聖騎士団②
「お前らの様なクズはこの、正義の騎士団員『スー・ウェール・ケットシー』が成敗するニャ!」
転移陣から突如現れたスーと名乗った獣人族が兵士を奥の建物まで蹴り飛ばすと、他の兵士たちに向かって指を突きつけながら高らかに宣言した。
突然の出来事に、兵士たちが呆然としていると、更に続いて転移陣から褐色肌の男が現れる。
「まったく……せっかく、転移と言うものを体験できたというのに、まさか移動した先にこんなクズたちがいるとはね。」
褐色肌の男は転移陣から姿を現すや否や、呆れたようにそう呟き、深々とため息をついた。
「お前らは聖騎士団の……なんで――」
「その姿……獣人族にその肌はマラリア族だな……穢れた人種共が一体何の用だ?」
「私たちは騎士団ですから。当然、市民を害なす者から守るために来ました。」
そう言うと、聖騎士団の二人はエッジたちを庇うようにして前へと踏み出した。
「騎士団だと?ハッ、この国の騎士団はこんな穢れた種族でも入れるのか、随分人手不足のようだな。まあいい、ならばこいつら諸共殺して――」
「おーおー、なんか面白い事になってじゃねえか。」
そしてこの日、四度目の転移陣が起動し、レーグニックが姿を現す。
すると、先ほどまで余裕を見せていたランドの表情が一変した。
「な⁉き、貴様は、『死神』グレイス・レーグニック⁉なんでここに?」
「お、副長を知ってるニャ?てことは悪党だニャ。」
「どういう判断の仕方ですか……。」
褐色肌の男がスーの言葉に静かにツッコミを入れる。その一方で、そのやり取りを聞いたランドは露骨に動揺を見せていた。
「ふ、副長だと⁉貴様は確か冒険者だったはずでは――」
「おいおい、いつの話をしてんだ?そんなもんは三年も前に引退しちまってるよ。それで、今はどういう状況だ?スー、ニール、説明しろ。」
「知らないニャ。」
「私も同じく。着いたばかりなので詳しくは分かりませんが……状況を見るに、先ほど副長が言っていたように、下賤な連中が冒険者を襲っている最中だったと思われます。」
レーグニックの問いにスーと、ニールと呼ばれた褐色肌の団員が答えると、レーグニックは小さく笑みを浮かべた。
「ケハハ、なら現行犯だな。こいつら全員拘束するぞ。」
レーグニックが二人にそう告げた途端、ランドは一気に慌て始める。
「ま、待て!この紋章がわからないのか?俺達は北部の貴族、コーデリア伯爵の兵士だぞ?」
ランドが自分の持つ剣の紋章を見せつける。
しかしレーグニックはそれを鼻で嗤った。
「ハッ、コーデリアんとこの武具は、最近コソ泥に盗まれたって話でな。紋章の位置と色を変えて、一式まるごと新調したばかりだ。そして、その色は裏で出回ってる盗品のやつだ。」
「な……⁉」
「……なんで副長がそんなこと知ってるニャ?」
「それは俺が優秀だからだ。」
スーの素朴な疑問を軽くいなし、レーグニックは淡々と話を続ける。
「で、お前らは何もんだ?」
「そう言えば先ほど、私たちに対しこの国の騎士団はって言っていましたね。」
「なるほど、それに俺の事を冒険者とも言っていたな?じゃあ帝国の連中か。」
「⁉」
「あと、その兵士共は冒険者……だと思う」
「ほう?」
聖騎士団の会話にエッジが口を挟むと、レーグニックは興味深そうに耳を傾ける。
「その構え方からして、兵士ではないのは確かだが、そいつらはDランクの俺を見下すようなことも言っていた。多分だが、俺達よりもランクが上の冒険者じゃねえか?」
エッジが自分の考察を語ると、ランドの表情から焦りが見え始めた。
「ケハハ、いい着眼点だ。なるほどな、となればこいつらは恐らく帝国のゲルマン商会と、そいつに雇われているブラックギルドの連中だな。」
「ブラックギルドニャ?」
「命令違反を繰り返し除名された上位冒険者を扱う非合法なギルドの事です。ゲルマン商会はそのギルドの常連として名前が挙がっています。」
