仕事③
ギルドで言伝の書かれた手紙を読んだ後、レーベルの町を発ったレーグニックは、隣にある町、リンドン近辺にある教会を訪れていた。
元は旅人や商人たちが旅の途中に休むため訪れるようなありふれた教会だったが、最近になって地下室が見つかり、そこが巷を騒がせていた子供の行方不明事件の主犯である賊たちのアジトだったという事が判明した。
賊とグルであったその教会に勤めていた神父も捕えられて以降、誰もそこに足を踏み入れておらず、すっかり廃屋となりつつあったが、レーグニックは構う事なく教会の中へと入っていった。
中にはやはり人の気配はなく、誰もいない椅子が並ぶ礼拝堂に女神像だけが寂しく佇んでいる。
レーグニックは以前、事件の詳細を聞いた時に得た情報を元に神父が使っていた部屋の中の隠されていたスイッチ作動させる。
すると礼拝堂の方から大きな音が聞こえ、戻ると女神像の石像が横に移動しており元の場所には地下へと続く隠し通路が現れる。
「神の下へ……か」
レーグニックは手紙に書かれていた言葉を思い出しケハハと独特の笑い方で小さく笑うと、そのまま地下へと降りていった。
隠し通路を進んで真っ先に目についたのは大きな牢屋だった。
恐らく以前はここに攫ってきた女子供を捕えて閉じ込めておいたのであろう、だが今はその中には誰もいない。
レーグニックはその牢屋の向かい側にある扉の方に眼を向ける。
中から人の気配を感じ、レーグニックはその中へ足を踏み入れる。
すると扉を開けた先には、人一人が暮らすには十分な広さの部屋が広がっており、そして奥の壁越しに置かれたソファーには一人の少年が座っていた。
「おう、来たか。」
赤い髪と紺色の目が特徴的な少年は、突然入ってきたレーグニックに動ずる事もなくその見た目には似合わない葉巻をふかして、まるでここに来るのが分かっていたかのようにレーグニック迎え入れる。
「ケハハ、随分いい所に住んでるじゃねえか?」
「だろ?やっぱ秘密の隠れ家ってのいくつになっても男のロマンだよなあ?」
こんな光も届かない部屋のどこがいいのかと、皮肉を込めて言った言葉を少年が軽く受け流すとレーグニックはつまらなそうな顔を見せ、そのままソファーの前に置かれたテーブルに腰を掛ける。
「レーベルじゃ随分暴れたらしいな。」
「別に、やられたからやり返しただけだ。」
「家を燃やされた仕返しに相手を燃やしたって訳か、ケハハ、流石龍王の名は伊達じゃないな、『ティアマット』さんよ?」
その名前で呼ぶと、少年はピクリと反応する。
「……どこでその名を?」
「お前が暴れた酒場にお前の事を知ってる奴がいてな、色々聞かせてもらった。お前の名前、そして無能だって事もな。」
「そうか。」
少年は初めこそ反応を見せたが、理由を告げるとあっさり納得し特に興味を持つことなくいつもの冷めた態度に戻る。
無能の事に触れれば少しは焦りや怒りを見せるかと思いきや、その少年「ティアマット」は特に気にした様子はなかった。
「で?それは本名なのか?」
「名前を書く機会の時に元々名前がなかったから縁のあった名前を適当にくっつけたらそうなっただけだ。それで、今日は居場所の確認に来ただけか?」
「まあ、本来はそのつもりで来ただけだったが――」
と、そこでレーグニックはふと今起きていた一つの出来事について思い出す。
「……そうだな、正直まだ少し早いが仕事を頼むのもありかもな。」
そう決めると、レーグニックは早速その事について話始める。
「お前、リンドンの領主のコレア・カルタスを知っているか?」
「ああ、以前の賊を捕まえた時に一度会ったな。」
「そうか、なら話は早い。実は最近そのカルタスが死んだ。」
「……そうか。」
「驚かないんだな?」
「貴族らしくない奴だったからな、逆に言えば普通の貴族には疎まれるような奴だ、敵も多かっただろう。」
ティアマットはその言葉に特に驚いた様子も見せず淡々と答える。
「それで、誰に殺されたんだ?」
