動き
「モンベル、攫ってきた女性の方たちの状態はどうですか?」
リンドンの自分の屋敷へ戻ったマリスがティーカップを片手に、そばで控えている執事のモンベルに尋ねる。
「はい、全員医者に診てもらいましたが外傷もなく健康状態にも特に問題はないようです。」
「そうですか、それは良かったです。」
答えを聞くとマリスはゆっくりカップを口へと近づける。
「だから言ったろ?女には誰も指一本触れちゃいないって」
今の話をマリスの向かいに座って聞いていた、この場所に似つかわしくない武装した男が呆れたように言う。
「すみません、ですが確認するまでは安心できなかったので。」
「ま、別にいいけどな。」
男は少し棘のある言葉を慣れているかのように受け流す。
「とはいえ、傷はつけていなくと言っても怖い思いをさせるのはいいものではありませんね。」
「ま、それでこいつらがブリットから解放されるならいいんじゃねえのか?あとはあんたがしっかり守ってやれば、いい思い出話よ。」
男の言葉にマリスは否定も肯定もしない。
「それで、ほかの方々の状況はどうですか?ギニスさん」
まだ中身が残っているティーカップをテーブルに置くと、マリスは目の前に座る男に視線を向けて尋ねる。
ギニス・リーガル
ティアが不在の現在、ティアに代わりまとめ役を任されている元賊の男である。
昔はただの冒険者だったがある時、複数のパーティーと合同で受けた領主からのモンスター討伐の依頼で兵士達に囮に使われ、パーティーが全滅したと言う過去を持つ。
その一件により貴族への恨みを持つが、復讐も盾突く勇気はなく、自暴自棄になる様に他の生き残りと共に賊に成り下がった。
だが、自分よりも年下で過酷な過去を持ちながら大貴族に盾突こうとするティアに感化され、仲間達と共にティアの下に付く事を決意した。
ただ、この話は誰にもしておらずマリスも知らないので、彼女からは貴族に恨みのある元盗賊の奴隷という認識だけなので、あまり良くは思われていない。
「アルビンの奴は文句言いながらもちゃんと仕事はこなしたよ、結果的にあいつ一人で百人もの兵士を殺ったんだからな。今は作戦の指示を森でモンスターを狩りながら待ってる。ただメーテルの方は行方が分からない状態だな。」
「そうですか。」
あまり大した情報ではなかったのか、マリスは興味がなさそうに相槌を打つ。
「そして次に町で待機させてる奴の話なんだが……あいつらの話によればどうやら夜な夜なブリットの屋敷から町の外へ馬車が運び出されているようだ。」
その報告に今度はマリスの眼の色が変わる。
「……聞いていた話ではオークションの場所はブリットの屋敷の敷地内で開催日までまだ少し先だったはず。と言うことはやはり、こちらを警戒して場所と日時をを変えると言うとことですか。」
「そうなるな。」
「尾行は?」
「つけていない、そんな技術を持ってる奴もいないしな、それに向こうには既に大将自ら潜り込んでるんだ、あっちに任せるさ。」
そういうと一通り報告を終えたギニスは目の前に置かれたカップに手を付け一気に飲み干す。
「……やっぱ、俺には合わねえな。しかし、どうやって連絡よこすつもりなんだろうな?無能で一人じゃ通信機すらまともに使えないのに。」
「それはわかりませんが、ただ、あの方ならきっとなんとかするんでしょう。」
「へー、ずいぶん信頼してるんだな?」
「……失敗すれば計画が終わるだけですから、信じる以外選択肢がないのです。」
そう言って再びカップを手に持ち冷静を装うが、ギニスには逆にその動きに白々しさを感じたが指摘するのは野暮だろうと何も言わずにいた。
「とりあえず私はいつでも動ける準備をしておかないといけませんね。それと……」
マリスが何か言いかけたところで部屋の外からノックが聞こえた。
「どうやら来ていただけたようですね。」
――
それは俺が屋敷に運ばれてから暫く経ってからの事だった。
光も入らない屋敷の地下牢で、時間の経過もわからないまま、いつものように動きがあるまでおとなしく過ごしていると、普段は入り口前に一人見張りの兵士がいるだけのこの場所に複数人の兵士がぞろぞろとやってきた。
