しすたーている
グループのテーマSS
「妹と寝室で」
好奇心は猫を殺す、何処かで聞いた何処かの言葉。猫は九つの命を持ち、簡単には死なない。そんな猫でさえも好奇心により命を落とすというのだ、僕ならば尚更だろう。
だが今、僕の好奇心は溢れんばかりに満ち満ちと溢れてきている。それはちょうど、止めどなく吹き出す泉のようであった。
「……すう……すう」
目の前には見知ったる僕のベッド。その上に横たわるは我が妹、琴子である。年の頃は十五、六。
寝息が聞こえる。うつ伏せのためその顔は窺い知れないが、よく寝ているようであった。
「今がチャンス、なのか」
僕の好奇心は琴子に向いている。正確にいえば、琴子の下半身に向いている。
薄手のワンピースを身にまとう琴子。そして、少しばかり汗ばむこの陽気と湿度。そのワンピースは琴子の柔肌を覆い貼りつき、肉付きの良い尻を強調するには十分であった。
足は大半が露出されており、ぷっくりと丸まった汗がその太ももを彩る。そしてーー
「この好奇心は果たして僕を殺すのか」
南無三!
***
先日、僕に妹ができた。齢十八の高校生にしてお兄ちゃんデビューだ。
両親が年甲斐もなく頑張った? ノーだ。
兄が結婚して義理の姉と妹ができた? ノー、僕は一人っ子だった。
いや、今も一人っ子のはずなのだ。アレは決して、僕の妹ではないのだから。
あの日もいつも通り、携帯のアラームが朝を告げた。顔を洗い、着替えてリビングへ向かう。いつもと何ら変わらぬルーティーン。
「おはようございます、お兄ちゃん」
「ああ、おはよう……?」
はて、朝の挨拶を交わした相手は誰だ。僕は目を擦り、声の主を見る。
「……誰?」
美少女がそこにいた。麗しく長い黒髪は純白のカチューチャでまとめられ、整然とした様子が見れる。パチクリと不思議そうにする瞳は深いブラウン、輝く虹彩は潤いを帯びて輝いているようにも感じる。シミ一つないその肌はまるで、天上の織物のようであった。
奇妙である。僕を兄と呼ぶ彼女は何者であろうか。沈黙が続いたが、それを破るキッカケは母であった。
「いやねえ、寝ぼけているの? 妹の琴子でしょう」
「僕は一人っ子だったはずだけど、いつ産んだの?」
「馬鹿なこと言ってないで早くご飯食べて学校行きなさい」
「ふふっ、変なお兄ちゃん」
それからも世界は奇妙であった。
近隣の住人も、学校の友人も、琴子のことを昔からいる僕の妹として認識している。
「琴子なんて僕は知らない」
「なんだと!? 琴子ちゃんがかわいそうじゃねえか!」
こんな調子だ。四面楚歌とはこういうことかと実感を覚えた。
妹の部屋もまた、おかしかった。
僕の部屋の向かいに、見知らぬドアができていたのだ。家の構造を考えればそんなところに部屋は無いのである。空間が歪んでいるとしか思えない。
しかし、琴子はそこへ出入りをしている。ちらりと目線を向ければ、年頃の女子らしく、ふわふわとパステルカラーの様相が確認できた。
そもそも、僕の妹が美少女であるということから既に奇妙奇天烈摩訶不思議である。
生活態度から僕と違う。品行方正、成績優秀。まさに、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花を体現としているのだ。
それが僕の妹だなんて奇想天外四捨五入。
それに比べて僕はと言えば、立てばキョンシー座ればグール歩く姿はバイオのゾンビと他人に言わしめているというに。これ如何に。
そして何よりも、僕には琴子を奇妙に感じる特徴があった。それを確認するチャンスこそが、今なのかもしれない。この好奇心が僕を本当に死体へと変えないことを切に願う。
***
「南無三!」
僕は琴子のスカートを摘み、ゆっくりとめくり上げた。
そこには、一本の尻尾が生えていた。長さは一メートルほどだろうか。寝息に合わせて左右にゆっくりと揺れている。
尻尾といえばフサフサでモフモフの毛に覆われているものと相場が決まっているが、琴子のそれは皮膚に覆われていて絶妙に気持ち悪さが先行する。
僕以外の誰も、この尻尾の話題に触れないところをみるに、やはりこれが見えているのも僕だけなのであろう。実に奇妙だ。
