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会場内にできた列は大きく三つ。
一つめは、国王様を中心とした王家の方々へご挨拶に向かう者たち。
ある程度上位の貴族になると、ここでご挨拶しておくことが習わしとなっているため、それだけで大人数だ。さらに、今回は第一王子が出席しているため、わが子をぜひ引き合わせたい、という位の低い貴族も加わり、一番長い列を作っている。
続くはお父様とお母様の場所。今回参加している公爵家の当主はお父様だけのようで、公爵家と縁を持ちたいという者たちの集まりといえる。
あの中から逃してくれたお母様に感謝しなければならない。
他の公爵家からは夫人やご子息が参加されているようで、そこにも列はあるが、お父様の周りの比ではない。
最後が、マカダン伯爵。代々騎士を輩出する名門家で、騎士学校にも顔が広い。子どもが多く集まるだけあって、学校に連なる面で繋がりを持っていれば優遇されるかもしれない、という考えで集まる者がほとんどだろう。
ロベルタの記憶にあるマカダン伯爵は、今より老けていたけれど、今と同様で表情の変化があまりない。厳格で厳正。己にも他者にも等しく厳しい方だ。相手が王子でも、王になろうとも、腕の上がり方、足の出し方、腰の引き方、細かい部分をいつも淡々と注意し続けていた。期待の持てる者であれば、騎士学校に入ることはできるだろう。しかし、そこに優遇はなく、基準とされる完璧な型が身につくかどうかが成績の全て。
あそこに並ぶ子どもたちのうち、どれほどが騎士を目指しているのか知れないが、前途に難多きことは避けられないだろう。
もちろん、その他にも伯爵家、子爵家、男爵家と参加者はまちまちだ。縁の深い間柄で語らい合うものもあれば、意図があって縁を結ぼうと挨拶に回るもの、もちろん列に並ばずパーティーを思い思いに過ごすものもいる。それぞれにご子息、ご息女を連れている。
顔見せパーティーと呼ばれるだけあって、親は子どもの保護者という名目で参加するものだが、実際のところは家同士の繋がりのために子どもを連れ立っている、という側面が強く現れている。
本当に初めての参加であった頃、ロベルタはこの会場の雰囲気と人の多さや、大人子ども関係なく多くの人から挨拶される状況に、笑顔を崩さずにいるだけで精一杯だった。
しかし、今は会場内を見渡す余裕もある。人の名前も、家ごとの間柄も把握している。
「つまらない」
純粋な感想だった。
どの列に並んでいるのも、大した功績も残せない野心の強い家のものだらけだ。
ロベルタの目的は、ここで人の話を聞くことだった。国内外の、実際の話を。
けれど、どの人も上のものを褒め称え、我が子の美徳を語りその有益性を述べるばかり。
当時輝いて見えたパーティーが、こんなに色褪せて見えるとは。
「何がつまらないんですの?」
今日はさしたる収益もなさそうだ、と諦めかけたところに、声をかけられた。
声の方に目を向けると、真っ赤なドレスに身を包んだご令嬢が腕を組んで仁王立ちしている。
歳もそう変わらないだろうに、素晴らしい威厳だ。
「気に障ったのならすみません。このパーティーに少し飽きてしまったもので」
「なんて無礼なのかしら。このパーティーに参加出来ることが、どれだけ誉高いことかおわかりないの?」
貴族でなければ参加は出来ない。貴族の中でも、一定の収益をあげられる者でなけば、参加するのは難しいだろう。見劣りしないドレスに、家格を示すための馬車。爵位の高いものに取り入るための賄賂なんかも必要になるのか。とにかく、パーティーに参加するということは、それなりにお金がかかるのだ。
「失礼ですが、どちらの御令嬢でいらしたかしら?」
ピスターシャ家にとっては、そのお金もさしたる金額ではない。それを、誉高いとまでいうのだから、どこかの男爵家、よくて子爵家といったところだろう。
「私を知らないなんて、あなた初めてなのね。一人で困っているのかと思えば、つまらないだなんて、頭も弱いのかしら」
頭が弱いのはあなたではないかしら。という言葉をすんでのところで飲み込み、笑みを浮かべる。
「お名前をお伺いできるかしら?」
「失礼しちゃうわ。私が年長者なのだがら、相手に名前を聞くときは、自分から名乗るものでなくて? これだから位の低い者は嫌なのよね」
どこまでも上から目線。その心意気だけは買おう。
「それは失礼しました。ピスターシャ公爵家のロベルタと申します。お名前をお伺いしてもよろしいかしら?」
軽く礼の形を取り名乗る。緩やかに下げた頭を上げると、高飛車に喚いていたご令嬢が固まっている。
それはそうだろう。公爵家の令嬢なんて、このパーティーの中では花形といっても差し支えないほど注目を集めるものだ。
こんな端の方で一人立っているとは思わないだろう。
「どちらのご令嬢でしょう? お名前をお聞かせていただけますか?」
再度微笑みかけてやれば、先ほどの威勢はどこへやら。
ビクッと音がなるほど肩を震わせ、深々と頭を垂れられた。
「も、申し訳ありません! 私、クッコノ子爵家のトリニーナと申します」
「あら、よほど高位のお嬢様かと思いましら、クッコノ子爵家のご令嬢でしたか」
「本当に申し訳ありません。お一人でいらしたので、、か、会場で迷われたのかと、思いまして、その、お声をかけさせていただきました」
しどろもどろな言い訳である。先程までの発言に、迷子を気にかけたような単語は感じられなかったが。
ロベルタがじっと視線を向けるほど、トリニーナは萎縮していく。
クッコノ子爵といえば、西部に小さな領地を持ち、細々ながら作物の栽培を行なって収益を得ている家のはずだ。そこのお嬢様がどうしてあれだけ威張り散らせるのか知らないが、これは突くと面白そうな相手に出会ったかもしれない。
ニコリと笑みを浮かべたロベルタに、トリニーナは背筋を凍らせるのだった。
パーティーの話、少し続くかもです。