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親子の誓い

「ん……朝か……今の我は何物でもないのか……ふぅ……。おや? この匂いは――」


……………


「起きたか、おはよう。寺に着いてから、1日休みを入れて正解だったな。無理はしておらんな?」


「ふん、貴様に心配されるほど我は弱くはない」


「そうか。ならばよい。よしできた。すぐに朝飯にしよう」


「それはなんだ?」


「昨日お前が寝てる間に麓の村で買っておいた麦飯と山菜の味噌汁に漬物よ。お前の口に合えばいいがな」


―――――


「ではいただくとしよう。いただきます」


「くく、我が貴様の手料理を評してやろう」


「生意気な奴よ――ふむ、旅はそれなりに長かったからな。腕が落ちたかと心配したが、大丈夫だな。味はどうだ?」


「――まぁ、食べれなくはないな」


「昨日1日寝込んでおったのだ。空きっ腹のはずよ、強がるな。素直にうまいと言え。お前が今まで何を食って生きてきたのかは知らんが、人の世の食の営みを経験するのは初めてであろう?」


「――ふん」


「素直になれんか。先が思いやられるわ」


「…………」


「どうした?」


「もっと寄越せ」


「わっはっはっはっは! やはりうまいのだな? わがままなお前のためにワシがおかわりを装ってやろう」


「……ふん!」


……………


「我を呼びつけるとはいい度胸よ。それで? 我に話とはなんのようだ」


「…………」


「聞いておるのか!?」


「……聞こえておるとも。真剣な話をするのでな。頭の中で考え事をしておった。長話になるやもしれん。そこに座れ」


「必要ない」


「目を見て話す。そこに座れ」


「――ふぅ。これでよいか?」


「それでいい。お前と共に寺を訪れ、1日休みを取った。体はどうだ? 無理しておらんな?」


「朝飯時にも言うたぞ。我は弱くない」


「わかった。もう聞かん。朝飯を食べ、腹も休まった。ではこれからの話をする。よいな」


「あぁ」


「お前はこれからワシの元で人の世を学ぶ。そして、人の世の中で生きていくために多くのことを身につけてもらう。人の世で生きる初日となる今日。ワシはお前を養子として引き取る」


「なぜ我が貴様ののことならねばならぬ。その必要は何一つない!」


「お前を養子として引き取るのは、お前にとっても、ワシにとっても重要なこと。お前とワシを繋ぐ、それは人の世とお前を繋ぐことでもある。お前はワシよりも長く生きていることだろう。だが、お前は何物でもない。この世であっても、人の世であっても赤子同然。その赤子をワシが人の世で育てると決めた。親が子を育てるのは覚悟がいる。半端な覚悟でお前を育てようなら、お前は再び迷い、正道から外れてしまうかもしれぬ。養子を取るのはワシが人の親として、赤子であるお前を育てる覚悟を決めるための儀。そして、お前が人の世で生きる覚悟を決めるための儀」


「…………」


「ワシがこの世を去るまでワシの元にいろと言うわけではない。生殺与奪を握り、お前を引き取り寺に連れてきたのだ。せめて一月はここにいろ。合わぬと思ったのなら一月後に去ればよい」


「……いいだろう。気に食わぬ気持ちもあるが、貴様の養子になってやろう」


「ふっ、それでいい。人の世で生きてみると決めたのだ、誓いの儀を行うよりも先に大事なことをやる」


「なんだそれは?」


「親が子を産んだ時、一番最初にやること――名付けだ!」


「……名付け」


「そう。名付けだ。それともお前は己で名をつけたのか?」


「いや……ない。我は――何物でもない。故に名無しだ」


「ならば名を授けよう。お前が来るまで名を考えておったのだ。気に入ってくれるとよいがな」


「一応聞いてやろう。ふざけた名前なら首を刎ねてやろう」


「怒らせるような名を授かるつもりはない。よく聞け。お前と争ったあの夜。お前はワシにもう一つの姿を見せた。白き毛並みと9つの尾。月に照らされたその姿は争いの中でも見惚れるほど神々しいと感じる姿であった。言い伝えに聞く、天の狐のようにな。故に、ワシはお前に天狐の名を授ける」


「……ふむ……天狐……天狐……まぁ、悪くはない。首を刎ねるのはやめておいてやろう」


「そうか。ならば今日からお前の名は天狐だ。今後は天狐と名乗るがよい。それともう一つ教えねばな。道善。今日からお前の父となり、人の世を教える師となるワシの名だ」


「……道善……それが貴様の名か」


「そうだ。今後は貴様と呼ばず、道善と呼べ。ワシもお前と呼ばず、天狐と呼ぼう」


「よかろう」


「名を授け終えた。次は儀を執り行う。と言うても誓いを立てるだけだがな。よいか?」


「あぁ、構わぬ」


「では――ワシは今日この時より天狐を養子として引き取り、育てることを誓う」


「……何を言えばよいのだ? 我にはわからぬ」


「天狐がワシの養子となり、ワシを父として認めるなら誓いを立てればよい」


「――わかった……わ、我は今日この時より……道善を父と認め、人の世を学ぶことを――誓おう……これてよいのか?」


「あぁ。互いの在り方を聞き、己の心に誓いを立て、ワシと天狐は今しがた親子となった。天狐よ、天狐が人の世に居続ける限りワシらは親子。ワシが天狐を人の世で生きていけるように精一杯育ててやる」


「人の世が合わぬと感じれば、すぐに出ていくからな」


「構わぬ。だが一月はいてもらうぞ」


「それは道善次第よ」


「いいや、一月の間はどれほど嫌であろうといてもらう。一月経つまでは家出したとみなす。どこへ逃げようとも草かき分けてでも探し出したら帰るから覚悟しておけ」


「今すぐ出て行きたくなったぞ?」


「わっはっはっはっは! やれるものならやってみるがいい。生殺与奪はワシが握っておるのだからな!」


「貴様……癪に触ることを言うな」


「時に我慢することも必要だ。一月くらいは我慢してみせよ。人の世を学ぶのだろう?」


「ふん!」


「今日はここまでとしよう。明日から少しずつ教えていってやる」

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