「リンドンの近隣町、ラスタ領主のブリット子爵……と俺はそう睨んでいるが断定はできない。」
「断定できない?」
「ああ、何せ表向きは自殺と言うのが現状だからな。」
「なるほど、そう言う事か。」
その一言でティアマットが察したのを確認すると、レーグニックはそのまま話を続ける。
「ブリット子爵は裏で違法奴隷のオークションを開いているという噂のある男だ、そしてお前が手を貸して捕まえた商人グランデンとも交流もあった。」
「動機は明白という事か、しかしそんな簡単に誤魔化せるものなのか?」
これが平民なら強引な手段でもなんとか出来ただろうがコレアは貴族であり、適当な捜査をされることもない。ブリットも子爵と言う貴族的地位ではあまり高くないのでどうにかできるような力も持っていない。
この少年が疑問に思うのも当然だろう。
「簡単な話だ、この一件にはまだ上がいるという事だ。」
「……ああ、そいつも上のやつに良いように使われてる口か。」
その情報にティアマットが鼻で笑う。
「カルタスはブリットのやつにグランデンに罪をかぶせたと言いがかりをつけコレアを呼び出し、コレアはブリットの元へ向かう途中に殺された、しかし報告では罪がバレ、追い詰められたコレアが自ら命を絶ったとされている。」
「……」
「結果として、グランデンは無実となり、代わりに汚名を被って死んでいったカルタスの家は今、領民達から反発を受け始めている。今は娘が代理を務めて何とか持ち堪えているが、ブリットについているコレアの弟のガバスが扇動を企てていて、そう長くは持たないだろう。まさにブリットから見たら最高のシナリオが出来上がっているな。」
そう言ってレーグニックは笑ってみせる、しかしそれも数秒の事ですぐに笑い声は途絶えた。
「カルタスは貴族の中でも人格と有能さを兼ね備えた優秀な男だった。それだけにこんなゴミ共に罪をかぶせられて死ぬのは納得いかねえ、かと言ってこっちは国家の犬だ上にお偉いさんがいるんじゃできる事は限られている。お前、動けるか?」
レーグニックが真面目な顔で尋ねると、ティアマットは一度葉巻をふかして間を空ける。
「……正直、逃亡の身である俺にとっちゃあ俺にとっては現状の方が動きやすいだろう……だが、今回の一件、子供達を攫っていた賊を見つけ、グランデンとの関連性を裏付けたのはあんたに依頼を頼まれた俺によるものだ。そしてそれに間違いはない。しかし、そのブリットと言う男はそれはコレア・カルタスによるものだと言い張り罪を擦り付けた……それはつまり、俺の仕事にケチをつけたと言うことになる」
その瞬間、ゾクリと背筋の凍るような悪寒を感じるとレーグニックは呼吸を忘れて硬直する。
それはスキルや魔法でもなく、たった一人の人間から放たれた圧倒的な威圧感だった。
――おお、いいねえ、この感じ。やはり俺の目に狂いはなかった。
それを感じたレーグニックが腕を小さく震わせながらほくそ笑む。
レーグニックはその仕事柄、強者と呼ばれる人間と幾度か出会う事がありその度にその強さを肌で感じる事がある。
そしてそれは相手の圧倒的な実力の他、見た目、雰囲気、実績なども合わさってわかるものである。
だが、この目の前にいる少年にはそれが全くと言っていい程ない。
見た目はまだ子供で経歴なども一切不明、更に無能という事だ。
正直戦えば負ける要素などないかもしれない。
それでも感じ取れるこの凄みのある迫力、そしてこれは他の強者たちとは似ても似つかないものだ。
例えばレーグニックが尊敬し最強の剣士と畏怖する聖騎士団団長アルバート・メンデス。
彼はその圧倒的な強さと風格により相手に勝てないと思わせ、戦う事さえ拒ませる貫禄がある。しかしそんなアルバートに対し、このティア・マットの放つ迫力は、逃げる事さえ考えられなくさせる。
そしてレーグニックはそれに対し、恐怖を通り越して魅力に感じてしまっていた。
「いいだろう、なら今度はとことん追い詰めてやろうじゃねえか。」
そう言うと、ティアマットは煙草を手で握りつぶし立ち上がった。




