出会い
「ご馳走さん。旦那、美味かったぞ」
「ヘイ! ありがとうごぜぇやした!」
「はぁ――食ったい食ったい! んでおまんら本当にこねぇつもりか?」
(あれは……さっきの男衆か)
「本気で言ってたんか? 俺あ行かねぇぞ」
「俺んもだ。娶る前だったら付き合っても良かったがな」
「ちっ! ホント付き合い悪くなったもんだな」
「ほどほどにしとけよ? 女遊びも死んじまったらできねぇからな」
「これでも俺んらは心配してんだぞ? 悪いことは言わねぇ、辞めとけ辞めとけ。な?」
「ふん! じゃあな!」
「あ〜あ〜……どうなっても知らねぇぞ!」
「まぁ、ここ2年くれえなーんも無かったんだ。大丈夫だろうよ」
「だといいがね」
(……一度腰落ち着けてから調べたかったんだがなぁ……仕方あるまい。噂話なだけならいいが、もしもということもある。助けられる命を見て見ぬふりをすれば目覚めが悪い。杞憂に終わればいいが)
―――――
「ったく! あいつらホントに行っちまいやがった――まぁいいさ。極楽浄土を味わうのは俺だけでいい。どうせ大方、いい女を独り占めしたい野郎共の中に、うっかり言いふらしちまった大馬鹿もんがいて、それをなんとかするために、妖怪の噂を利用して煙に巻こうとしただけだろうさ。女を見つけて堪能したら自慢してやるわ!」
(……ムキになっておるな。今声をかけても油を注ぐだけか)
「ん? あれは――っ!! やはり俺の考えは正しかったか! あれは女だ! いやしかし近づいてみなければわからんか……だが、遠目でもわかる。あんな女は村にゃあいねぇ」
(――これは)
「おい! おーーーい!」
「……おや? こんな所まで……珍しい」
「おぉ……噂は本当だったか! なんちゅう美人だ!!」
「ふふ……美人とは……嬉しいことを言うてくれるのだな?」
「へ……ヘヘッ! 俺は本当のことを言ったまでよ」
「お前は我の姿を見て怯えたりしないのか?」
「あん? あぁ、狐の耳に尾があるな。だがそれがどうしたと言うのだ。美人の女が趣向を凝らしているだけだろう?」
「そうか。理解を得られ、嬉しい限りよ」
「そうだ。俺は女心をよくわかっているからな」
「して、我に何用か?」
「そりゃあお前……男が女に会いに行く理由なんざ一つしかねぇ」
「ふふ……蜜事か……」
「その通りだ! どうだ? お前さんのお眼鏡に叶いそうか?」
「ふむ……我は最近寂しい思いをしておったのだ……その心をお前は満たしてくれるのか?」
「お前さんを寂しい気持ちにさせるなんざ。男の名折れよ! 俺がお前さんの寂しさを吹き飛ばしてやろう!」
「力強く頼もしい言葉。少しばかりだが、我の気持ちは満たされたぞ。自信を持つ男は好きぞ」
「なに、俺は言葉だけの男ではないぞ。お前さんの全てを満たしてやれる男だ! 試してみろ」
「そこまで言うのなら……ただ……我にも羞恥心がある。我の住む小屋までついてきてほしい」
「ヘヘッ……へへへ……勿論だ」
「……ありがとう。では、我についてきてほしい。よいか?」
「お前さんのために何処へでもついて行こう!」
(間違いない。あの女――妖力を操っておる。だが……)
―――――
「……はぁ……はぁ……お、お前さん! 小屋は何処にあるのだ? もうずいぶんと……はぁ……歩いたはずだぞ」
「もう少しよ。それとももう待てぬのか?」
「……はぁ……はぁ……ちぃとばかし休ませてほしいと思ってな」
「あぁ……慣れぬ道を歩くのは疲れるからか。我を満たしてくれると言った男と出会えたゆえ……少しはしゃいでしまったようだ。許してほしい」
「……ヘヘッ……はぁ……はぁ……構わんさ。はしゃぐ女を見るのもいいもんだからな。それが美人なら尚更よ」
「上手いことを――っ! 小屋まであと少し……もう見えてきておる……我慢できぬか?」
