遺品の国(下)
その日は雪が降るほどの寒い日だった。部屋の暖炉の火がゆらゆらと揺れ、時折薪の火がパチパチと鳴っている。部屋にはブロンドの髪をした少女と母親が居た。少女の目線まで母親が屈みながら話しかける。
「も~メアリーそんなに穴が開いたぬいぐるみもう捨てたら? お母さんが新しいの買ってあげるから」
「イヤ! この子は私のおともだちだもん」
嫌がるブロンドの少女に母親は少し困ったような顔をしながら言った。
「そんなこと言ったって背中のところ大きく破れてるじゃない、お母さん裁縫苦手なの知ってるでしょう」
「いいもん! メアリー自分でおさいほうするもん」
少女はふん!と顔をそっぽに向いてしまった。それを見た母親は大きな溜息をついた。
「はぁ~。いったい誰に似たんだか」
呆れながら母親は台所へ戻っていく。少女は猫のぬいぐるみの頭を優しくなでた後こういった。
「私がぜったい治してあげるからね」
そう言って少女はネコのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
チクチクと背中が縫い合わされていく。あっという間に裁縫が終わりウサギ達のもとへ返されたネコ。その顔は酷く疲れ切っていた。何故なら裁縫中ずっとハリネズミのマシンガントークを聞かされていたからだ。その甲斐あってか背中の穴は綺麗に塞がれていた。赤い糸はそのままで。
ネコ達が店から出る。すると後を追ってハリネズミがやって来た。そしてネコ達に向かって深くお辞儀をしてこう言った。
「ご利用いただきありがとうございました」
その姿にネコ達はなんだか温かい気持ちになった。
大通りに出てウサギとネコは友達を探す手立てを話し合っていた。ふとネコはある店の前で足が止まった。
【子ギツネ印のポップコーン】
看板にはそう書いてあった。ネコがその店の前で足を止めていることに気が付いたのかウサギが聞いた。
「ポップコーンが気になるのかい?」
ネコはまた紙を取り出し、たどたどしい幼稚な文字でこう書いた。
『友達、ポップコーン、好き』
ネコは昔映画を見ながら友達がよくポップコーンを食していたことを思い出す。よく動物達が追いかけっこをしている映画をよく見ていたっけとネコは思い出していた。
もしかするとこのポップコーンをあの子にあげたら喜ぶかなとネコは考えた。
そう思いネコは必死に子ギツネ達にゼスチャ-をする。
商売上手な子ギツネ達はそれに気が付き、店の奥から何匹もの子ギツネ達がせっせと大きなとうもろこしを運んできた。それをもう一組の子ギツネ達がやってきてものすごい速さでとうもろこしから粒を外していく。時折店の外まで粒がポ-ンと飛び転がってしまうほどである。そして取れた粒を大きなフライパンにカラカラっと流し入れガラスでできた蓋をカパッと被せる。コンロに火を入れると青い火がゆらゆらとフライパンを温めていく。
しばらくするとフライパンからぱちぱちという音がしてきた。すると子ギツネ達は動きを止め耳を立てる。破裂音が鳴った瞬間子ギツネ達が一斉に‘‘コ-ン``と鳴き小さく飛び跳ねた。フライパンを開けるとそこには隙間が見えないほどのポップコーンが詰まっていた。ほんのり甘く芳しい香りが辺り一面に広がる。
子ギツネたちは出来立てほやほやのポップコーンを赤い縞模様が付いたバケツサイズの紙コップに流しこんでゆく。入れていたポップコーンが転がり落ちて当たってしまうのか時折熱っという表情をして手をぶんぶん振って冷やしていた。
そして出来立てほやほやのポップコーンをネコ、ウサギ、ペンギンに手渡してゆく。ネコは入れ物から人肌ほどの温かさを感じた。
すかさずペンギンは大口を開けバケツサイズのポップコーンを飲むように食べていた。その姿はさながら鯨のようであった。一口でバケツサイズのポップコーンを平らげてしまう。そして大きなげっぷと共にまだまだ食い足りないという顔でネコやウサギのポップコーンを狙っていた。ネコがあげないよという表情をしてポップコーンを隠すように手に持つとペンギンは手を口に咥えながら半目で恨めしそうに見ていた。
