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掃除

「「ごちそうさまでした」」


「天狐、食器を洗い終えたら掃除をする。付き合え」


「掃除? なんだそれは」


「ふむ、お前が小屋で過ごしていた時、中に入った土や埃をそのままにしておったのか?」


「……あぁ……汚い物は我の力で燃やし尽くしておったぞ。その方が楽故な」


「……そうか。なんとも羨ましい力よ。そうだな……では着物や布団はどうしておった? 燃やすわけにはゆくまいよ」


「かつて遠くから人を眺めていたことがある。人は布団を日に当て、着物は洗っていた。我はその真似をした」


「なるほどな。ならば今日はワシの真似をせよ。人を知るため付き合え。よいな?」


「わかった」


……………


「さて、これよりワシらは掃除をするわけだが、掃除という言葉の意味はわかるか?」


「わからぬ」


「天狐、せめて考えるふりをせよ。よいか、もう一度考えよ」


「そうじ……そうじ……まるで意味がわからぬ」


「言葉は違えど燃やすこともまた通ずることもあろうな。では掃除とは、このように箒を掃き、土や埃を除くことを指す」


「燃やせばよいではないか」


「そうは言うな。できるならば燃やした方が早いとはワシも思うがな。では掃き、除く。この言葉に人はどのような意味を込めたと思う? 考えてみよ」


「そうさな……汚らわしい物を除く……汚らわしい物を掃く。目を背けるためか?」


「汚らわしい物を除く。それは背けるとは言わぬな」


「む……そうか……ふむ……」


「着物を洗っておったのだろう? 着物についた汚れを洗ったらどうなった?」


「汚れは落ちたぞ」


「汚れの落ちた着物はどう見えた?」


「綺麗に見えた」


「綺麗になった着物を見たお前はどう思った?」


「心地よくなったな」


「そうだろう。掃除をするということは、汚れを掃い、汚れを除き、清めるということ。清めるというのは悪い物を祓う意味が込められている。穢れた場所には良い物は来ぬ。良い物を迎えるため掃除をするのだ」


「人とは一つ一つの行いに意味を持たせるのだな」


「そうだ。生きることは辛いこと。辛いことを楽しむためにはどうすればよいのかを考えた。縁起を担ぐため、良い行いとなることを皆でするのだ」


「その一つが掃除か。住処の汚れを悪い物として掃い、除き、良い物が来るようにと願いを込めた。わかりやすい。道善は話が上手いな」


「わっはっは! それはワシの師であり父であった者の教えが良かったおかげよ。それに天狐は頭が良い。頭の悪かったワシを懸命に育てた父より楽ができそうだ」


「ふふん! 我の頭が良いのは当然ことよ」


「自信があるのも良いことだ。良いことを多く迎えるためにも掃除をする。それはわかったな。ではそろそろ他の意味も考えてみるとするか」


「なに? 一つだけではないのか?」


「いただきますとごちそうさまでしたの意味は一つだけではなかったであろう。それと同じことよ」


「……確かにな。そうだな、我は着物を洗い、布団を日に当てたのは心地よくなるからだ。掃除をすることで心地よくなる。正解か?」


「それも掃除をする一つの意味よな。他にはどうだ?」


「ふむ、まだあるのか? ううむ……待て、我ばかり考えるのは癪だ。道善、お前は本当にわかっておるのか? よもや知らぬなどと言うつもりではあるまいな?」


「わっはっはっはっは!! そう来たか。知恵が回るではないか。答えられぬとあらば天狐の信用を失ってしまうな。信用を失えば人の世を教えることができなくなってしまう」


「その通りだ。信のおけぬ者の言など聞く気にはならぬ。例え生殺与奪を握られていようともな」


「では信用を失わぬためにワシの出した答えを言おう。これからワシと天狐は少なくとも一月はこの寺で世話になる。住処が汚れていれば居心地も悪くなる。それを避けるための掃除よ。そして、掃除をしながらワシと天狐を住まわせてくれてありがとうと礼をして、ワシと天狐を雨風から凌ぎ、安らぎを与えてくれるこの世話となる寺にこれからよろしくと願うのだ。この寺を建てた者達への感謝もまた大事よ」


「願いと感謝か」


「あぁ。この寺がなければワシらは空き家を探さねばならんかったかもしれん」


「我の小屋があったであろう」


「あの狭い小屋で二人で生活するのか? ワシは構わんが、天狐は良いのか?」


「……聞かなかったことにしてくれ」


「そうならずに済んだのもこの寺のおかげよな。では掃除をしよう。天狐は己が何物なのかを知ることができますようにと願えばよい」


「わかった。では燃やせばよいのか?」


「待て、一から教えなおした方がよいか?」


「冗談よ。掃除のやり方を教えてくれ」


「ワシには冗談に聞こえなかったが……まぁよい。まずははたき持て、埃は上から下に落ちていく物だからな」


「冗談の通じぬ男はモテぬぞ? 我が手ほどきでもしてやろうか?」


「ぬかしおる。ワシはモテる男よ」


「……ハッ……寝言は寝て言うものだぞ? 道善」


「天狐よ、どうやらお前の目は節穴のようだな? 目を洗い、清めることを父として勧めよう」


「自惚れが過ぎる道善には治す薬はないようだ。荒療治となるが女を口説き、その事実でもって現実を見るがよい」


「まったく……これでは話が終わらぬ。掃除が先よ。話は掃除を終えた後でよい」


「そうするとしようか」

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