そして僕の好奇心、それは。
「生え際はどうなっているのだろうか」
身体のどこから生えているのか、どのようにして生えているのか。ずっと疑問に感じていた。
だがそれも、今この時までだ。僕はゆっくりと目線を下に下げていく。
「これは……!」
ローライズに下げられた小さな下着。上部に覗かせる、尻の割れ目が始まるその境目。そこからニョキと尻尾が伸びているのであった。
満足だ。
痕跡を消して立ち去ろうと画策始めたその時、僕は琴子がじぃっと此方を観察していたことに気が付いた。
「見た?」
「見た」
「パンツ?」
「パンツ」
「尻尾?」
「生え際まで」
くつくつと怪しげに笑い声をあげる琴子。好奇心により僕が殺される算段でも立てているのだろうか、今はその美貌すら恐ろしい。
そして咳払いをコホンと吐くと、頬を染め、潤んだ瞳で上目遣いに言った。
「責任……とってよね?」
***
僕はベッドに腰掛けて、琴子の話に耳を傾けていた。
「宇宙人?」
琴子はゆっくりと頷く。
彼女曰く、地球とよく似た星から調査にやってきているらしい。外宇宙の生命体たる自分たちに脅威となるかどうかを調べているとのこと。琴子以外にも、同郷の調査員は既に地球に沢山いるらしい。その際、周囲の人間の記憶を操作し、違和感なく潜り込むのが手法という。
「では、どうして僕は君に違和感を覚えていたのか」
「あなたの記憶を弄ってなどいませんもの」
「何故に?」
「地球の調査は星の目的、私の目的は別にあるということ」
琴子は不敵な笑みを浮かべる。そして、続けて言った。
「私は地球に永住権が欲しいの。地球人と結婚することができれば、星から許可がもらえるというわけ」
「それが記憶操作と何の関係を持つものか、僕にはわからない」
「ーーあなた、私の尻尾を、付け根まで舐めるように視姦しましたね?」
空気が変わった。殺気をひと摘み、羞恥が大匙一杯追加されたような雰囲気だ。
そのため? 尻尾を観察したくなるよう仕組んだということか?
「そりゃあ、尻尾を生やした妹が突然できればそうもしよう」
「私の星では、尻尾を付け根まで異性に見られるということは、貞操を奪われたも同義なのです」
「な!?」
「この星で言えばそう。出来ちゃった結婚のようなもの」
何ということだ。星が違えば貞操観念がこうまで違うものなのか。
「だからお兄ちゃんには、私と結婚してもらいます」
「いや、でもそれは……」
しどろもどろに慌てふためく僕を他所に、琴子は鼻歌まで歌い始めてご機嫌だ。
「ふんふーん、憧れの地球人ライフ。これで地球のお菓子がいつでも食べられる」
「永住の目的ってそんなことなのか」
「かもめのたまご、南部せんべいに萩の月……楽園とは地球だったのね」
「東北に住め」
目を閉じニヤニヤと涎を垂らしながら銘菓を思う琴子。そんなだらしのない様子でも美貌が損なわれることがない。彼女はやはり相当の美人なのであろう。
「さあ、もう十分でしょ! 来て!」
琴子に手を引かれる。わたわたとみっともなく蹴躓きながら連れて行かれた先は。
「お前の部屋じゃないか、いつの間にできていたのか知らないが」
「この扉は私の宇宙船に繋がっているの。さあ、私の両親に挨拶にいきましょう」
宇宙旅行に行ける! などと胸をときめかせられる場合ではない発言が聞こえた。両親に挨拶? 本当に結婚しなければいけないのか? 僕はまだ高校生なのだがなあ。
しかし、僕のようなごく普通の高校生が、琴子のような美人とお近付きどころではなく結婚までするというなれば、それは大変においしいことではなかろうか。
僕は、琴子と宇宙船へ乗り込んだ。
不安が無いと言えば嘘にはなるが、宇宙へ旅立つ胸のときめき、そして琴子と二人きりという胸のどきどき。
僕は、胸の鼓動を抑えながら宇宙へと旅立った。
***
「ところで、僕の頭は本当に弄っていないのか」
「実は少しだけ」
「どういう風に」
「あなたにとって、私が絶世の美女に見えるよう」
「……では本当のお前は」
「女の子のすっぴんを探るものじゃないよ? お兄ちゃん?」
「……やっぱり帰る!」




