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お父様とお母様の後ろから会場内に入る。
外から見てもキラキラと輝いていた場内は、一歩足を踏み入れた瞬間から気圧されるほど世界が違った。
鳴り響く楽器の奏でる旋律。人々の話し声。グラスを合わせる響き。溢れかえる音を包み込むように、天井から明るい光が幾筋も照らしている。
「凄い、、」
思わず口をついていた。
ロベルタにとって、王家が絡むパーティーに参列するのは、本当に久しぶりのことだった。王妃となって以後、最初の数回出席した後は、表に出なくても大丈夫だから、と言われるまま、顔を出すことはなくなった。
久々だからなのか、子どもの身体だからなのか、その迫力に一歩後ずさってしまう。
「ほら、いらっしゃい」
お母様の呼びかけに視線を向けると、少し離れたところにお父様とお母様が立ち止まり、振り返っていらした。遅れてしまったロベルタを待ってくれている。
急ぎ足で二人の元に近づき、謝罪を伝える。
「すみません」
「びっくりしてしまいましたよね」
お母様が優しげに微笑みかけてくださった。
「初めて出席する時は、多少緊張するものだ。すぐに慣れるさ」
お父様にもフォローをもらい、今度こそお二人の後を着いていく。
広い会場内。中央を通路としてサイドに参加者が集い、思い思いに談笑している。人々の間を抜けるように、給仕がドリンクの入ったグラスを持ち歩いている。
左手の人だかりは右奥北部を治めるマカダン伯爵家を中心とした集まりだろう。滅多に顔を見せないと噂の方なので、こうした機会に縁を取り持とうと、皆必死の様子だ。
右手でひと際大きな声で話をしているのは、ケーシ子爵だろうか。この頃から業績が上手くいき、あと5年もすれば伯爵家に取り立てられる有望株だが、まだ注目は浴びていないようだった。
ちらちらと場内を観察しながら中央の通路を抜ける。
その先には、赤いカーペットの敷かれた階段があり、その上に三席の椅子が設けられている。王家の方々はまだいらしていないので、席は空いていた。
「私たちもこの辺りで王家の皆様をお待ちしよう」
「そうですね」
お父様とお母様が通路から外れるのに倣って移動する。
すると待ち侘びていたように、二人の周りにも人だかりができ始める。さすがは公爵家当主と夫人である。
「ピスターシャ公爵様、お久しぶりでございます」
「ピスターシャ夫人、本日も素敵なお召し物ですね」
「本日はお嬢様もご一緒で」
集まる貴族たちを、お父様は軽く右手を挙げ静かにさせた。
そしてロベルタに視線を向ける。
「娘のロベルタだ。先日7つになったところでね、お手柔らかに頼むよ」
皆の視線が集まる中、それだけ伝えられると、周囲の方々がロベルタに一礼をした。
これは習慣のようなものだ。
挙げた左手が下ろされると、目の前にいらした男性が、お父様に声をかけた。
「可愛らしいお嬢様ですね。ピスターシャ公爵様のお子様がもう7つとは、時が過ぎるのは早いですね」
「そうですね。お生まれになったのがついこの間のように感じられます」
「先日、王太子殿下とご面会になられたとか」
「これはこれは、未来の王妃様とお呼びした方がよろしいでしょうか」
ひとりが口を開けば、右から左から、おべっかの声が上がりだす。
ふとお父様の顔を見上げれば、完全に苦笑いが張り付いていた。
「ふふふ、先の話はわかりませんわ。大人の方々に囲まれロベルタも驚いてしまったかしら。飲み物でもいただいてきてはいかが?」
「はい、ではそのようにいたします」
お母様がそっと間に入り、その場からロベルタが離れる口実をくださった。
その言葉に従い、皆様に軽く一礼する。
飲み物をもらいに行くという体でロベルタが近づくと、人垣が自然と開き道ができた。その道を抜け、振り返ればすでにそこに道はなく、お父様とお母様はあの調子で、貴族の方々に囲まれるのだろう。
パーティの流れは把握している。
時間になれば、王家の三名が入場される。王様よりお言葉をいただき、パーティの正式なスタートだ。
パーティの開始以降も、皆各々に参加者に声をかけて回る。自然と高位の貴族家の周りには人が寄っていくので、王家や公爵家が出席する際は、列を作ってでも下位の貴族は挨拶を行うものだ。
パーティの開始前に少しでも近づいておけば、始まった後で挨拶ができるとういもの。ピスターシャ家も公爵家であればこそ、その人気は高い。時間が許せば全ての挨拶に対応もできるかもしれないが、時間内に挨拶できるものは限られてくる。
続々と近づいてくる人々の邪魔にならないよう、ロベルタは給仕からドリンクを受け取り壁際に寄った。
「お父様もお母様も、大変ですわね」
お父様は滅多にこうしたパーティには出席しない。代わりに、お母様がピスターシャの家名を背負って出ていらっしゃるのである。だからか、お父様へ挨拶をしたいだろう男性の方々からは気迫すら感じられ、女性の方々はお母様の気心の知れた方々が集まってきているようだった。
わざわざお父様が今回出席しているのは、他でもない、ロベルタのためだ。
「こうしたお席は苦手でしょうに」
あれだけ人垣ができていれば、二人の居場所を見失うということもない。
様子を伺いながら、飲み物を口にする。
ーーパッパー!!
ふと、城内に大きなラッパの音が響く。
途端に辺りが静かになった。
「国王陛下ならびに、王妃様、王太子様のご入場です」
その宣言とともに、階段上の空席の椅子に向かって頭を下げた。
これが、王家の出席するパーティーでの決まり事の一つである。会場内の全員が同じように頭を下げているのが横目に見える。軽く腰を折った姿勢のまま、王家の入場を待つ。
しばらくして、コツコツと足音が響き、鳴り止んだ。
しん、と先ほどまでのざわめきが嘘のように静かな空気。
「皆、面をあげよ」
国王のその一言で、顔を上げる。
視線の先には、先ほどまで空席だった椅子に、国王様、王妃様、ノイン様のお姿があった。
「今日は幼い子どもも多く来ている。皆、子ども達の見本となるような、紳士淑女としての振る舞いに気をつけ、楽しんでくれ」
国王様は、それだけ伝えると椅子に腰掛けた。倣うように、王妃様とノイン様も腰掛けられうと、城内に静かに音楽が流れ始めた。それを合図に、周囲からも徐々に声が漏れ始め、パーティの本格開始である。
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