笑顔の歌
とある舞台のオーディション会場で、二人は出会った。
オーディションが終わると、携帯が鳴った。
「だからなあ、そんなことなくって」
電話で話しているのは岩男というあだ名で呼ばれている近藤笑太だった。
電話が切れた。
「どうしたの? こんなところで電話なんて」
女の子がおじさんに話しかける。
「いや、何でも無い」
岩男もとい笑太は笑って答えたが、その目は悲しそうだった。
「君さあ」
「私は如月呉美小学校5年生」
呉美が答えると、笑太は遠くを見ながら言葉を紡いだ。
「おじさんは、大事な人を守るために手放さなければいけない気持ちを伝えるには何をすれば良いか分からないんだ」
呉美は首をかしげてから言った。
「おじさんは、もとは歌手でしょ? 歌えば良いじゃない」
「そっか、そうだな……」
笑太は早速何かメロディーを口ずさみながら会場を出て行った。
「大人って難しいのね」
呉美は台本をカバンにしまって、事務所に戻っていった。