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そのルイナの言葉に、驚きを隠せなかった。
「なにを仰っているのですか?」
「なにをですって? そのような知識を持つものが、この社交会にいるとお思いですか?」
ロベルタの言葉に、ルイナは間髪入れず返してくる。
確かに今はいないだろう。10歳にも満たない子どもが、それほどの知識を持っているはずもない。
「今はなくとも、今後はわからないではありませんか」
「あなたが周りの人々に周辺の領地や外国の知識を聞き漁っているという噂は耳にしましたが、そういった意図があってのことですか?」
人に聞いて回ったことが、そのように受け取られるとは思いもしなかった。だが、見方によってはそのような解釈ができないではない。
「知識を身につけるふりをして、皆さまの知識不足を指摘していると聞きますが、人のあらを探して自分の勤勉さを示そうだなんて。自分のことばかりで周りを下に見るその性格では、人々から慕われるような人物になれるとは思えませんけれど」
人から慕われる人物になることが難しい点については同意できようとも、そのままに言葉を受け取るには、いささか棘がキツすぎる。
「失礼ながら、私を相手にノイン様のお話を伺おうとなさったお二人の性格も、あまり褒められたものとは思いませんが」
「……っ、憎らしい」
「それは失礼いたしました」
勝手に勘違いをしたうえ、暴言まで吐かれてそのまま引き下がっては、負けを認めたようなもの。家同士の関係を考えてもそれはあまり好ましくはないので、少しばかりの意趣返しのつもりだった。
それが、結果的にはロベルタの周囲に近づくものをなくし、双子姉妹から目を付けられるに至ったようなものだ。
あれから数日の間に双子は揃ってバタナラルツ夫人に言ったのだろう。さもロベルタが加害者であるように、何度も語ったはずだ。
「私の目がないのをいいことに、娘たちを馬鹿にしてくれたそうね。こうして直接お話しできるのを楽しみにしていたのよ?」
あの時、もう少し否定しておくべきだったのかもしれない。
自分自身への評判や立場より、ピスターシャの家名に傷がつかないことが懸念された。
相手は同じく公爵家のバタナラルツ。公爵家同士でも、その間に全くの差がないわけではない。ピスターシャは少しばかりバタナラルツよりも重責を任せられる位置にある。その差はわずかばかり。
バタナラルツ家からすれば、目の上のたんこぶのようなものだ。足を引っ張る機があれば、見逃すはずがない。そんな機会を作るような真似だけはしてはならない。
「夫人のお嬢様方を否定したつもりはございませんでした」
「今さら弁明するくらいなら、もっと早くに謝罪を寄越すべきでしたね」
この状況では、謝罪すら火に油を注ぐようで、夫人の釣り上がった眉は収まりを見せない。
周囲からも視線が集まりはじめていた。今日はバタナラルツ公爵はお越しではないから、夫人の意見がバタナラルツ家の意見として参加者の皆さまには伝わる。
お父様もお母様もご挨拶に捕まっている状況では、ここで先日の次第を伝えたところで同じこと。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。ピスターシャ公爵家長女のロベルタでございます。先日は、母共々、お屋敷でのお茶会にお招きいただきありがとうございました」
狼狽えても何も変わらない。
例え下手を打っても、初めて参加する正式なパーティなのだから、そこまでの大事にはなるまい。家同士の話になる前に、この場を沈めることが優先される。
ピンと、一度背筋を伸ばしたロベルタが、ゆっくりと礼をとると、夫人の途切れることのなかった囀りが止んだ。顔を上げた先には、固まったような夫人と双子の顔。
「先日のお茶会でのお話、でございましたね」
「そ、その通りです」
「夫人のお嬢様方が気分を害されたのでしたら、大変申し訳ございません」
「先ほども申しましたが、今更謝罪を受け付ける気はございません」
ロベルタの謝罪に、息を吹き返したように夫人から声が上がる。しかし、相手にいつまでも優位を与えてやるつもりはない。伊達に王妃の名を掲げて生きていたわけではない。
「何か勘違いをなさっておいでですので正させていただきますが、私は夫人のお嬢様方の機嫌を最後に取り持って差し上げなかったことについて謝罪を述べているのです。このような場で騒ぎ立てることとなってしまい、皆まさにもご迷惑をおかけしてしまいました。ですので、先日のお嬢様方へお話した内容については、一つとして謝罪の意図はございません」
「な、何を」
「ご夫人がなんとお伺いになられたかは存じませんが、あのような態度を看過なさるのは、後々お家のためにもならないかと思います。もう一度よくお話になられることをお勧めいたします」
「あなたが私の娘たちにひどい言葉を浴びせたのでしょう。娘たちが反省する点などございません」
「そうでしょうか? 私はお嬢様方にもっと国内のことを知り、国外にも目を向けることを提案したまでです。ご婦人はそうは思われませんか?」
「娘たちにも、そのための教育を施しております。それを、まるで無知のように貶したというではありませんか」
そんな話はなかったように思うが、そういう話になっているなら話は早い。
「そうでしたか。それは失礼いたしました。それでしたらちょうどいいですね」
そうして、少し離れた場所に退避している人物を見つける。
「あちらは、先ほどお声掛けいただきましたクッコノ子爵家のトリニーナ嬢です」
掌でトリニーナを示しながら伝えると、視線が彼女に集まった。すでに観衆の一人のつもりだったのだろう。途端に慌て出してしまった。
「先ほどお伺いしたところ、クッコノ領のことについて学ばれている最中だそうで。どうでしょうか? せっかくですので、ルイナ様とエレナ様の学ばれているという知識を、ここでご披露頂けませんでしょうか?」
クッコノ領といえば、バタナラルツ公爵家の持つ領地からも遠くはないはず。別荘を構え、年に数回赴いているという二人にとっては簡単すぎる話かもしれない。
「この場で知恵比べでもしようとおっしゃるの? なんて野蛮なのでしょう」
「その通りです、お母様」
夫人の背後から、双子が口を挟んでいる。
「私の知りたいことをお二人がお教えいただけるのであれば、知識不足だなどと申した私に非があることを認めます。もちろん、この場で謝罪させていただきます」
知りたいことに全て答えてくだされば、の話であるが。
その提案に、夫人はふと目を細めた。考えているのだろう。ここでピスターシャ家のものが謝罪するという状況の使い道や、娘たちの博識度合いを見せつける場になりうるという可能性を。
彼女たちが本当に勤勉で、知りたいことに全て答えてくださるだけのものを持っているのであれば、お父様とお母様には申し訳ないけれど、婚約者としての座を譲っても構わない。この歳で、それだけの知識があるのであれば、将来の王妃として優っていると言える。
「いいわ。その程度の知識もないようでは話になりませんもの。世界のことを知りたくて仕方がないと噂のロベルタ嬢に教えて差し上げなさい」
思考の時間は長くかからず、あっさりと夫人は了承を返した。
それに慌てるのは後ろの双子たちだ。
「え、お、お母様?」
「こんなお遊びに付き合うのですか?」
戸惑いながらも、前にうながされたエレナとルイナが夫人の後ろから出てきた。