策略②
「……たく、どいつもこいつも張り切ってやがるなあ。」
ラスタで情報収集を担っている仲間から連絡を受けたアルビンは他と自分とのやる気の温度差に顔をしかめながら頭を搔く。
まあ、張り切る気持ちはわからなくもない。
元はどこにでもいる様な盗賊だった人間が、貴族の一大イベントを襲撃に加担するのだ、成功したら酒場でも語れる様なちょっとした武勇伝にもなるしさぞやりがいもあるだろう。
現在、十四人のメンバーはリーダーであるティアによってそれぞれ役割を設けられている。
七人いた元賊組は半数に分かれてラスタの町で情報収集、扇動と攫って来た女性の監視を担当し、一応ただの冒険者であるツルハシの旅団の五人は、作戦のため襲ってきた村に向かっている。
そして戦闘担当であるアルビンはメーテルと共に隠れ家は続く山道で娘を攫った自分たちを討伐に来るブリットの兵士たちの迎撃を任されていた。
アルビンも初めは戦闘ができると乗り気であったが、蓋を開けて見れば討伐に来る兵士は、質が低く実力でいえば低レベルの冒険者が集まってる程度で、楽しみにしていた戦闘は無傷のままものの数分で終わってしまった。
数を増やしてやってきた第二陣も、迎撃場所が細い山道なだけに数を生かせずあっさり片付くと、その予想以上の呆気なさに、メーテルはその場をアルビンに任せてどこかへ消えてしまった。
――ま、どうせ次が最後だろうし、その後は本命が待ってるからな。
今までの流れから向こうがこの場所を見つけやってくる期間を考えると、恐らく次に来る兵士の迎撃が最後になり、それが終わると作戦は次の段階へ進む。
そこからがアルビンにとっての本番になる。
「さて、じゃあ、次が来るまでまたそこら辺の魔物でも狩りに……あ、その前にさっきの連絡を他の奴らにも伝えなきゃならないんだった……めんどくせぇなぁ」
アルビンは口を尖らせながら不満そうにそう呟くと、渋々ながら隠れ家へと戻っていった。
――
ラスタから少し離れた場所にある小さな村では今、村で起きた問題の解決のため村の代表者の家に村中の男達が集まっていた。
今から一か月ほど前、村が突如周辺に出没した盗賊達に襲われた。
賊は数こそ少なかったが全員が武器を手にし、戦闘経験のない村人たちの抵抗も虚しく村の若い女性達が攫われる事態となった。
村の者たちはすぐに領主であるブリットに助けを求めたが、いまだに大きな進展はない状態となっている。
「どうする、もうかれこれ一ヶ月だぞ?」
「領主様からまだ、連絡はないのか⁉」
身内が攫われた男たちが村の代表の男に詰め寄り必死に問いただす。
「い、一応尋ねてはいるのだが領主様は現在調査とのことだ。」
「それにしては少々時間がかかりすぎではないか?いつもならこの程度の案件一週間程度で解決してくれるじゃないか」
「それにこの前町に行った際に領主様が盗賊とつながっているという言う話も――」
「ふざけたことを申すな、あの方ほど領民のことを思ってくださる方はおらぬ。他の領地と比べるとどれだけワシらは恵まれているか……」
「しかし、このままでは手遅れになる可能性も……」
「……」
焦りと不安が漂う家の中に沈黙が続く。
「やはり、あの方々の話に乗る他ないのではないだろうか?」
村人の一人が呟くように言ったその言葉に代表は難色を示す。
「それは冒険者の方達が言っていた事か?」
「はい、隣の領主、カルタス様に助けを求める事です。」
それは現在、村に滞在している冒険者達からの提案だった。
冒険者の名はツルハシの旅団と言う若い青年がリーダーを務めるパーティーで、ラスタから隣町へ移動する際の休息に村に立ち寄ってきた者達である。
村の者たちは現状を打破するためにその冒険者たちを賊の討伐を依頼しようとしたが、返ってきた反応はいいものではなかった。
「お願いします!うちの娘を助けてください!」
「うちは家内を攫われて……」
必死に頼み込む村人たちにリーダーの青年が顎に手を付け考え込む。
「いいじゃねえか、村の奴らは困ってるんだろ?賊ぐらいパパっと片付けてやろうぜ。」
「残念ながらそう簡単な話じゃないんですよ。」
乗り気だった強面の男の言葉に金髪の青年が呆れた様に言う。
「どういうことだよ?」
「私たちはギルドに属する冒険者です、本来ならばこれはギルドを通して依頼する案件なのですが、ここの領主様はギルドの支援を拒否しているのです。もし勝手に手を貸せば問題になりかねません。」
「そ、そんな……」
領主がギルド支部を街から撤去したのは聞いていたがそれは治安維持のためと聞いていた、それがこんなところで裏目に出るとは予想もしなかった。
「じゃあ、このまま黙って見過ごせっていうのか⁉ここには攫われた娘がいるっていうのによ⁉」
「お父さん……」
強面の男の怒声が村全体にまで響き渡ると、男の袖を小さな少女が引っ張る。
すると男は浮かべていた、形相をすぐに引っ込ませ優しい笑顔で少女をなでる。
「そうだな、確かにビレッジのいう通りかもしれない。だがやはり僕もエッジと同意見だ、このまま見て見ぬふりをすることはできない。」
リーダーの青年が強く言い放つと、金髪の男は呆れつつも薄っすらと笑みを浮かべる。
「……仕方ありませんね、ならば一つだけ我々が力を貸せる方法があります。」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、隣の領主である、カルタス伯爵に力を借りるのです」
「カ、カルタス伯爵に?」
その名を聞くと村人たちがどよめく。
隣の領主のカルタス伯爵のことはこの小さな村でも行き届いている。
歴史ある貴族のようだが、領民たちに重い税を課し裏では人攫いを行っているという話もある。
何より自分たちの領主であるブリットとは険悪の関係という話だ。
「ええ、こちらにはギルドはありませんが隣町にはあります……えーと、それで本来隣の町での討伐を依頼することはできませんが、領主様を通しての依頼といえば何とかできるはずです。」
「し、しかし、カルタス伯爵といえば……その……なあ?」
村の者の一人がカルタス伯爵について語ろうとするが、言いにくいことなのか口を濁す。
「ご安心を、カルタス様はあなた方が思っている様な方々ではありませんそれに寧ろそちらの領主様の方が……」
青年は何かを言いかけたところで一度言葉を止める。
「とにかく、ぜひご検討を」
……と、提案されたのが数日前の話で、返答は保留中であった。
その話を思い出すと、再び沈黙が訪れる。
「どうする?」
「俺はありだと思う、他に方法がないなら、頼んでみる価値はあるだろう。」
「ああ、俺もだ。それにあの方たちは信用できると思う。」
そう言って思い出したのはこの件について真剣になって話し合っていた冒険者たちの姿だった。
コワモテの男は見た目こそ厳つく初めは警戒していたが、自分たちを助けるために村中に響くほどの怒声を上げて訴えてくれた、初めこそ反対していた金髪の男も助けることを決めると、すぐにその方法を提案してくれた。そして見捨てることもできた中、わざわざこんな複雑な提案を出してまで助けようと言ってくれたリーダーの青年に心を動かされるものもいた。
「確かにカルタス伯爵に頼むのは不安ではある、しかし我々の問題にあそこまで真剣に考えてくださる方々の言葉を信じてみる価値はあるかもしれん」
「……そうだな。わかった、ならばカルタス様に頼む方向で決めよう。」
そう決めると、代表はツルハシの旅団の元へ行き村の総意を伝えた。




