後戻り
道端で出会った兵士から話を聞きだすと、急いで宿へと戻る。
宿に着き、そのまま勢いよく入口の扉を開けると、中ではジェームスが、カウンターの前で女将に介抱される形で倒れていた。
「親父さん!」
ボロボロになったジェームスに駆け寄り、顔を覗き込む。
ジェームスは頭から血を流し、顔には何度も殴られたような痣があった、だが意識こそないものの、なんとか息はしている。
「安心しな、ジェームスさんは気絶してるだけだよ。でも他の二人は……」
女将はそこまで言うと、最後まで言い切ることなく悔しそうに俯いた。
「……二人の事は聞いています。」
先程強引に聞き出した兵士の話によれば、奴らは以前言っていた兵士長と共に入場料を未払いを理由に因縁をつけ、彼女たちを連行したらしい。
兵士達は元々これが目的で俺たちをこの町に入れたんだろう。
「ジェームスさんも何度も殴られながらも必死で抵抗していたんだけど、倒れた際に頭をぶつけてしまい、そのまま意識を失ってしまって……」
「……」
気絶しているジェームスの顔には薄らと涙の跡が見える。
確かに気弱な一面が目立っていたジェームスではあったが、涙だけは決して見せなかった。
そしてここ最近はそんな気弱な姿も影を潜めていた。
「相当悔しかったんだろうに……」
「ジェームスさん、立派だったよ武装した兵士達にも一歩も引かずに……以前来た時はもっと気弱な様に見えたのに……本当凄く立派だった。」
「ええ……家族の自慢の父親です。」
奴らの目的はあくまでマリーとエリザだったはず、大人しく従っていたのならここまで酷く傷つく事もないはずだ、ならばこの怪我でどれだけジェームズが抵抗したのかがわかる。
「……奴らはどこへ?」
「恐らく、この町の詰め所に向かったんじゃないかねえ」
「そうですか。」
確か詰め所は俺達が入ってきた町の入り口とは逆方向の入り口の近くにあったはずだ。
「ちょ、ちょっと待ちな!まさか、一人行くつもりかい?向こうには武器を持った兵士が町にいる奴らだけでも二十人はいるんだよ?あんたが一人行ったところで何もできやしないよ!」
「悪いですが、そんなんじゃ、助けにいかない理由にもなりやせんよ。」
俺は立ち上がると、女将の言葉を無視してそのまま外へと出て行く。
「親に手を出されて黙ってられるほど、まだ腑抜けちゃいねんだよ……」
――
詰所へ行くと、建物の前には門番のように兵士が二人立っていた。
二人は何やら会話に夢中で俺の存在に気づいていない、俺はそのまま正面から奴らの元へ向かっていく。
「へへ、しかしまさかあんな美人親子が来るとはな。ラッキーだったぜ」
「ああ、普段なら美女はブーゼル様に献上しなきゃいけないが、片方は俺達がもらえるように兵士長がかけあってくれてるらしい、上手くいけば母親は俺たちのもんだ。」
「兵士長が帰ってくるまでお預けなのが残念だが、まあ仕方ない。だが、今夜には楽しめそうだぜ。」
「……と言うことは、まだ二人は無事という事だな?」
「へ?」
ニヤニヤ笑いながら話す二人の会話に突如割り込んできた俺の声に兵士達は顔を向けると、それと同時に片方の兵士の顔に拳を入れる。
「がはぁ!」
「な、なんだきさ――ぐふぅ!」
「悪いがてめえらと話してる時間はねえ。」
動揺を見せる合間にもう片方の門番も速攻で片づけると、そのまま扉を蹴り破る。
「マリー!エリザ!無事か?」
「ティアちゃん!」
中を見渡すとすぐに両手両足を縛られて部屋の隅で拘束されているエリザを発見する。
しかし、その場にマリーの姿は見当たらない。
「な、なんだ貴様!」
突然の来訪に驚きを見せた兵士たちが慌てて俺の前方を囲うが、俺の事に気づくと落ち着きを取り戻し鼻で笑う。
「フッ、なんだ、誰かと思ったら広場でゴミを売っていた露天商のガキじゃないか。そうか、貴様もこの家族だったのか。」
「母親と姉を取り返しに来たか?安心しろお前の家族は俺たちがたっぷり可愛がって――ぎゃあ!」
「てめえらの戯言に付き合ってる暇はねえ。」
「き、貴様……」