兵士達はまずは奥の牢屋の方へ行ったかと思うと、すぐに扉の開く音が聞こえて何人かの人間が兵士たちに外へと連れ出される。
以前見張りの兵士が交代の際に話していた会話を盗み聞きした際にわかったのはこの牢屋には俺の他に、オークションに出される奴隷も収容されており、その他の商品は中庭に集められているらしい。
ということは今連れ出されたのは俺と同じくここに収容されていた奴隷だろう。
つまり、なにかしら動きを見せているということになる。
しばらく気づかぬふりをして待っていると俺の方にも兵士たちがやってきて牢屋の扉を開ける。
「さあ、出てこい!」
兵士の命令に従い牢から出ると俺の顔を見て兵士が眉を顰める。
「ん?なんだ、こいつ。騒がれぬように口を塞ごうと思ったら既に口が縫われているじゃないか。」
「ああ、ここに来る前からこの状態だ、おかげで飯も手に付けてなかった。」
「何かのスキル持ちということか?……気持ち悪いガキだ。まあいい、一応拘束具はついているようだが油断はするなよ。」
兵士たちはそれ以上は何も言わず俺を外へと連行し、俺も兵士に従い歩いていく。
そして久々に地下牢から出され日の光を浴びれると思いきや、外は太陽が見えず松明が置かれていた地下牢よりも真っ暗だった。
俺はそのまま町の外まで連行されると待機していた馬車に詰め込まれる。
「そいつで最後か?」
「ああ、場所はそう遠くないが時間が時間だからな、十分気をつけてくれ向かってくれ。それとカルタスの尾行にも警戒してくれとの事だ。」
「了解した。」
兵士達は小声で要件だけ伝えるやり取りをすると、鞭の叩く音と共に馬車がゆっくりと動きだした。
馬車の中には俺のほかに先に運び込まれていた奴隷たちが詰め込まれていた。
奴隷は容姿のきれいな若い男女が数人だが、よく見ると耳の先が普通の人間と比べ尖った形をしている。
この特徴はエルフという種族だったか?確かマナの扱いに長けていて、長寿で寿命は大体千年とか?
何度か街で見かけたことはあったが奴隷としてみたのは初めてだな。
こんなのが奴隷にいるなんて流石闇オークションといったところか。
まあいい、こいつらならマナを使えるだろう。
俺は腕についていた拘束具を引きちぎるように腕を左右に引っ張る、これは元々自分でつけておいた、拘束具で鍵はついていないので少し力を入れるだけで拘束具は簡単に外れた。
俺は解放された手で口に縫った糸を解くと、そのまま口の中に詰め込んでいたアイテムバックを取り出した。
奴隷になりすましてからずっと口の中に含んでいた袋は唾液で酷くベタついているが性能に特に影響はなく俺は中のものを確認すると、中から水を取り出し口に含む。
何日も飲まず食わずで口に袋を詰めるのは中々過酷ではあったが、まあこれも経験の一つだ。
そしてふと横を見てみると、隣でそんな俺の様子を見ていたエルフが目を大きく見開き驚きをみせていた。
今は口を轡で塞がれているが、塞がれていなかったら恐らく声も上げられていただろう。
俺は落ち着かせるためエルフの側に寄る。
「落ち着け、助かりたければ協力しろ。」
「……」
「あんた、魔法は使えるか?」
エルフは静かに頷く。
「そうか、ならこちらに魔力を注いでくれ」
「?」
そう言って通信機を前に差し出す、拘束されていても魔力を送ることくらいはできるだろう。
普通の人間ならこんなことする必要はないので、俺の要望に彼女は少し不思議そうに首を傾げるが素直に通信機に魔力を送る。
……よし、これで一回きりだがこちらからでも通信機を使うことができる。
後はもう少し情報を手に入れてからマリスたちに連絡をするだけだ。
俺はアイテムバックを再び口に詰め込み、袋から取り出しておいた轡をほかの奴らと同じように口に咥える。
恐らく馬車を引いてる奴らは俺が口を縫っていた事を知らないからこれでバレないはずだ。
その後は大人しく馬車が到着するのを待った。