「……はぁ……ふぅ……ここまで来りゃあ、誰かに見られることはねぇさ。外でするのも案外悪くない。もし見られたとしても、見せつけてやるのもなかなか楽しめるかもしれないぞ?」
「……だが……」
「多少の強引さは時に必要だ。それにお前さん、嫌がる素振りをしているだけで、ホントは嫌がってねぇだろう? これも蜜事よ」
「……まぁ……強く求められるのは……嫌いではないぞ? ただ――辛抱強さも時に必要だと思うぞ?」
「いいじゃねぇか……俺とこの時間を楽しもうや……ヘヘッ」
「……困った男……少しだけ……な?」
「こりゃ辛抱ならん!」
「待て!!」
「あ?」
「お主、悪いことは言わん。その女から離れよ」
「おい、俺達は今いいところなんだよ。邪魔するな! ん? お前さん――食事処で見たな。まさか、俺達の話を聞いて、つけてきたのか?」
「そういうことになるな。だがこれはお主のために言っておるのだ。もう一度言う。悪いことは言わんからその女から離れよ」
「俺の後をこそこそとついてきて、噂が本当だったから先を譲れとでも言うつもりか? もしそうなら呆れてものが言えんぞ」
「我もそう思うぞ。堂々としている男の方が我は好みよ」
「そうだろう? お前さん悪いことは言わねぇ、今日のところは出直してきな。ここまで来れたんだ。次の機会に口説くんだな。まぁ俺がこのまま今日中に口説き落とすがな! なんなら見てくか?」
「……我の気持ちは置いてけぼりか? 羞恥心で気が狂ってしまう……」
「先程も言ったろう? 見せつけてやればいいのだ」
「……仕方のない男よな?」
「ふぅ……聞く耳を持たんか。その身の保証はできん。許せ」
「何を言って――」
シャラン
「法術――『解』!」
「はっはっは! お前さん坊さんごっこか? それは錫杖ってやつか? ずいぶん凝ったごっこ遊びだな!」
「――これは――」
「お前さんどうした?」
「…………」
「お主、気付かないのか? お主が歩いてきた道に見えていたものは、ただの獣道。周囲を見てみよ。ワシの言が嘘か真かわかるぞ」
「なにを――なんだここは? お、俺はさっきまで山道を歩いていたはずだ!?――うっ!?――このむせかえるような匂いはなんだ!?」
「これは、多くの血を吸い続けてしまったこの土から出る匂いだ」
「――貴様――」
「お前さん! こ、これはどういう……ま、まさか噂の妖怪!?」
「興が冷めたわ。もう少しで互いにいい気持ちになれたものを……」
「な、なぁお前さん、嘘……だよな? 妖怪じゃあないよな!?」
「もし――我が妖怪だと認めたらお前はどうするつもりなのだ?」
「――ヒッ!!」
「ふふ、先程までの自信は何処へ行った? ずいぶんと情けない男だったのだな?」
「い、いや――俺は!」
「まぁ……情けない男であっても良い。この爪で首を刎ねてやるだけなのだから――な?」
「や!! やめ!!」
シャラン
「法術――『防人』!」
「――ちっ! 貴様、我の邪魔をするな。この首を刎ねてから相手をしてやろう。それまでそこで見ておれ」
「ひ、ひぃ!! 頼む! 助けてくれ!」
「ふぅ――だから言ったのだ。離れろと。そうさな……もう、女遊びを辞めると誓えるか?」
「ももも! もちろんだ!! たたた、頼む!」
「真面目に生きると誓えるか?」
「ち、誓う!! お、女遊びをやめてまともに生きると誓う! だ、だから――」
「まともに生きる必要はないぞ? 我と遊興に耽ようではないか。欲望のままにな?」
「ひぃぃぃ!!」
「させんよ。法術――『防人』! 女。許せ」
「――我の邪魔をするなと言って――っ!?」
「ハッ!!」
「……貴様……」
「た、助かった……お前さん、ホンモンの坊さんだったのか……すまねぇ、助かった……」
「誓いを忘れるなよ。行け。この場にいられては邪魔となる」
「わ、わかった! 生きて帰ってきてくれよ! ちゃんと礼を言わせてくれ!」