兵士どもの言葉を無視して一人を殴り飛ばすと、その一撃で気絶した兵士を見て余裕を見せていた他の兵士達は一気に警戒を強め剣を構える。
数は今殴ったやつを合わせて十三人、途中であった兵士と門番を合わせても十七人。
女将から聞いた人数と若干合っていないところを見ると、残りの奴らがマリーを連れて行ったと言うことか。
なら、さっさと片づけないと。
「たかだか商人の分際で我らのブーゼル様の兵士に楯突くとはいい度胸だ、死ねぇ!」
一人が正面から襲いかかってくると、それを受け流すようにかわし、よろけたところで腹に膝を入れる。
防具越しから受けた衝撃に兵士が思わず腹を抱えて膝をつくとそのまま頭を蹴飛ばし壁に叩きつけ、気絶させる。
これで残りは十一人
「こ、こいつ……」
兵士達が剣を構えて威嚇するが、それ以上の動きは見せない。
いや、正確に言えば、動けないのだろう。
ここが広い場所なら良かったが、この場所は大人数で暴れるには少し狭い。室内ということもあって自慢の魔法も使うことができない。
そして、今俺が難なく一人を仕留めたことで兵士達は、俺相手に一人で挑むことに躊躇いを見せ始める。
「時間がない、こないなら、こちらから行くぞ」
俺は全方向囲まれないように、部屋にある物の配置を利用しながら一人、一人を確実につぶして行く。
「お前で最後だ……」
「お、お前何者――ぐわぁ!」
最後の一人の顎にアッパーが決まると兵士はそのまま崩れ落ちる。
そして、その場が静かになると、エルザの縄をほどきに行く。
「立てますか?」
「え、えぇ、ありがとう。」
縄を解くとエルザが立ち上がる。
冷静ぶってはいるが、肩が震えているのをみるとやはり怖かったのだろう。
「マリーは?」
「他の兵士に連れて行かれたわ、恐らく領主のいる町はずれにある屋敷に。」
「そうですか、なら急いでいかないと、だがその前に……」
俺は一人の倒れている兵士から剣を一つ奪う。そしてそのまま兵士の首に突き刺した。
「うぐぅ⁉」
兵士から呻くような声が聞こえたかと思うと兵士はそのまま息絶えた。
「ティ、ティアちゃん?一体な、なにを……」
「このまま生かしておいては面倒なんで、ここの奴らは全員殺します。」
剣を抜くと、その場には小さな血溜まりができる。
俺はその血にぬれた剣で、外にいた兵士達をも含め、ここにいる兵士達の息の根を次々と止めて行く。
「本当なら楽に殺したくはないが、今は時間がないのでな、ありがたく思え。」
最後の一人にとどめを刺すと、俺は剣をその場に捨て置きエルザの方を振り向く。
「とりあえずここはこれで大丈夫、すみませんが後は一人で――」
「ひぃ⁉」
だが俺の顔を見たエルザが俺に対し悲鳴を上げる、その表情は先ほどよりも遥かに恐怖で満ちていた。
……ああ……そうか……そりゃそうだよな、いくら物騒な世界でも全員が死に慣れている訳でも死への覚悟を持っている訳でもない。
淡々と人を殺った、俺が恐怖の対象になる事は決して不思議じゃない。
特に今まで家族の前で人間を殺すところは見せた事はなかった分余計にだ。
俺はこの家族とは初めから生きている世界が違ったんだ。
……なら、俺のやることは一つしかない。
俺は決意を固めると、その場で両膝を床につき、拳を立て、そのまま額が床につくほど深く頭を下げた。
「この一年間、大変お世話になりました!この御恩は一生忘れません!」
「ティ、ティアちゃん……?」
「貴方がたレクター家の皆さんに出会えたことで、私はこの一年間、真っ当に生き抜くことが出来ました。この事に関して感謝してもし切れません!この御恩に報いるためにもマリーさんは必ず私が命に代えても救ってみせます!」
今までの感謝と敬意をこめて叫ぶように言った。
この世界に土下座という文化があるのかはわからないし、向こうに意図が伝わったのかもわからない。
だが、俺は俺なりの形で最大の誠意を見せたつもりだ。
俺は立ち上がると、マリーが連れて行かれた領主の屋敷を目指す。
後ろからは我に帰ったエルザの引き留める声が聞こえるが、振り返らずに前に進む。
何故なら振り返ったところで、もう後ろには引き返す道など残っていないのだから。




