ふと気付く時
「……朝……か。夜彷徨くことを当然としていた我が、このような朝早くに目覚めるようになるとは……ふぅ……良いことか悪いことかわからぬな」
……………
「……ぁ……ん……おは……よう。道善」
「む? おはよう天狐。朝起き、夜に寝る。習慣が身についてきたな」
「朝早くに薪割りの音が聞こえてくれば目は覚める。否が応にもな」
「わっはっは! それはそうだ。少しずつワシとの暮らしに慣れてきたようでなにより。おはようと声をかけてくれたのは大きな一歩。ワシは嬉しいぞ」
「まぁ……な。これも我が何物か知るため。人の世を学ぶためよ」
「学ぶ意思を持つというのは存外に難しい。天狐の意思がこのまま良き方へ進められるよう、ワシも努力せねばな」
「……おかしな男よ」
「何もおかしいことなどない。親子であり、同じ寺で共に暮らしてあるのだ。当然よ。共に暮らしておるのに互いを認識しないのであれば一人で暮らしておるのと変わらんからな」
「そうか……我はそのようなつもりで言ったのではないが……まぁよい」
「なんだ、違うとな? どのようなつもりで言ったのか、気になるではないか」
「ふん。気にする必要などない。ところで、道善。なぜお前は毎日こんな朝早くから薪を割るのだ? 昼でもよかろう?」
「確かに昼でもよい。ただこれはワシの性分よな。一日の面倒な仕事は早く終わらせ寛ぎたいのだ」
「ふぅん?」
「単純な話よ。苦労をいつするのか。それを考えた時、ワシは先に楽をして後で苦労するより、先に苦労して後で楽をしたい。それだけの話」
「話はわかるが、あの蔵にある薪は一日二日で使い切れるような量ではなかろう」
「わっはっは! 確かにな! これもまたワシの性分よな。蔵にある薪が減っておるのを見ると気になって仕方がないのだ。こうして朝早くに起きて、体を動かす理由にもなる」
「道善、お前は几帳面なのだな」
「几帳面? 不真面目を体現しておるようなワシに几帳面と口にしたのは天狐が初めてよ」
「我ならば蔵が空になるまで動こうとは思わぬ。几帳面のクソ真面目。我には到底考えられぬ」
「クソ真面目とまできたか……くくく……わっはっはっはっは!!」
「何がそんなにおかしい? 我はおかしなことを言ったか?」
「ワシはワシ自身のことをどこまでも不真面目で面倒くさがりな坊さんとしか見ておらんかった。善良な坊さんからかけ離れた坊さんとしかな。人の生の中でそのように言われるとは考えることすらなかった。虚を突かれたとはまさにこのこと」
「ふむ、確かに善良とは程遠いな?」
「言うではないか」
「自他共に認めるのだから構わぬだろう」
「確かにな。しかしそうか……ワシはワシ自身が考えるよりも遥かに、育った寺での暮らしが身にしみておるのだな。天狐と共に暮らさねば一生気付かなかったかもしれん。やはりワシもまだまだ学ぶ身よな」
「よくわからぬな。なぜそんな風に感傷に浸る?」
「天狐の言葉を聞き、昔のワシと今のワシを比べたのだ。嫌だ嫌だと思っておったことを、今では当たり前として日課となっておる。その心の変化は何がきっかけかとな」
「やはりよくわからぬ。我にはその心の変化とやらを感じることができぬのか?」
「ふふふ、ではそんな天狐にこの言葉を送ろう」
「その言葉とはなんだ」
「いずれわかる」
「……理解できぬ」
「いずれわかる」
「…………」
「わっはっは! 人の世を学ぶため、人の世で暮らしておれば、いずれふと気がつく時が来る。今日のワシのようにな」
「答えになっておるようには思えぬが……まぁよい。それで、この薪はどうするのだ」
「割った後、蔵の薪と同じ量でまとめて紐で縛る。縛ったら蔵へ運び、朝飯に使う分は別にしてかまどへ運ぶ」
「わかった」
「なんだ、手を貸してくれるのか? 助かるぞ」
「少しはこの暮らしにも慣れた。そのせいで腹が空いたのだ」
「そうか。ならば薪割りを終えたら、朝飯も共に作るとしよう。その方が早く終わるのでな。天狐は早く腹を満たせる。ワシは早くに楽ができる。よいか?」
「あぁ、構わぬ」
「では張り切って働くとしよう」




