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「ふぅ、腹が減った。飯屋にでも立ち寄るとしよう」


―――――


「ヘイらっしゃい! 一名様で?」


「あぁ、頼めるか?」


「もちろんでさぁ! こちらへ、一名様ご案内だ!」


「旦那、どんな飯を出せる?」


「ヘイ! 今日は麓の村で取れた猪肉と山菜の炒めもん、蕎麦、うどん、山菜の味噌煮、天ぷらもありまさぁ、軽いもんなら団子かお握り……こんなもんでさぁ。どうします?」


「なかなかに豊富だな――ふむ、では蕎麦を頼もう」


「蕎麦は10文でさぁ……毎度! ちぃとばかしお待ちくだせぇ!」


―――――


「なぁ、おまんら知ってるか?」


「何をだ?」


「付き合いは長いが、流石にそれだとわからんぞ」


「おっと……そうだな、急ぎ過ぎた。最近よく耳にするようになった山に住む女の話よ」


「あぁ……男を食っちまうとかそんな話だったか?」


「山奥に向かった男衆が帰らぬ人ととなる話だろ? 昔からある噂じゃないか」


「まぁそうなんだけどよ。俺が近頃聞いたのは、化け物やら妖怪やらの話じゃなくて女の話だ。大層美人で、会うことさえできりゃあ極楽浄土に連れてってくれるほど床上手らしい」


「おめぇ、ホントその手の噂話好きよな。ただよ、俺あガキの頃から知ってる話だ」


「あぁ俺んもだ。妖怪に襲われるだとか、化け物に食われるだとか、化け物が女に化けてるだとかいんろいろある。そのうちの一つでしかねぇ。俺んの爺さんが生まれる前からある話だぞ」


「……そうなのか?」


「おめぇ噂好きの癖して案外知らねぇのよな」


「まぁ、元々あった噂話に色つけて楽しむ輩が多いのは確かさな。話好きなら有る事無い事言い合って楽しむもんだろう?」


「おいおい、俺が話は噂話して終わりじゃあねぇ。なぁ、俺達でその女に会いに行ってみねぇか? 噂が本当なら極楽浄土に連れてってくれんだからよ」


「ハァ……そんな話か。その手の話はせめて酒飲みの場でしてくれや」


「全く、噂好きに女好きときたか、俺ん達3人の中で真っ先におっちぬのはお前さんだな」


「おいおいおい……つれねぇなぁ……いつからおまんらそんなに付き合い悪くなったんだ?」


「俺あもう所帯持ちで息子ももう5つになる。女にうつつを抜かすのは終わった。抜かすにしても嫁に相手してもらうさ」


「俺んもだ。お前さんにも言ったろう? 最近嫁さんを娶ったってな。娶って早々裏切るつもりはねぇ」


「か〜!! 義理堅くなりやがって!! どうせ俺はまだまだ独り身よ!! ふん! せっかく誘ってやったってのに……もういいわ! 美人の女を独り占めして自慢してやるからな!」


「全く……おまんの女癖の悪さが治らねぇ限り嫁さん貰えねぇぞ」


「落ち着くまで当分無理だんな。あっちへふらふらこっちへふらふら吹かれるままのお前さんじゃ振り向きすらされんだろう。女はどっしり構える男に惹かれるもんさ。大黒柱にならなきゃあな」


「うるせえ! 余裕ぶっこきやがってよ! お前ら今に見てろよ!」


「「はっはっはっはっは!!」」


―――――


(……ふむ……妖怪、化け物、女……あの男衆の話では確証は得られんな)


「ヘイお待ちどう!」


「おぉ、空いた腹が鳴くほどに美味そうだ」


「期待を裏切るようなもんは出しませんぜ! 美味いもんで腹を満たしてくだせえ!」


「うん! 美味い!」


「ヘヘッ! そうでしょうそうでしょう!」


「ところで旦那。待っている間に男衆の話を耳に入れていてな。少しばかり気になったのだが――」


「あぁ……噂話ですかい?」


「あぁそうだ。訪れたばかりでこの地のことは疎いのだ。少しでも知っておきたくてな。良ければ聞かせてくれぬか?」


「ちょうど落ち着いてきた頃でさあ。構いやしませんよ」


「ならば教えてくれ」


「この地には長いこと坊さんがいないんでさ。それはもうあっしの爺さんのまだ爺さんの子供の頃からってえ聞くくらいにはね。んだから、妖怪の被害も相応に遭っちまってるんでさ」


「ふむ……」


「その妖怪が原因なのかはわからねぇ。いつ頃からか男衆が話してるような噂話が出てくるようになったんでさ。山奥にそれがいて人を襲う。そんな噂がね」


「寺に和尚がいなくとも退治してもらえるよう手紙を出せば良かったのではないのか?」


「……実のところ、そういう願いはたびたび出したらしく、坊さんに来てもらったんですがね? いつの間にか帰らぬ人ととなってるんでさ。麓の村では神隠しとも囁かれるくれぇで」


「なんと……! 真か?」


「ヘイ、そんなこんなで女子供には山奥に入らねぇようにと厳命されてるんでさ。なんで被害に遭うのも山奥に入っていった男衆だけでさ」


「噂話だけではないのか?」


「……2年前くれぇにも数名の村のもんが被害に遭ってるんでさ」


「そうなのか……。どのような状態で見つかったのかわかっているのか?」


「今はお客さんの飯時でさ。あんまりこう言った話は……美味いもんが不味くなっちまう」


「構わん。教えてくれ」


「わかりやした――山奥で見つかる男衆は昔から決まって同じ被害に遭ってるんでさ。はだけた着物に首から上が綺麗ぇに切り落とされてるんでさ。ただの刃物じゃあこうはならねぇって思えるほどにすっぱりと」


「厳命していたとしても、女子供が守らない場合もあろう」


「口にはしねぇで山奥に入る女子供もいるかもしれねぇが、女子供かいなくなったら村総出で探し出すでさ。少なくともあっしは聞いたことねぇでさ」


「そうか――不可思議な話よな」


「ヘェ。だからあの男衆が話してた噂話が広がるんでさ」


(……ふむ……法師が太刀打ちできぬ妖怪ならば、人が暮らせぬほどの被害に遭っていてもおかしくはない……被害に遭うのは男衆だけ……妖怪ではない人外の者の仕業か?)


「……やっぱり……こんな話するべきじゃあ無かった。お客さん、すまねぇでさ」


「ん? あぁ……少しばかり考えに耽っていた。許せ」


「そうですかい?」


「長話に付き合わせてしまったな。悪かった」


「いやいや。気にしねぇでくだせぇ。旅の方が何も知らずに山奥に入っちめぇば、大変でさ。この地を通り抜けるだけなら、妖怪の類の被害に遭うこたぁねぇでさ。気ぃつけてくだせぇ」


「ありがとう。助かったぞ」

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