侍女たちにも着てほしいという視線を向けられて結局試着してみることになった。







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