ネコはポップコーン店に貼ってあったポスターが目に留まった。それにはカラスが印刷され、でかでかと忘れ物探しますと書かれていた。ポスターにはその場所までの地図も書かれている。するとウサギも隣からひょいと顔を出しポスターを見た。
「確か其処って噂ではとても腕が良い探し物屋さんだよ。僕の知り合いが鍵を探してもらった時にすぐに見つかったんだって。それでねこのポスターの面白いところは本当に困っている物達にしか見えないんだよ」
ネコはきっとここが友達を探す大きな手がかりになる思いネコはこの地図に書かれた場所に行くことにした。
しかしその目的地までの道のりは長かった。歩いていても歩いていても見えるのは木の緑ばかり。暇に耐え切れずにウサギがネコに話しかけた。
「そういえば君の過去の話聞いたことないな~。君と友達はどうやって知り合ったの?」
ウサギの目は好奇心であふれていた。
『クリスマス、自分、プレゼントだった』
ネコはそうやって紙に書きウサギに見せる。
少し昔の話。雪がしんしんと降る日であった。町はクリスマスの赤と緑に飾り付けられている。猫はそれを店内からただただ眺めていた。隣にいた熊のぬいぐるみたちは昨日まではいたはずが今日にはみんないなくなってしまっている。猫は自分がこのまま売れ残ることが薄々分かっていた。顔は半笑いで気味が悪い顔。この間も小さな女の子が猫を見て泣き崩れてしまった。
そろそろ時間も遅いし客も来ないので店主が店を閉めようとしたとき家族ずれがやって来た。背の高い黒い髪をした男性が店主に聞く。
「すみません。まだおもちゃ屋さん開けてらっしゃいますか?」
すると店主はかすれた声でこう言った。
「今、丁度閉めようかと思っていたところでな。まだ開いとるよ」
それを聞いた少女は嬉しそうに店内へ走って行った。その後ろから母親が「メアリ-お店で走っちゃいけませんよ」と少女を注意する声がする。
猫はきっとあの子も可愛い熊のぬいぐるみを持って帰るのであろうと思っていた。少女が猫の前を走り去る。すると不思議なことに少女は猫が置いてある棚に後戻りし立ち止まった。じっと少女が猫の目を見つめる。そのことに気が付いた母親が少女に話しかける。
「メアリーどれにするか決まったの?」
メアリーと呼ばれた少女はうん!と大きく頷いた。
「私この子にする」
そう言って少女は猫のぬいぐるみをひょいと持ち上げた。不思議に思った母親がどうしてその子にしたのと少女に聞く。
「だってこの子かわいいんだもん」
母親は少し顔が引きつっていたが少女の選んだ猫を否定することはなかった。
そして雪が降るなか猫は少女に抱えられながらと帰ることになった。新しい家族の家へ。
ところが帰り道で悲劇が起こる。少女が転んでしまい手に持っていた猫が宙を舞い泥に落ちてしまう。猫は新しい家族生活の一日目は物干し竿に吊るされることになった。
ウサギは相槌を打ち、時には笑いながら話を聞いていた。
「へ~そうだったんだ。もしかしてその鞄は友達に貰ったものなの?」
ネコはうんと首を縦に振る。そして大事そうに鞄を触る。その顔はとても穏やかであった。その顔に釣られて優しい顔をしたウサギが言う。
「君はとても良い友達に出会えたんだね」
ネコは自慢の友達だものと言う様に喜んだ。
地図をたどりながらネコ達は進んでゆく。目的地に着くと其処は墓地であった。とても寂れた場所であったが近くの看板には【忘れ物屋】の文字がある。
墓地を中心に大きな木があり、その木の幹には小さな小屋があった。赤い屋根に乳白色の壁をしている。
ウサギが呼びかけると中から機械仕掛けのカラスが出くる。カラスは寝惚け眼でこういった。
「うっかりさんが来たのかい?」
ウサギは首を縦に振った。
カラスはバサァと羽音を立てながら降り、そして手慣れた手つきで木の根元に置いてあった大きな濡羽色の棺桶を開ける。中には色とりどりの花々が詰められていた。白い百合の花に青いカーネーション、赤色のスプレーマムなどの花が入っている。
カラスは棺桶の中に手を突っ込みあるモノを取り出してきた。それはネコたちよりも大きい鏡であった。
