エッジと奴隷の少女①
――二週間前
ティアがリンデンの街に調査に赴いてから数日。
日常業務となりつつあったギルドの依頼の薬草採取をこなすため、町の近くにある森へ足を運んでいたエッジ達の前に今、三匹のゴブリンが立ちはだかっている。
相手はたかがゴブリン、複数いれど冒険者にとってそこまで危険な敵ではない。
しかしエッジ達のパーティー、ツルハシの旅団でまともに戦えるのはエッジのみで、ほぼ一般人と言ってもいい他の三人にとっては十分脅威になる。
エッジが片手で剣を構え隙を窺う。
「いけぇ!ダンナァ!」
「やっちまえ!」
「けっ、野郎どもに応援されても嬉しくねぇってんだ」
後ろから聞こえる仲間達の声援にエッジが愚痴をこぼしながらも小さく微笑む。
そして、剣を強く握りしめると、エッジはゴブリン達に向かって斬り込んでいった。
――
「ほら、これが今日の分の薬草だ。」
森から帰ってきたエッジがギルドの受付に薬草の入った袋を提出する。
「はい、では確認しますね。いつもありがとうございます。」
薬草採取の依頼は危険が少なく、単純で簡単な依頼な分報酬が少ない。
その事から他の冒険者から人気のない依頼で、この街で依頼を受けるのは駆け出し冒険者か仲間の安全を考慮して活動しているはツルハシの旅団くらいである。
「そう思うんならもう少し報酬を上げてもらいたいもんだぜ、皆が皆危険がないわけでもないんだからな。」
エッジが悪態をつきながら、討伐の証となる出くわしたゴブリンの耳を三つカウンターに置く。
「はい、勿論少し上乗せは致しますよ、と言ってもゴブリン程度じゃ微々たるものですけど……」
「だろうな。」
「では、これが今回の報酬です。」
「たくっ……ん?これは⁉」
渡された報酬額を見てエッジが目を見開く。
「おい、これ本当かよ?元の報酬の十倍くらいあるじゃねえか?」
「ええ、確かにその金額であっていますよ、なにせ渡された袋の中には薬草だけでなく高級食材のキマワリダケも入っていましたから。」
「なに⁉」
その言葉を聞いたエッジが思わず後ろに控えているマーカス達の方を振り向く。
すると三人は驚くエッジの顔を見てニヤニヤと笑っていた。
「へへへ、エッジの旦那がゴブリンと戦っている間に見つけたのでこっそりとっておきやした。」
「エッジさんのこの驚き顔、マーカスさんのドッキリ大成功ですね」
「キマワリダケは珍しいだけでなく、触れるだけでも毒に侵されるキマワリドクダケと見分けがつかないので誰も獲ろうとはしないのですが、そこは流石『鑑定』スキル持ちのマーカスさんですね。」
「お前ら……やってくれるじゃねえか!よし!今日は久々に飲みに行こうじゃねぇか!」
エッジが高らかにそう言うと、そのまま酒場へと繰り出した。
――その夜
「かぁー!久々の酒はやっぱ美味いぜ!」
エッジがジョッキに入った酒を一気に飲み干し勢いよくテーブルに置く。
「しかし、こんなに早く次の酒が飲めるとは、マーカス様様だぜ。」
「いやー、たまたまっスよ、それにいつもはエッジの旦那やルース、ビレッジには普段から世話になってるっスから」
「それを言うなら僕らの方こそ、マーカスさんやエッジの旦那には良く助けてもらってますよ」
四人がジョッキを片手にそれぞれを讃え合う。
「お、ツルハシの旅団が飲みに来るなんて珍しいな。」
酒を飲んでいる四人に気づいた、顔見知りの冒険者が声をかけてくる。
「おう、少し臨時収入が入ってな。」
「ハハ、そりゃ景気のいい話じゃねえか、あとで他の奴らも来るから一緒に飲もうぜ。」
「おう。」
そう言葉を交わすと冒険者たちは自分達の席へと戻っていく。
「……まさか、俺達みたいなのがこんな風に他の人間に気軽に声をかけられる日が来るなんて、一年前じゃ考えられなかったなあ。」
「このきっかけをくれた、兄貴に感謝っスね。」
「ああ、こうしてお前らとも堂々と酒場で酒が飲めるのもあいつのおかげだしな。」
エッジはジョッキを持つ手の切り落とされた指を見てこれまでの事を振り返る。
