策略①
ブリットが開催する闇オークションの期日まで残り一ヶ月を切っていた。
準備の方は全て順調に進んでいた。
出品の品はガバスが連れてくる予定だった子供の奴隷を除いては予定通り屋敷に運ばれており、更に他にも追加で様々な品物が出品されることになった。
中でもバーソロミュー男爵から追加された商品は素晴らしいものだった。
バーソロミューは時折このオークションに参加しては他派閥の情報を出品していたが、どれも有益と言える情報ではなく、最低価格で落札されるか買い手がつかない事も多々あったので徐々に参加頻度が減っていた。
今回も参加予定ではなかったが急遽バーソロミュー家の三男が参加することになり、出品してきたのは一人の少年の奴隷だった。
その奴隷は一見はよくいる普通の奴隷だが、その背中には独特の絵風で怪物の絵が描かれていた。
その怪物の絵は、絵にも関わらず見ているものを圧倒する迫力と惹きつける魅力を持っており、目玉になる予定の商品にも十分匹敵するものだった。
目玉はいくつあっても構わない、特にあれほどの物をサプライズで出した時には会場が湧くのが容易に想像できる。
そして参加者も続々とこの街に集まってきている。
表向きはブリットの開催するパーティーの参列者と言うことになっており、領民達からは自分たちの領主の開くパーティーにこれだけの貴族が集まるのかと更に尊敬される事となる。
そう、全ては順調だった……オークションに関しては。
「なに?追加で送った部隊も消息不明になっただと?」
その報告を聞いたブリットは表情を曇らせた。
それは最近自分の領地に現れたという賊の討伐についてだった。
規模は十人程度という話で、初めは二十人ほどの兵士を送ったが、その後連絡が途絶えた。
奇襲でやられたのかと思い、今度は三十人に増やして討伐に向かわせたが。その三十人すらも同じように連絡が取れなくなっていた。
「相手はたかだか十人程度の賊じゃないのか⁉︎」
「わかりません、何せ誰も戻ってきていないので」
常に紳士を装っていた、ブリットが小さく舌を打つ。
――オークションが近づいていると言うのにこの程度の案件がまだ解決しないとは……
「仕方ない、一旦賊の方は後回しにしろ。」
「ですが、ここ最近攫われた村の者から救出はまだかと催促がきています。」
「チッ、大した税も納めてない癖で文句だけは多い愚民めが……」
「あと、この件に関して町で妙な噂も流れています。」
「妙な噂?」
「はい、実はこの賊に関してブリット様が繋がっているのではないかと――」
「なんだと⁉」
その言葉にブリットは声を荒げる。
確かにそういうことはしているが、今回に関してはまるで無関係である。
今までそう言う事を悟られないようにわざわざ遠回りをして動いてきたのに、無関係の一件でバレるなんて事はあってはならない。
むしろ何故そのような噂が流れたのかが謎であった。
――誰かが意図的に流した?だが一体誰が……
ブリットが心当たりのある人物を考える、それで真っ先に出てきたのが隣の領主のマリス・カルタスであった。
「まさか……あの女の仕業か!」
そう考えると同時に今苦戦している賊の件にも繋がってくる。
賊に村人を襲わせその賊と領主が関わっているように仕向ける、それは自分がマリスを貶めるために使った策略と同じ方法だった。
「クソ、油断していた。まさかあの女がこんな強行策に出るとは……」
ガバスが捕らえられて以降、カルタスの屋敷にいたの間者は全て戻ってきており、向こうの状況は把握できていなかったが、マリスの性格を考えればしばらくは領地の立て直しに力を入れるだろうとあまり警戒はしていなかった。
なにより、別の領地の村とはいえ、領民を襲うなどと考えもしなかった。
――あの小娘、何が目的だ?
自分の時はマリスが領主になりたてのところを攻めたて混乱に堕とし、ガバスに領主に置き換える計画だったがそれは自分には使えない。
ただの仕返しならば問題はない。
はっきり言えば村人が何人か攫われたくらいじゃ問題にならないし、こちらの悪評を広めたいというのならそれはそれで構わない、その程度の事は後でどうとでもなるからだ。
だが、どうもそれ以外にも目的がある気が差してならない。
特にガバスを捕らえた時といい、マリスはどうも変な知恵を身につけている気がする。
もし、別の目的があるというのなら、それがオークションの弊害になるというのなら、決してないがしろにはできない。
一応オークションの用心棒として手練れの冒険者を多く雇ってあるが、それはあくまでオークションの警備用である。
「……仕方がない、兵士五十人で調査に向かわせろ。ただし今回は討伐ではなく調査だ。問題となっている賊の数と目的を調査してまいれ。」
「ハッ!」
兵士は大きく返事をしてその場を後にした。
――まずはオークションの成功が先だ、だがオークションが終わり次第、ノイマン様に報告して今度こそカルタス家を潰してやる。
――
「お願いです、早く、妻をたすけてください。」
「私は娘を――」
「ええい、だから。今助けに行っていると言っておるだろうが!」
人目の多いラスタの大通りで、町の警備にあたる兵士たちに外から来たと思われる三人の村人たちが縋り付く。
「ですが、攫われてからもうかれこれ数週間は経っております。これ以上時間がかかって仕舞えば娘達の身が無事かどうか。」
「それに話によれば、ブリット様と繋がりあると言う話が……」
「な⁉そ、そんなわけないだろ!貴様、ふざけたことを抜かすんじゃない!」
村人の言葉にカッとなった兵士が村人の一人を突き飛ばす。
村人が地面に派手に倒れこむと、兵士はここが人目が多い場所である事を思い出し、一つ息を吐くと冷静な口調で宥める。
「……いいか、我らが領主様がそんなことするわけ無かろう、正直あまり言いたくはないが、現在その賊に苦戦中なんだ。」
「で、ですが向こうは数人程度で……」
「詳細は知らん、だが今は新しく部隊を編成して討伐の準備をしている。その数、なんと五十だ。だから今は大人しく吉報を待つがいい。」
「わ、わかりました。」
そういうと、村人たちは背中に悲壮感を匂わせながらトボトボと町の出口へと消えて行った。
……そして、町から離れた場所にある小さな森まで移動すると、村人の一人が通信機を取り出した。
「こちら、ラスタ。」
『おう、どうだ?何か進展はあったか?』
「どうやら向こうも本腰を上げてきてるようだ、次は五十もの兵士を注ぎ込むらしい。」
『はあ⁉五十だと?ふざけんな!』
先ほど聞いた兵士の話を伝えると通信機から怒鳴り声が返ってくる。
『いいか?俺は人を斬るのが好きなんじゃねぇ、強い奴と戦うのが好きなんだ、雑魚ばっかじゃなくて強えやつを一人寄越しやがれ!』
「そんな事俺たちに言われても困るぜ、とにかく向こうもそろそろ本気で動いてくる油断はするなよ。」
そう報告をすると、通信機を切る。
「ったく、アルビンの野郎、油断して失敗しなきゃいいけど。」
「まあ、あんなけ強けりゃ大丈夫だろ。近くにはギリスもいるしな。」
「そうだな。それに人の事よりまず自分のことだ、うちのボスが体張ってんだから俺たちも働かないとな。」
その言葉に他二人が同意すると、三人は周囲に誰もいない事を確認し、みずほらしい服装から一般的な平民の服に着替えて再び町に戻って行った。




