話し合い
――な、なんなんだこいつは……
ブリットが目の前にいる奴隷の態度に目を疑う。
この状況を作った元凶と思われる奴隷はブリットの部屋として用意した場所の机に我が物顔で座り、まるで自分が一番偉いと言わんばかりの見下した態度でこちらを見ている。
後ろにいる兵士たちが剣を構えて威嚇するが一切態度を崩す様子はない。
「貴様、何者だ?」
「さあ、何者に見える?」
「なに?」
「端から見れば、貴族の闇を暴きに来た正義のヒーロー、別の視点から見れば貴族に楯突くただの犯罪者、俺はどっちなんだろうな?」
挑発じみた答えにブリットは苛立つも、怒れば向こうの思うつぼと言い聞かせ冷静さを保つ。
「まあ、せっかく来たんだし話でもしようじゃねえか、互いに聞きたいこともあるだろ?それとも、ただ俺を殺るためだけにきたのか?」
……確かに向こうの言葉にも一理ある。
相手は一人なのに対しこちらには護衛の兵士もいるし、逃げ場もない。
このまま殺すのは簡単だがそれだけでは解決にはならない。
「いいだろう」
ブリットは奴隷の格好をした男の話に乗ると一歩前に近づく。
「ではこちらから質問だ。貴様がここを襲った目的はなんだ?」
「まあ私情も入ってはいるが、主な理由は仕事だ。」
「仕事だと?」
「ああ、とある人物から依頼されてな、相手は想像に任せる、ちなみに先に言っておくがマリスではない、あいつは利害が一致しただけで協力しているにすぎない。」
――想像に任せるか、嫌味な回答だな。
今までの行いを考えれば恨む者も、自分を疎む者も腐るほどいる。
それをわかってての回答だろう。
ただ一つ分かったことはある。
――つまり、こいつは誰かに依頼されこのオークションを襲うように指示されたということか。
場所が場所だけに金品目当てとも考えられたが、それは違うらしい。
このオークションの存在は貴族界隈では決して知られていないわけではない、恐らく国も噂くらいは聞いているだろう。
だがそれでも、誰も何も言わないのはこのオークションの後ろに控えているのが誰だが知っているからだ。
そして今の言い回しではこの奴隷は知らない口ぶりである。
――こいつは何も知らされずに依頼主に私のオークションを襲うよう指示されている。
依頼主が国の者か対立派閥の相手かはわからないが、この男はその者に捨て駒にされたということだ。
そう思うとこの上から目線にも憐れみを感じ始める。
「なるほどな、それで緻密な計画を立ててここを襲ったということか。どうやら貴様はなかなか優秀な男のようだ、だが残念なことにこのオークションのことについてちゃんと教えてもらえてなかったようだな。」
「……どういうことだ?」
「確かにこのオークションを主催しているのは私だが、貴様と同様私も依頼されて行っているに過ぎない、そしてその依頼者はこの国でも一、二の権力を持つと言われている貴族、ノイマン公爵である。」
「……」
――フッ、驚いて声も出ないか。
向こうの沈黙に頬が緩む。やはり、何も知らされてなかったのだろう。
まあ無理もない、もし知っていたのであればこんな依頼決して受けてはいないだろう。
ノイマン公爵はこの国で持つ権力は大きく、裏の組織とも繋がっておりどの界隈でも逆らえるものなどいない。
そしてこのオークションはそんなノイマンが重要視しているイベントの一つ、この男が何者かは知らないが、この国で最も敵に回してはいけない相手を敵に回してしまったことになる。
真実を知ったこの男はこの後どういった反応を見せるか、楽しみにしていたブリットだったが、しかし帰ってきた言葉は予想外な言葉だった。
「なるほど……それは良かった」
「……なに?」
「大方検討はつけてはいたが、確定はしてなかったのでな。やはりノイマンだったか。」
――な、なんだこいつ?状況が分かっていないのか?
ただの強がりとも取れるがどうもそうは見えない。
そして逆に動揺が見え隠れするブリットを見て、男は言葉を続ける。
「そもそもあんたは勘違いをしている。」
「勘違いだと?」
「俺の目的はオークションじゃない。ここを襲ったのはあくまで計画の一つに過ぎない。」
「な、なに?だったら、何が目的だというのだ?」
ブリットの問いかけに対し男は質問で返してくる。
「一つ聞きたいんだがこのオークション、もし台無しになったとすればノイマンは誰に責任を問うと思う?」
「は?何を言って……」
そんな質問は考えなくてもわかる。
勿論、それはこのオークションを代わりに開いていた自分に……
――……
「……ま、ま、まさか――」
察したブリットの顔がみるみる青ざめる、男はそれが正解と言わんばかりにブリットに対し悪魔のような笑みを浮かべる。
「へ、兵士ども⁉すぐにこいつを殺せ!」
突如声を荒げて命令を出すブリットに兵士たちが若干うろたえつつも剣を構え前に出る。
しかしそれに合わせて男が手を上げると、突如背後から弓矢が飛んでくると、兵士たちの後頭部に次々と突き刺さる。
後ろを振り向けば、いつの間にか背後には弓を持った数人のエルフ達がいた。
「な⁉いつの間に――」
「俺ばかり見ていないでもう少し周りを見ておかないとな。」
――クソ、こいつがわざわざ挑発じみた態度をとっていたのは自分に注意を引くためか。
「ク、クソ、役立たずの兵士どもめ」
護衛の兵士たちがあっという間に全滅し、周囲を囲まれたブリットは護身用の短剣を取り出すと、そのまま目の前の無防備な男に襲いかかるが、男は机を蹴り飛ばしブリットにぶつけると、勢いよく吹き飛び倒れたブリットの手の甲に短剣を突き刺し床に張り付ける
「があぁ!」
「さて、じゃあ次はこっちが質問する番だ。俺の質問は単純だ、これの開け方を教えろ。」
そう言って男は今回のオークションの目玉となるはずだったドリアードの入った箱を目の前に置く。
「他のカギは問題なく開けれたがこれだけは開かなくてな、開け方を聞きたかったんだ。」
――他のカギは問題なく開けれただと?そんなはずはない、ここにある鍵はどれも差し込み式の他に魔術師によって作られたマナによって反応する魔力認証式になっているんだ、私以外が触れればその人間の魔力に反応し、魔法が発動して手が吹き飛ぶはずだ。それが発動していないだと?
この男、何者なんだ?
「貴様、自分が何をしているのかわかっているのか?私一人の命を狙うために国の大貴族に喧嘩を売っているのだぞ?」
「それはお前が心配することじゃねえよ。」
男が倒れているブリットの顔面を蹴り飛ばすと、次に床に固定された手の指を一本、足で立てるとそのままゆっくり体重を乗せていく。
「おい、待て!何をしてる⁉やめろ!」
「安心しろ、命は取るつもりはねえ、だがこっちも時間が惜しいんでな、なるべく優しくしている間に歌ってくれると嬉しいんだが――」
そう言うと、ブリットの一本目の指が曲がらない方向に曲げられていく、そしてそこから何度もブリットの悲鳴が響き渡って行った。