「帝国の商人がどうしてこんなところにいるかは、まだわからんが……まあ吐かせるか。」
「ク、クソ、撤退だ!」
レーグニックの考察が当たっていたのか、ランドは慌てて兵士たちに撤退を命じる。しかし、兵士たちは首を傾げるばかりだった。
「はぁ?そりゃないぜ旦那ぁ。せっかくこんな堅苦しい鎧まで着て、ここまで来たってのによぉ」
「ああ、せっかくこの国の人間なら好きにしてもいいって言ってたから、ついてきたのに」
そう言うと、兵士たちは兜を脱ぎ捨て、顔を露にした。
「馬鹿!勝手に顔を晒すな!お前らの中には、この国で指名手配されてる奴もいるんだぞ!」
「へっ、だったらこいつら全員まとめて消しちまえばいいだけだろ?」
「ああ。たかが王国の騎士団なんざ、俺たちAランクパーティー『死神の鎌』の相手じゃねぇよ。」
「だから余計な情報をバラすなと言っているだろうが――!」
不用心に正体を口にする冒険者たちを、ランドは焦ったように怒鳴りつける。
一方でニールは、今聞いたパーティー名を抜かりなくメモしていた。
「ケハハ、こりゃあ吐かせがいがありそうだな。よし、スー、お前は後ろに回って退路を塞げ。ニールは倒れてる連中の治療だ。そして、エッジは動けるならニールを守れ。」
「「ハッ!」」
「お、おう。」
レーグニックの指示に、二人の団員が返事をするとすぐに行動を開始する。遅れてエッジも返事をし、身構える。
スーはわずかに重心を低くして地面を蹴ると、一瞬のうちにランドたちの後方へ回り込んだ。
ニールはエッジに治癒魔法をかけた後、すぐに倒れているバルドたちへ駆け寄り、怪我の手当てを始める。
そして、レーグニックは一歩前に踏み出し、懐から小さな短剣を取り出した。
「しかし、相手はAランクパーティーだぞ……一人で大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫です。副長にはあの方たちが付いていますから」
エッジの問いかけに、ニールは治癒魔法を続けながら答える。
レーグニックは短剣で指先を軽く切り、一滴の血を地面に落とす。
すると瞬く間に魔法陣が浮かび上がり、そこから十体ほどの武装したスケルトンが這い出てきた。
「ひ、ひい、何だこいつら⁉」
「うちの団員たちに決まってるだろ? なんせ聖騎士団は『身分も種族も問わない』がモットーだからな。……さあ、てめえら仕事だ。こいつらを制圧しろ。」
レーグニックが指示を飛ばすと、武装したスケルトンたちは一斉に動き出し、『死神の鎌』の面々へ襲いかかった。
「ハッ、舐めやがって!たかだがスケルトン如きが俺達に勝てると思ってんかよ!」
『死神の鎌』のリーダーと思われる男が、炎を纏った剣を構え、迫るスケルトンへ斬りかかる。
しかし、スケルトンの一体はその炎の剣を、骨で形成された剣で受け止めた。
直後、目にもとまらぬ速度で剣を振るい、男の武器を弾き飛ばす。
「な——っ!?」
そしてできた一瞬の隙を逃さず、スケルトンは滑るように踏み込み、振り抜いた刃で男の両腕を切り落とした
「あぁ⁉俺の腕があ!」
切り口から溢れる血を見て男が悲鳴を上げる、しかしスケルトンは無力化を確認すると興味を失ったように次の標的へと切り替える。
他のスケルトンたちも二人一組で連携し、見事な戦闘技術を見せつけながら、数が勝っていたランドたちをあっという間に無力化していく。
「すげえ……この動き、まるで本物の騎士じゃねえか。」
「当たり前だ、こいつらは生前、騎士だったからな。」
「え?」
エッジが独り言のようにつぶやくと、レーグニックが答えた。
「こいつらは、任務の途中で死んた、正真正銘聖騎士団の団員達だ。そして死んでもなお、騎士団として国に尽くす、そんな最高の馬鹿どもさ……。」
誇らしげに言った後、レーグニックは、どこか寂し気に笑うと、骸骨たちが制圧していくのを静かに見守った。




