悪女への成長
「なるほどな、ノイマンか。これまた厄介なやつが後ろにいたもんだ。」
仲間たちとの報告会議を終え新しい方針が決まった翌日、俺はレーグニックにこれまで集めた情報を通信機を通して報告した。
レーグニックはその報告の中でノイマンの名前を聞くと、口調は変わらずも通信機越しからでもわかるほど不機嫌な声で返してきた。
「で、どうする?まだ続けるか?」
「勿論だ、引き受けた仕事はきっちりこなすさ。」
標的はノイマンに変わったが、その傘下にいるブリットを潰す事に変更はない。
何より途中で仕事を放りだすのは俺の面子が許さねえ。
「へえ、後ろにノイマンがいるってのに随分強気じゃねーか。流石のお前もこいつの事くらい知ってるだろ?」
「まあな。」
勿論知っている、何せ昔の雇い主様だ。
王国三大貴族と呼ばれるほどの大物で今の俺では手と足も出せない相手ではある。
だからこそ、ブリットの様な小物の後ろについていることが皆予想外だったんだろう。
だが……
「確かにバックにいる相手にしては想定外の大物だった、だがそれならそれなりのやり方もある。」
「ケハハ、という事はある程度算段は付いてるんだな。まあいい、できると言うなら何も言わねえ引き続きお前に任せる。」
「ああ、そこでだが、ブリットと交流のある貴族の情報が欲しいんだが頼めるか?絞れるならノイマン派の属するやつで、頭が弱くて、女好き、プライドが高くて危機感が足りない息子がいる奴がいいな。」
「随分と注文が多いな、まあ、それくらいならすぐ見つかるだろ、なんせそんな奴は貴族には腐るほどいるからな。」
レーグニックが皮肉たっぷりに言う。
「ならそちらに関しては問題はなさそうだな。」
「ああ……しかし、まだマリス嬢との協力関係は続いていたとは意外だったな。」
レーグニックが要望の意図について察したのか、マリスとの関係の事について口にした。
拠点をヴェルグに移すことを決めた後、俺達は一度白紙にもどしたマリスとの関係について改めて話し合った。
ノイマンがバックにいると言うことがわかったので降りると言う選択肢を与えるために話を白紙に戻しはしたが、結局ブリットを潰す方向で行くことを決めると、マリスはなんの躊躇いもなく、再び打倒ブリットの為に手を組むことを希望した。
「あの正義感の強いお嬢さんの事だから、立場を取り返せばお前みたいな輩とはすぐ手を切ると思っていたんだが、口説き落としでもしたか?」
「さあ、どうだろうな。」
レーグニックは意外そうに言うが、ここ一ヶ月会ってきたこっちからすれば寧ろ想定内だった。
元々正義感が強いクソ真面目な奴だ、領主としての立場上正しさだけを求め今まで多くの制限を自分に設けてきたんだろう。
だが、今回の一件で気づき始めているはずだ、正義も悪もない事に。
そして一度タガが外れればこういう奴はどんどん躊躇いをなくしていく。
マリスには女の武器となる容姿も家柄もあり、今回の経験で度胸もついた。今後も経験を積んでいけばあいつはいい悪女になる。
「ケハハ、まあ精々かわいがってやれよ。」
……こいつは、少し誤解している様だが、まあいい。
「そう言えば一つ聞きたいことがあるんだが?」
「あ?」
「ノーマって貴族についてなんだが――」
――
「モンベル、準備の方はどうですか?」
カルタスの屋敷の執務室で、領主の机に椅子に座る姿がすっかり板に付いたマリスが目の前で立つモンベルに尋ねる。
「はい、問題ありません。いつでも準備はできています。」
足がうまく機能せず杖に支えられながらも、モンベルは出来る限り頭を下げて報告する。
「……ですがお嬢様、」
「どうしました?」
「私はこの作戦には反対です、これではお嬢様がまるで……」
そこまで言うとモンベルはその先に続く言葉を止めた。
「もう、宜しいではないでしょうか?無事に家は守れました、ブリットの方はあの方々が片付けていただけるといっておられます。態々お嬢様まで動く必要はないのではないでしょうか?それにこんなことはコレア様も望んではおりませぬ。」
「父の望みですか……」
「はい、きっとコレア様はお嬢様に幸せに生きてほしいと思っているはずです。復讐など決して願わないはずです。」
「……」
確かにモンベルの考え方は正しいだろう、マリスの知る父ならきっとそう考えているはずだ。
誰に対しても優しく誠実で……そして甘い
「ねえモンベル、復讐って誰のためにするのだと思いますか?」
「はい?」
「私も今までずっと考えておりました、こんなことをしても父はきっと喜ばない、こんなことを望んでいないと。」
「では――」
「ですが、ふと思ったんです。果たして本当にそうなのか?と。」
マリスの表情に険しさが増す。
「生きている人間の気持ちもわからないのに故人の気持ちなどわかるはずがない。生前に聖人と呼ばれた人でも殺されれば恨みを持つ人だっているのかもしれません。故人の思想なんて生きている者の都合で変わるのではないかと。」
「それは……」
「ならばでは復讐はなんのためにするのか?それに対し私が導き出した答えは、復讐とは生きている者のためにするのです。」
「……!」
「モンベル、私はガバスをこの手で殺しました、どういう理由であれそれは許されることではありません、しかし許してもらおうとも微塵も思いません。今更もう戻れません、だからもう戻りません。私は自らの手でもブリットを討ち、復讐を果たしたことで今までの自分にけじめをつけたいのです、この復讐は私のため、私が前に進むためにするのです。そしてわたしはこれからもこの汚れた手を更に汚しながらこの地に住む人々と家の名を守って行こうと思います。ですからあなたもここから去ってもらっても構いません、あなたの仕えていたカルタスはもういないのですから。」
マリスは強いまなざしで真っすぐモンベルを見つめると、モンベルもその眼差しから眼を逸らさずに見つめかえす。
モンベルの目に映ったマリスの瞳から感じられたのは何事にも屈さないという覚悟。
そして、どれだけ力強く見つめようが隠し切れていない優しさを感じ取った、モンベルは静かに目を閉じた。
「……わかりました、お嬢様がそこまで考えているのなれば私はもうなにも言いません。共に奈落の果てまでお供しましょう。」
「……ありがとうございます、ではこれからもよろしくお願いします。」
モンベルが深く頭を下げると、マリスに改めて忠誠を誓う。
そしてそれと同時にあのマリスの心境をここまで変えさせた男の事を考える。
――ティア・マットか……名前に負けぬ恐ろしい男よ。




