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ナッティリア王国。

国王のいる王城は中央都市クルーミナの中央にある。露天や商店が立ち並び活気の溢れる城下町を抜けた先に立つ王城。そこはいつ見ても荘厳な雰囲気を漂わせ、無闇に立ち入ることを許されない場所である。

300年を超える歴史があるという王城は、古風な造りを残しつつも、綺麗に整備され居住まいを正させる空気が満ちている。城門こそ開かれているものの、門番が厳重に入り口を塞いでいるため、身元と要件が正されなければ中に入ることもできない。

そんな城内で、父に連れられた幼い少女が、国王と第一王子に向かい合っていた。

「第一皇子のノイン様だ。悪い印象を持たれないよう、気をつけてお話しなさい」

後ろに立つ父の手が、そっと背に当てられる。

その勢いのまま、一歩前に出る。

向かいでは、国王の背後に立っていたはずの王子が、同じように促されこちらに一歩踏み出していた。

……これは、初対面の時、だろうか。

記憶の中の王子は、すでに王位に就き、凛々しく逞しく成長していた。

夢の中にいるのか。はたまた、先ほどまで歩んでいた人生こそが夢だったのか。

混乱する頭を抱え、半ば放心状態になる姿をどう捉えたのか、王子が優しげに微笑みかけてくれた。

「はじめまして。ノイン・アルモントです」

そっと歩み寄り、緊張を解すように柔らかい声音で自己紹介をしてくれる。

遠い昔、初めて会った彼は、やはり柔和な態度で同じように自己紹介をしてくれた。

位を考えれば、こちらから名乗らなければいけないところ。

唐突に、自分の非礼に気付いた。

「申し訳ありません。はじめまして。ロベルタ・ピスターシャと申します」

慌てつつもスカートの裾を持ち上げ腰をおる。淑女のそれにはまだ叶わないながら、子どもにしては形の取れたカーテシー。

夢であれ現であれ、これまでに身につけたものが確かに自身に知識として備わっているのを感じた。

「顔を上げてください」

王子の言葉にロベルタは面を上げる。

眩い金糸のような柔らかく波打つ髪が流れ、若葉を思わせる薄緑の瞳がくりりと相手の姿を写した。

ロベルタ・ピスターシェ。齢6歳の初顔合わせである。

この時、すでに二人の婚約は決まっていたも同然であった。

ピスターシェ家は、代々国王の側近として国政に携わり、その利知を生かし一時宰相の座にも治っていた。王家からの信頼も厚く、ロベルタの父もその父も、そのまた父も、代々国のために努めてきた家系であった。

いつか女児が生まれたら嫁に、という話が昔からあったこと。その話が生まれてまもなく履行される流れで進んでいたこと。それは過去の人生の中で後々お父様に聞かされたことである。

仮にその全てが夢であったというなら、今後ろにいるお父様と、向かいに立つ国王との間にそんな約束はないのかもしれない。しかし、こうして子ども同士が顔を合わせるという行為は、婚約者がどんな相手なのかを知る機会、と考えるのが一般的な風潮であることは変わりないだろう。

「これから、どうぞよろしく」

ノインの手が差し出される。

「私の方こそ、よろしくお願いいたします」

過去にもこうして、手を合わせた。

その様子を見た国王様とお父様はこう言うのだ。

「大丈夫そうだな」

「そうですね。ノイン様の対応力に感謝いたします」

「そう褒めるでない。せて、今日は城下町で起きている物取りの件だったな。私たちは隣の部屋で話がある。しばしここを任せてもよいか?」

それに対して、ノイン様は頷いて返す。

「はい、わかりました。ロベルタ嬢のことはお任せくださいピスターシェ公」

記憶と変わらないやり取り。

夢を繰り返しているというのは出来すぎている。

まるで、6歳のころから人生をなぞり返しているようだ。

二言三言交わして部屋を出ていく国王様とお父様を見送り、ノイン様に促されるまま席に着く。

タイミングを見計らったように侍女がお茶を手に室内に入ってきた。

「ここまで歩いてくるのは、疲れたのでは?」

小さなローテーブルを挟み、向かいに腰掛けながら問いかけられる。

王城までは馬車で乗り付けることができても、王城の中が広いことを思っての言葉だろう。お父様に抱えて連れられるわけにもいかない。

感覚としては、気づいた時にはこの部屋にいたので、それほど疲れを感じているということもなかった。

「お気遣い、ありがとうございます」

そっと頭を下げながら考える。

ノイン様は私の2つ年上だったはず。であれば、8歳ということになる。

ずいぶんと大人びて、丁寧な対応ができるのは、王家の教育の賜物か。

過去の再現が展開する会話の中、まるで昔の映像を見ているような懐かしい気持ちが湧いてきた。

テーブルに出されたお茶を嗜みながら、会話と静寂が交互に訪れる。

初対面で話すことなどそうない。

ましては、淑女たるもの、楚々として口数は最低限に。というのが当時の教えであった。

ノイン様の言葉に、軽く相槌を返しては、静かにお父様が戻ってくるのを待つ時間。

以前は緊張していてそこに座っているだけで精一杯だったが、過去の映像を見ていると思えば懐かしい気持ちの方が優っていた。

ノイン様は優しく、大人びていて、とても知性に富んでいる。そう思っていた初対面。

こうしてみると、こちらの様子を伺い、言葉を選んで話題を振ってくれるのがよくわかる。思っていた以上に、彼はよく出来た人だ。

早くに即位して、そこからの日々は彼を着実に強くした。

国外での揉め事も、国内での統治も行って引き受けていた。

目の前で笑顔で話かけてくれる姿。こんな朗らかな表情を最後に見たのはいつだっただろうか。

悩ましげにしていても、少しの手助けにもなってあげられなかった。

信じてはいないけれど、私を殺すように依頼するほど追い詰められていたのかもしれない。

もしあの時、私が逃げたあの場所で、彼の人生が終わっていたとするならば。

もしこの時が、過去の繰り返しであるのなら。

今度こそ、この人が生きられる世界にしたい。

そう切に願わずにはいられなかった。

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