今からおよそ一年前、エッジは山賊として活動していたところを近くの町が雇った冒険者に捕えられ、犯罪者奴隷として孤島にある鉱山で働かされていた。
すぐに脱走の機会が訪れなんとか奴隷からは抜け出せたものの、エッジの人生はどん底まで落ちていた。
自分達を先導し、島から脱出させてくれた名もなき少年の奴隷からその功績と立場を奪い、他の奴隷達を率いたのは良かったものの、その後の行動に反感を買い対立すると、その奴隷は容赦なくエッジに牙を向いた。
相手は無能と油断しきっていたエッジに対し、その無能の奴隷は一切武器も魔法もスキルを使わない純粋な暴力でエッジを徹底的に痛めつけた。
それは体術というにはあまりに雑で獣じみた戦い方だったが、それが逆に痛み以上の恐怖を演出して、その少年の見た目とはかけ離れた迫力のある声色と気迫も合わさって、気がつけばエッジは情けなく命乞いを繰り返していた。
その甲斐もあってエッジはなんとか命までは取られずに済んだが、指を切断され、痛めつけられた体はボロボロになり碌に動くことはできず、更に皆の前で醜態を晒した事で、かつての部下を含めた他の奴隷達は自然とその場から離れていった。
何もかもを失い、そのまま森で野垂れ死んでもおかしくなかったエッジだが、それでもなんとか生きていられたのは残ってくれた三人の奴隷仲間のおかげだった。
貴重な鑑定能力を持つマーカスに農民としての知識を持つルースとビレッジ、戦闘能力こそはなかったが、自分達の持つ能力でエッジを手当てしながらなんとか食料を確保しながら飢えをしのいできた。
そして自分を見捨てなかった三人に対し、仲間の大切さを実感したエッジは傷が癒えた後もそのまま四人で行動することとなった。
状況はなかなか変わることはなかったが、それでも四人で協力し合い、生き延びてきた日々は山賊時代よりも充実した毎日であった。
そんな状況に変化が起きたのはそれからおよそ一年後の事だった、行く当てのないエッジ達が行き着いたのはマーカスの故郷であるレーベル、そこでエッジはマーカスから因縁の相手の目撃情報を聞くこととなる。
街中で例の少年を見たというのだ。しかし、エッジは恐怖心こそまだ少しはあるものの恨みのような感情はなく、ただ純粋にもう一度話がしたいという思いから呼び出してもらうことにした。
そして一年ぶりに再会した相手は以前とは変わっていた。
痩せこけて未だに奴隷服を着ている自分達に対し、向こうはしっかりと肉付いて身だしなみの整った格好をしていた。
それだけで自分達とは違い上手く生きていることを悟った。
別にそれに対して驚くことはなかったが、その後の言葉に驚きを見せた。
なんと、その少年は恩人を助けるために貴族を殺し、再び逃亡の身となったということだった。
互いの事情を聞き、共に行動する事になると、少年は新しくつけられたティアと言う名を名乗り、エッジ達に身なりを整えるためのお金を渡した。
その金で汚れを落とし、服と武具を買い、堂々と街中を歩けるようになった四人は、そのまま冒険者となり稼ぐ手段を手に入れ、そして現在に至る。
ティアは指名手配の身であることから別行動が多いが、向こうは向こうで別の誰かと接触して動いている様だ。
相手は少し怪しい雰囲気を纏う人物ではあったがマーカスが鑑定スキルでこっそり調べたところ、聖騎士団の人間らしいので危険な相手ではないだろうと、関わらないようにしている。
――しかし、皮肉なもんだな、もしあいつと出会ってこの指を切り落とされていなければ、俺ははきっと今頃奴隷として死んでいたか、もしくは山賊をしていただろうな。
今ではこの指が過去への戒めとなっている、改めて過去を振り返りエッジはそう感じていた。
「ホント、あいつには感謝してるぜ。」
そう小さく呟くとエッジは酒に口を付ける。
それから時間が経ち、エッジ達は他の冒険者たちとも一緒に酒を飲み始め盛り上がりを見せていた頃、酒場の扉が勢いよく開けられる。
入ってきたのは柄の悪さが目立つ冒険者と思われる男達が五人
……それと、その前に首輪を巻かれ鎖で繋がれた顔が痣だらけの幼い少女が立っていた。