楕円の形をしており、それを囲むように美しい金の装飾が付いている。手入れが行き届いているのか鏡には一切の傷も埃も付いていなかった。
「これはあんたらの探し物を映す鏡だ」
そこにはネコ達が映るのみであった。それを見たネコは本当にそれで探し物が見つかるの?と思った。カラスはネコに半信半疑の目を見けられていることが分りこう言う。
「ネコのぬいぐるみがオレを疑っていることはよ~く分かった。なら先にあんたの連れの探し物を先に探してみるかい?」
そういってカラスはウサギを鏡の前に立たせた。
カラスはウサギに対して何を探しているかと聞いた。
「骨董品の写真集」
そうウサギがつぶやくと鏡がウサギ達を映さなくなった。すると書斎の様な部屋が映し出されてゆく。それはまるで鏡がスクリ-ンとなって映画を上映しているようであった。
書斎の机には深緑色の本が置いてあった。ウサギはそれを手に持ちぺらぺらとペ-ジを捲っている。すると書斎の外からウサギを呼ぶ声がする。は-いとウサギが返事をし、扉を開け書斎を出てゆく。
此処までの行動をウサギは覚えていた。問題はここからだった。違う部屋からペンギンが書斎に入ってきたのだ。すかさずペンギンは机の上の本に興味を示す。次の瞬間その本を飲み込んでしまった。映像はここで途切れる。
それを見たウサギがあっと声を上げペンギンを見る。ペンギンはあたかも食べてませんと言うように明後日の方を見る。
「ペンギン~!」
ウサギの顔には怒りの色が滲んでいた。逃げようとするペンギンを捕まえるウサギ。暴れるペンギンの口にウサギは手を突っ込み中を漁った。ウサギは探している本によく似た手触りを感じた瞬間それを引っこ抜いた。勢い余ってウサギは後ろに曲線を描きながら転ぶ。その手には深緑色の本が握られていた。
一連の流れを見ていたカラスがネコに向かって本当に探し物見つかっただろうという顔をする。言い換えれば勝ち誇った腹の立つ顔であった。
気を取り直しカラスは今度はネコに鏡の前に立つように促す。すると今までネコ達を映していた鏡がいきなり黒くなり何も映らなくなった。カラスが難しい顔をする。その顔は、まるでこの後起こることを悟っている顔であった。
鏡が教会であろう場所を映し出した。
烏のように真っ黒い服を着た大人たちが何かを取り囲むように並んでいた。こそこそと何かを話している。白髪交じりの老婆が言う。
「まさか私が死ぬより先に孫の死に顔を見ることになるなんてね……」
老婆の涙を拭いながら隣にいた壮年の女性が言う。
「あの子生まれつき心臓が弱かったんですもの。それでもお医者様に言われていた寿命よりも一年長く生きられたんですよ」
その中心にあったのは棺桶であった。中には白い服を着たまだ幼い少女が横たわっている。まるで春の日向で眠っているような顔をしていた。その懐には見覚えのある猫のぬいぐるみが置かれている。その光景は誰かの葬儀のようであった。
ネコはその横たわっている少女から目が離せなかった。ウサギが辛そうな表情で言葉に詰まりながら言う。
「まさか、こんなことって」
それを聞いたカラスまでもが暗い顔で言った。
「ネコのぬいぐるみが探している友達はもう違う国に逝ってしまった。ってことになるなこれは……」
ネコは信じられなかった。いや信じたくなかった。手からポップコーンが落ちる。もう時間がたち冷たくなっていた。ネコの目から大きな飴玉のようなものが落ちてゆく。ころころとそれは転がり落ちていき辺り一面に散らばっていった。
ペンギンが興味津々でそれをガリガリと食べた。その瞬間しょっぱいという表情をする。ヒリヒリするのだろうか舌を出し飛び跳ねていた。
ウサギは何かを言おうとした。しかし言葉を飲み込みただただネコの背中を撫で慰めるのみであった。
カラスはゆっくりと鏡を丁寧に片づけてゆく。そして改まった言葉遣いでこう言った。
「この度は誠にご愁傷様でした。そしてようこそ遺品の国へ——」
もし人間たちが天の国へ旅立つのであればきっと物たちはこの国へとやってくるのだろう。人々に忘れ去られるまでの刹那の地。
——其処はとても遠く、限りなく近い国であった。