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「トリニーナさん」

「はい! なんでしょうか」

ビクリと飛び上がる勢いで反応されると、こちらも驚いてしまう。 

「よろしければ、あなたのお家のお話、聞かせていただけないかしら?」

あれだけ強気で話しかけてきたのだ。きっと自慢のお家なのだろう。

「も、もちろんです!」

ロベルタの言葉をどう受け取ったのか、トリニーナは目を輝かせてうなづいた。

決して彼女に話を聞いて、クッコノ子爵領での功績を認めるような話にはならないし、期待を寄せられると申し訳ない話だが。

「クッコノ子爵領は農作業が盛んです。名産は「カナン」の実で、中央都市でも売られていますし、王様のお城へも運ばれているそうです」

領地内で栽培しているというカナンという植物については、図鑑にも記載があり興味があった。

「名産というくらいだから、多く収穫できるのかしら?」

「はい。カナンは年中栽培ができるので、多くの領民が育てている果実です」

「そうなの。誰でも簡単に育てられるような種類なの?」

「育て方は、その……種を植えて、そこから成長したら花が咲き、実がなります」

途端にしどろもどろになる説明。確かに、領主のご息女が栽培方法まで熟知しているはずもない。

書斎の図鑑には、カナンは土に根を張り、大きな葉を茂らせる植物で、比較的栽培が簡単であること、その実は柔らかく甘味があることが記載されていた。鮮度が落ちやすく、加工された形で流通させるのが一般的で、ピスターシャ家でも食卓に登るのはジャムにされたものがほとんど。ソースに使われたり、ゼリーとしてだされたりすることはあっても、生の果実を見たことはない。

「クルーミナでも扱っていると言っていたけれど、どの店にどの程度の量が、どのくらいの頻度で卸されているのかしら?」

都市内での流通状況について、数値では見ていた。しかし、書斎の情報は決して最新のものばかりではない。天候の変化や人々の流れによってその流通量も変化するだろう。その数値を直接確認できるとは、ラッキーだ。

「できれば加工されていない新鮮な実が取り扱われている店が知りたいところね」

欲を言えば、せっかく試す機会があるのなら、自分で手にとってみない手はない。その感触や色、香り、味を実際に体験できるまたとないチャンスだ。

「え、えと」

「実を卸した店で加工して販売している店があるなら、それも教えて頂戴」

仮に新鮮な実を販売するルートがないとしても、クルーミナに加工職人がいるとすれば、その知識は是非とも見て学ばせていただきたい。鮮度を落とさない方法には何を使っているのか。これは数日講師として招いてでも伺いたい内容だわ。

困惑するトリニーナを置いて、ロベルタの知識欲はむくむくと広がっていった。

「す、すみません!」

途端、トリニーナが声を上げた。

思い出したように視線を向けると、深々と頭を下げている。

「何かしら?」

「私の知識が不足しているとおっしゃりたいのですよね。申し訳ありません」

何をどう解釈したのか、顔を上げたトリニーナはぽろぽろと涙をこぼしながら続けた。

「勉強不足の身で、偉そうに声をかけてしまい、すみませんでしたっ」

「いえ、そのようなつもりは」

「本当に、ごめんなさいっ、、」

一方的に謝罪を連ねられては、悪者のようだ。

ちらほらと視線が集まり始めている。

「もうよろしいですから」

「あら? そちらにいらっしゃるのは、ロベルタさんではありませんか」

トリニーナ嬢を宥めようとしたところで、新たな声が割って入ってきた。

「また弱いものいびりをしているのかしら?」

声の方に目を向けると、右斜め前の人垣が自然と開いていく。その奥から深緑の美しいドレスを揺らしながら近づいてくる淑女が一人。その後ろには、ピンクのフリルがふんだんにあしらわれたドレスを着て、茶色い髪を頭上にひと纏めにしたご令嬢が二人。お揃いのコーディネートがと愛らしさを引き立てている。

その愛らしさとは反対に、完全にロベルタを警戒するように、淑女の後ろから威嚇するように顔を覗かせており、前を歩く女性に視線を向けて何かを伝えている。

「先日、我が家のお茶会でもそのように粗相をなさったそうですね」

第一声から、嫌悪感を隠すこともないご婦人。双子の母であり、先日招かれて参加したお茶会の主催者であるバタナラルツ公爵家の公爵夫人である。

「先日は、お招きいただきありがとうございました」

相手はの家格は同じ公爵家。目上の者に対しては、目下のものが先に挨拶するのが当然の慣しである。ロベルタが、スカートの裾を持ち上げ、緩く腰を折って礼を取れば、夫人は鼻で笑って返した。

「そのように形だけ取り揃えてもねぇ。先ほどと同様に、先日私の娘たちをいびり倒してくださったのでしょう?」

「そのようなことは」

「ないとおっしゃるのかしら?」

否定しようとしたが、夫人の後ろから睨むように視線を送ってくる双子を見ると、一概に否定することも難しいかもしれない。



遡ること4日前。

ロベルタは顔見せパーティの前準備をかねて、バタナラルツ公爵家のお茶会に参加していた。

お母様が招待されたお茶会で、そこに同席させてもらう形での参加であり、他にも同様に夫人に連れられて参加していた令嬢がいた。

バタナラルツ公爵家の双子のご令嬢は、今年9つになるためパーティやお茶会への参加経験も十分で、自邸でのお茶会を楽しんでいらした。

そのお茶会がこの人生において初めてのパーティ参加ということもあり、ロベルタに声をかけてきたのも彼女たちの方だった。

「あなたがピスターシャ公爵家のロベルタさんね」

「今度の顔見せパーティでのお披露目になるのでしょう?」

彼女たちから向けられる視線は、純粋にロベルタへの興味を示していた。

その日、お母様が選んでくれたドレスについての話。

お茶会に出されたお茶やお菓子の話。

同年代の御子息たちの話。

同行者として母を立てる必要もあるかと、途中までは大人しく聞いていた。

すると、双子の姉ルイナが言った。

「やっぱり、ノイン様が一番かっこいいわ」

それに追随するように妹エレナも。

「そうよね。どの殿方よりも、一番輝いている」

「ロベルタさんは、お会いしたことあるのでしょう?」

どこでその話を聞きつけたのか、ルイナは目を輝かせてその時の様子を聞きたがった。

同じように、エレナも同調し始める。

「そうですね。ノイン様は素敵な方でした」


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